イリアさんは大学で環境問題について勉強している。
地球の環境がどのように変化してきて、人類がそれにどのように関わってきたのか、今の環境はどういう方向に向かって変化しているのか、生命はどのように変化してゆくのか、等々。
そんなことを勉強している。
地球にやさしい、というキャッチコピーがある。
イリアさんは大学で地球環境について勉強すればするほどこれはおかしなコピーだと感じる。
地球にやさしい、というのはあきらかに変だ。
人類がどんなににあがこうとも、巨大隕石が衝突でもしない限り地球がなくなることはない。
だから今の人類の実力では、地球にやさしい、なんて行動はできない。
地球が生命であふれるにしろ、生命に有害な化学物質にまみれて死の惑星になるにしろ地球自体は全く困らない。
それに地球ができたころには生命なんかいなかったし、今の環境とは全く違った環境の世界になったとしても生命が失われることはたぶんないだろう。
灼熱の世界だって凍った世界だって地球の生命は生き延びてきた。
だから今使われている、地球にやさしい、と言うフレーズは明らかに間違いだ。
地球に生きる人類にのためにやさしい、あるいは、今の地球の多くの生命にやさしい、と言い換えるべきだ。
イリアさんは環境問題を深く勉強すればするほどそう感じる。
イリアさんは大学ですべての生命に対してできるだけ中立な立場で地球環境のことを考えるようにしている。
だから地球の人類を特別視したりはしない。
困ったことにイリアさんが地球環境について勉強すればするほど人類のエゴのようなものを感じてしまう。
今の地球環境問題はあきらかに人類を中心とした考え方を地球の問題にすり替えている。
企業が唱える地球環境問題は企業宣伝も含めてその企業だけのための広告塔としての環境問題だ。
もちろん一部の環境保護団体の過激な行動などは人類のための地球環境を守ることではなくて無意味でバカな行動にしか思えない。
彼らは地球の環境を守ろうとしているのではなく、ただ自分の生活を守ろうとしているエゴイスト集団だ。
地球のすべての生命に中立な立場に立てば、誰が考えても簡単にわかる。
それを支援しているらしい裕福な人々は、自己満足と自己憐憫に溺れて詐欺師に騙されている無知で哀れな人にしか見えない。
イリアさんはそう感じる。
イリアさんは今の誤った、偏った地球環境問題を何とかしたいと考えている。
自分が所属している人類のために。
今はそのために何をするべきかしっかりと考えて、そのための力を蓄えるときだと大学生のイリアさんは思う。
イリアさんは今はひたすら時が熟すのを待っている。
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シジン