確か10年ほど前にリリースされたワインのはずですがショップに並んでいたので買ってみました。
日本でワインの評論と云えばお決まりの方々しか思い浮かばないかも知れませんがイギリスやフランスには独自の格付けしている人達がおられます。
例えばこの方 もそのお一人でこのワインの生産者を第2級に格付けされてます。この人 の著書を20年ほど前に頂きましたが世の中が騒ぐ前に H.Jayer を評価しておられました。
その「Guide Dussert-Gerber des Vins de France 1988」で著者はニューヨークとボルドーとのワインの販売価格について指摘しておられます。
「1983年のボルドー、例えばラフィットはボルドーで425フランなのにニューヨークでは何と357フラン(当時のレートでドルをフランに換算した数値)、同じくコス・デストゥールネルはボルドーの200フランに対しニューヨークは121フラン、ベイシュヴェルは188フランと112フラン、ヴュー・シャトー・セルタンに至ってはボルドーの175フランに対して半額以下の84フランで売られていることを大きく取り上げています。
これを当時の円(高い目に見積もって1FF=24円)に置き換えてみると1983年ヴィンテージのシャトー・ラフィットはボルドーで¥ 10,200 、ニューヨークで¥ 8,568 、同じく83年のシャトー・コス・デストゥールネルはボルドーで¥ 4,800 、ニューヨークなら¥ 2,904 、シャトー・ベイシュヴェルは¥ 4,512 と¥ 2,688 、ヴュー・シャトー・セルタンは¥ 4,200 と¥ 2,016 となるわけです。
また著書では独自のボルドー格付けを行っていますがペトリュスとオーゾンヌ、ラトゥールとシャトー・マルゴー(1978年から)を別格扱いとして以下カテゴリーAとカテゴリーBに分けそれぞれ第1級から第5級に格付けされています。
クラス分けには同意しかねますがカテゴリーを分けるのはむしろ賛成であります。即ちクラシックなスタイルで長命なワインと(開くまでに相当時間が掛かるもの)と所謂「早飲み」タイプを区別して論じる必要性は理解できます。
さて「温故知新」という諺はワインにも当て嵌まります。例えば「Le Guide Hachette des Vins de France」、今はフランスが取れているかも知れませんがこのガイドブックの1980年代のものはとても参考になります。私は最新版より古い物の方がヒントになったことが多々あったように記憶しています。
ジャック・セロスを見つけたのもこのガイドブック。当時樽熟成させるシャンパーニュ生産者はごく僅かでこれがポイントとなりアプローチしてみました。ですがその頃のジャック・セロスは今のとは全くスタイルが異なることを申し上げておきます。「過ぎたるは猶及ばざるが如し」、平仮名2文字をある漢字1字に置き換えれば今の様子が理解できるはず。
「皆が欲しがる時点でそのワインの価値はすでに薄れている」ということは何度も申し上げている通りで欲しい人が多くなると価格が上がり、それまでの価値観が崩れ去るわけです。しかし一般の人は他人の評価を信じて疑わないわけですからますますその価格上昇に歯止めがかからなくなるわけであります。
また生産者側も世間の相場が高くなれば当然の如く出荷価格を値上げします。一旦高くなれば決して安くはならないのが人気のワイン。しかし忘れてはならないのがスキャンダル!
右肩上がりだけではないことは過去のボルドーワイン価格の推移を見れば分かるはず。異常な高値で在庫山積みに買った人は価格暴落を知らない人ばかり。いつも申し上げますがボルドーの商売、鍵を握っているのはユダヤ人だけ。
オッとかなりの脱線です。
さて開けようとキャップシールを外すとコルクには黴が一杯。
濡らしたペーパータオルで拭き取りスクリュープル・レバーモデルで抜栓しましたが残念ながら噴きこぼれ。
キャップシールが錫製の場合、廻して動かない物は避けた方が良かったと後悔!
ブショネではありませんが明らかに酸化した匂い、色は濁っており赤い色素より茶色の色素がかなり優勢。
ところが口に含んでみると「全く飲めない」と云うわけではありません。
舌にざらつきは残るもののこなれたタンニン、熟成による甘み、ちょっと変ですが残存する酸味が調和して微妙なる味わいを醸し出しています。
ワインというもの不思議なもので噴いてしまってもそのままさらに保存したらそれなりに飲めるものに変化します。
まともな熟成ではありませんが、よく考えてみたら昔、1980年代の前半まではワインの輸入にリーファー・コンテナーを使うことは殆ど無く、ドライコンテナーで赤道をくぐり抜け日本に運ばれたわけだったのですからね。
ワインは噴いて当たり前のものでした。