朝の竹林は静かだった。
風が吹くたび、笹の葉がさらさらと揺れる。
川越先生は毎朝の日課になっている散歩をしていた。
いつもの小道を歩いていると、見慣れた白と黒の背中が見える。
ジャイアントパンダのバオファーさんが、笹を一本持ったまま、ぼんやり座っている。
👨「やぁ、バオファーさん。顎の調子はどうなの?」
🐼「おぉ、先生。」
バオファーさんは口を何度か開け閉めしてみせた。
🐼「前よりええわ。竹も噛みやすうなった。」
👨「それなら良かった。」
川越先生は隣に腰を下ろした。
しばらく二人とも何も話さない。
風だけが竹林を通り抜けていく。
やがて、バオファーさんが口を開いた。
🐼「なぁ、先生。」
👨「はい。」
🐼「最近な、変な夢ばっか見るんよ。」
👨「どんな夢ですか?」
🐼「なんか分からんのんじゃけどな。」
🐼「温こうて。」
🐼「歯ごたえがあって。」
🐼「めちゃくちゃ美味いもん食うとるんよ。」
🐼「起きたら、また笹なんじゃけどな。」
川越先生は静かにうなずいた。
🐼「先生。」
👨「はい。」
🐼「これ、ワシ思うんよ。」
👨「はい。」
🐼「昔の祖先が肉食うとった記憶が、ワシの中に残っとるんじゃねぇかな。」
少し間が空いた。
👨「それは100%ないよ。」
🐼「うっ……。」
🐼「そんなバッサリ言わんといてや。」
🐼「話、終わってしまうやん。」
👨「事実だからね。」
🐼「ちょっとくらい一緒に考えてくれてもええじゃろ。」
👨「研究では確認されていません。」
🐼「あぁ……その冷たい目やめて(笑)。」
川越先生は少し笑った。
👨「でもね。」
🐼「ほらぁ!」
👨「最後まで聞いて。」
🐼「はい……。」
👨「パンダは今はほとんど笹を食べて暮らしているけど、仲間としては食肉目なんだ。」
🐼「へぇ。」
👨「顎や歯にも、その頃の特徴が残っている部分はある。」
🐼「やっぱり!」
👨「でも、身体は笹を食べる生活に長い時間をかけて合わせてきた。」
🐼「ふむふむ。」
👨「だから、昔の特徴が少し残っていることと、祖先の記憶を夢で思い出すことは別の話なんだ。」
🐼「ややこしいなぁ。」
👨「身体は意外と、そういうものです。」
バオファーさんは手に持った笹を見つめた。
🐼「じゃあワシ、肉食でも草食でもないん?」
👨「笹を食べるパンダです。」
🐼「先生、それ説明になっとる?」
👨「十分説明になっています。」
🐼「納得いかんなぁ。」
川越先生は少しだけ笑って言った。
👨「それとね。」
🐼「はい。」
👨「もし本当に肉をたくさん食べたら、お腹を壊すと思うよ。」
バオファーさんはしばらく黙っていた。
やがて笹をひと口かじる。
🐼「……ほな、夢の中だけにしとくわ。」
👨「その方が安心ですね。」
🐼「結局、今日も笹じゃな。」
👨「そうですね。」
風がまた竹林を抜けていった。
笹の葉が静かに揺れる音だけが、しばらく二人の間に流れていた。
