今こそ?『シェーン』を語る | 落葉樹林帯 再始動日誌

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絶望するなよ~お~ぉ~ぉ~^^/

シェーン それは名作西部劇

「シェーン!! カンバーーーーーーーッッッ・・・・・・・・」

であまりにも有名な、しかし今や本当に古典の棚行きの一本である。
(今の10代、20代の人、観るのかね?この時代の映画・・)

実はこの『シェーン』、原作の小説が昔から文庫で出ており、なんと私は
映画を観る前に、これを読んでいる。なので、映画でシェーンのこの部分
に触れたっけかな??とうろ覚えなところも多々ある。

例えば、シェーンはその名前からも察する事ができるが、アイルランド
移民、もしくはその子孫である。彼が「強い男」ではあるが背は低め、
という設定も、アイルランド男らしいところである。

この物語はいわゆる「股旅もの」で、さすらいのガンマンがふらりと現れ
て、悪者をやっつけて、またどこぞへ去ってゆく・・という西部劇の典型。
しかし、それと同時に、異色でもある。古典なのに、異色なのである。

何が異色かというと、シェーンは通常は拳銃を隠して、荷物の中にしまって
いる、という事。本当に、いざという時にしか腰に下げない、という事だ。
現に、シェーンが銃を抜いて敵を倒すのは本当の最後のシーンだけ。
シェーンは少年ジョーイに言う
「銃というのは、道具だ。使う人間によってものすごくいいモノにもなるが
どうしようもなく悪いモノにもなる」
人を殺したくなどない、しかしどうしてもやらない訳にはいかない時がある。
そんなクライマックスシーンは実に行き詰まる迫力である。
人を殺す事、銃を使う事の重大さ、深刻さを描いた西部劇・・・
銃の氾濫した今のアメリカの人々が今こそ観直すべき映画それが『シェーン』
かもしれない・・・なんてわかったような事を

とにかく慎み深く、叙情的な作品で、あらためて日本人の感覚に合うな~と
思ったりする。同じ「さすらいガンマン」を描いた『夕陽のガンマン』なんか
とは全くちがうものね・・・(これイタリア製ですけど)
いや、こちらも大好きなのだけど、やっぱり朝から晩まで銃を腰に下げていた
ら、とにかく何でも撃たずにはいられなくなるでしょう・・そのあたりがどう
しても、生活者として見た時に感覚的に受け付けない訳で。
夕陽のガンマンはあくまでマンガ的な存在として面白いのだけど、シェーンは
人間を描いているぶん、ガンマンというものを歴史的事実としてリアルにこち
らに突きつけてくる。西部劇って、アメリカの原点なんだな、と思う。

ちなみに、中学、高校の時は断然、シェーンより夕陽のガンマンが好きでした
けどね 『シェーン』は大人の映画です。