-第2話- 「綾子」 | HEEL'S GATE

-第2話- 「綾子」

狂った愛に溺れて… 第1章 ~出会い~ 第2話 「綾子」


幽霊の様に朧げにゆらゆらと歩く。

夢遊病者の様にふらふらとした足取りで。


そして時には乙女の様にその頬に突然涙を伝わらせ。

そして時には生き疲れた老婆の様に深く重く長い溜息をついた。


その顔は青白く、生気は無く。

その目は死んだ魚の様に虚ろな空洞だった。


久藤はそんな危うい精神状態で、現実と狂気の狭間で、何とか仕事を続けていた。


そんな或る日。

久藤は新人の女の子とたまたま一緒に帰る事となった。


そのコは綾子といった。歳は23。スタイルは良くて顔もまあ可愛い。

何より見た目が派手で、そのコが店内に居ると、まるで其処は夜の店の様だった。


そして久藤はそんな雰囲気のコが決して嫌いではなく、

どちらかと言えばそういった夜の空気を纏った女性に惹かれる、そんな傾向にあった。

だが久藤にとって綾子という女性は、外見や雰囲気には確かに惹かれるものがあったが、

優しい雰囲気や言葉遣いというものを女性に対して求める重要な要因としている久藤にとっては、

綾子は純粋にただの同僚というそれだけの存在であった。


何故なら、綾子はいわゆる元ヤンで、性格がキツめで言葉遣いが乱暴だった。

元ヤンが皆そうであるという事ではないが、久藤は綾子のそんな面を不得手としていた。



だからこそ、まさかそんな彼女と男女の仲になるなど、この時の久藤は知る由も無かった。


そう。後々、久藤と綾子は付き合う事となる。

それは本当に、ほんの短い間ではあったけれど。



綾子がこの輸入雑貨店に入店した日。

綾子を笑顔で迎える同僚達の後ろの方に立っていた無口で怖そうな男、

それが綾子が抱いた久藤の第一印象だった。


だが、仕事をしていく日々の中で綾子が感じたのは、

どうやら久藤は見た目とは違って意外と優しい、という事だった。


綾子は今の彼氏と一度別れて、その後ヨリを戻して再び付き合っていたのだが、

やはり以前同様とはいかなかったし、綾子自身の心も最近では彼から離れつつあった。


そんな時、第一印象では無口で怖い男というだけだった久藤に、

何故か綾子は胸が高鳴るのを感じていた。


確かに自分でよく考えてみれば、喋り過ぎる男は嫌いだったし、

170センチの自分より背が高い男が良いと思っていたから、無口で180はある久藤なら悪くは無い。

しかし、久藤には彼女がいる事は人づてに聞いて知っていた。

そして何より、久藤は話し掛け難かった。

元ヤンの綾子は過去に強面の男なんか飽きるほど見てきたし、時にはそんな男相手に喧嘩もしてきた。

だが、久藤はそれらの男達とはまた違う、綾子が過去に触れた事がない雰囲気があり、

元ヤンの綾子にしてみても、その未知の雰囲気がなかなかに話しかけ難い障壁となっていた。


そんな折りに綾子は、たまたま久藤と一緒に帰る事となり、

この日の帰りに交わされた会話がきっかけとなり、二人は後に付き合う事になるのだった。




綾子と久藤は並んで歩いた。


くだらない話をしながら…。


それは仕事の話や愚痴だったり、上司の悪口だったり、同僚の噂話…。

何となくお互いにぎくしゃくしながら、それでも何となく浮かれた気持ちで、

二人は駅までの道のりを歩いていた。


綾子は久藤に彼女の話を振ってみた。

別に何かを期待していた訳ではない。

ただ、最近の久藤を見ていると、彼女と上手くいってないのかな?と思ったから、

本当に何となく、ただ聞いてみただけだった。


すると、久藤から思いもかけない言葉が返ってきた。

長年付き合った彼女と別れたと。


綾子は驚きと喜びで、つい叫んでしまった。


「やった! 別れたんだ?」


久藤はその綾子の声を聞き、自意識過剰かと思いながらも一瞬ドキッとした。

それは心が弱っていたせいかもしれないが、

この瞬間から綾子に対する久藤の意識に変化が表れ始めた。

そうすると、もう少し綾子の事を知ってみたいという思いが芽生え、久藤は綾子を誘ってみた。


「週末にウチで飲み会やるけど、良かったら来ない?」


綾子は目を輝かせ満面の笑みで答えた。


「え~マジで? 行く行く~!」


その笑顔を見て、普段はキツくて言葉遣いも乱暴な綾子の可愛らしさを垣間見た気がして、

久藤は少しドキドキしていた。




こうして久藤の新たな運命の歯車は回り始めた。


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