僕らは、どこかに
残せるだろうか
僕らは、どこまで
守れるだろうか
~ くぐりぬけていく ~
「時折ね、思うのよ」
彼女は、暗闇の中でひっそりとした声で言った
それは、広く広がるこの空間に、恐ろしい程空しく響いた
「時折、思うの」
彼女は、何か思いに浸るように、ゆったりと繰り返した
「何を?」
同じ空間に存在する、一人の男は、
然程興味のなさそうな声で問いかけた
「私の手は、
何を掴むのだろう、って
時折、思うのよ」
彼女の声は、またも広い空間に木霊した
話し声以外の音はなく、
物音ひとつしない、不気味な空間だった
そんな部屋に、
ぽつりと置かれた、二つのソファ
そのソファに、二人は居た
「・・・それで結局、
その答えは出たのかい?」
その男、ベールダウは、
彼女、メルサの方へ視線を向けた
「全く、あんたって男はせっかちね」
メルサは溜息交じりに言葉をもらすと、
男ってやあね、そう言い首を振った
「せっかち?僕が?
やめてよ、君が言いたがってたから聞いてあげたんだろ」
膨れたような、つまらなそうな声音で言うと、
ベールダウは、一つ、床をトンと踏んだ
不意に、どこからともなく現れた、透明な硝子のテーブル
その上には、真っ白な硝子で出来た、小さなティーカップが乗っている
「判らないのよ」
先ほどより、幾分も低音を思わせる、
底冷えするかのような声でメルサは呟いた
「もう少しで、つかめそうなのに
私が答えに近づく度に...
くぐりぬけてくの」
彼女は、最後の言葉を落胆したように吐き出した
カチャリ
硝子と硝子がぶつかる、小さな音
彼はティーカップをテーブルに置いた
「紅茶はさ、
僕、甘いほうが好きなんだよ」
彼はそう言うなり、いつの間にかテーブルの上に置かれていた角砂糖と、
ミルクを手にとった
「こっちにおいで」
メルサの方をちろりと見る彼の目は、
いつもどおりに目つきが鋭い
メルサはゆったりソファから立ち上がると、
彼の隣に腰をおろした
すると彼は、皿の上に見事に乗っている角砂糖を手にし、
ポチャリとティーカップの中にいれた
「・・・いきなり何よ?」
彼女は怪訝そうに眉を寄せたが、
ティーカップの中を覗きこんだ
「これと、」
彼は言うと、今度はミルクの入った器を手に取り、
二・三滴、カップの中に落とした
それは、水面に触れるなりじんわりと周囲に広がり、
半透明な紅茶に白い模様を残していった
「これ」
器をカチャンとテーブルに置くと、
ベールダウは、もう気が済んだと言わんばかりにソファの背もたれにもたれ掛かった
「ちょっと、今のが何?」
対照的に、メルサはわけの判らない彼の行動に苛立ちを覚えていた
「何って
本当、君は仕方ないな」
彼は溜息を吐くと、
もう一度と言わんばかりに、片手でテーブルをトントンと二回叩いた
するとたちまちティーカップの中は空になり、
次の瞬間には、真新しいストレートの紅茶が注がれている
そして、またも角砂糖一つを手に取り、
ポチャリと紅茶の中にいれた
それは、形を残したまま、底にゆっくりと沈む
「・・・それは判ったわよ」
彼女は尚も眉を寄せて、カップの中を覗いている
「それじゃあ、こっち」
彼は彼女から視線を外し、ミルクを二・三滴、カップの中にいれる
それは、一度目同様、じんわりと周囲に広がり、
あたりに白い筋を残していく
彼は手をパチンと叩いた
すると角砂糖の乗っていた器と、ミルクの入った器は跡形もなく消えた
「どっちなんだろうな、とか
思ったわけで」
彼はゆったりと目を瞑り、今となってはもうどうでもいいと言うかのようにして呟いた
彼女はそんな彼に視線を向け、
溜息を吐いた
「・・・どっちかしら」
「さあね
でも、多分、僕は後者だ
それに、そっちの方がいいだろ」
片目をちろりと開けた彼はイタズラっぽく言った
ひとつひとつの形を
僕らは、どこかに
残せるだろうか
ひとりひとりの思いを
僕らは、どこまで
守れるだろうか
二人のお話
メルサとベールダウのお話