台所のぬめりのように


月明かりに照らされた土手。


酔いを醒まそうと腰掛けた。


かなり回ってしまったようだ。


そんな僕を横目に。


楽しそうに舞い踊る君。


ポピュラーなモンダンワルツ。


時々、こちらを見て微笑む君。


月光の緑色に反射して、とても綺麗。


二人で飲みに行った初めての夜。


やはり、こうして君は突然踊り出した。


その時は、とても驚いたよ。


けれども、すぐに慣れてしまうくらい、僕達は時間を重ねた。


すっかり僕もダンスに詳しくなる程、何度も繰り返された光景。


今のステップはトロット。


そこから流れるようにスローフォックストロット。


君が好きなステップの繋ぎ。


これが君の酒癖だと知ったのは、僕がプロポーズした晩だったね。


あの晩は、二人共にアルコールは入っていなかった。


それでも夜の公園の街燈をスポットライトにして。


君は舞うように踊り始めた。


「嬉しくて気持ちがフワフワする」


君は気持ちが高揚すると踊りたくなってしまう、ちょっと浮かれ屋さんの女性だった。


自分のプロポーズが、アルコールよりも君を高揚させた事が嬉しかった。


あ、ヴェニーズワルツに切り替わった。


ヴェニーズワルツは二人でしか踊れない。


それが僕にも参加しろと言う合図だ。


照れくさいけれども、ほんのちょっぴり気に入っている二人のワンパターン。


いつものように君と踊らなくちゃ。


ゆっくりと立ち上がる。


そして、とじていた目をひらく。


そこに君はいない。


目をひらけば、もう君はいないんだ。


こうして、目を閉じれば鮮明に君を感じられるのに。


もう、どこにも君はいない。


君を失ってから、どれだけの月日が経ったのだろう。


すぐ傍の空間を包むように。


あの頃のように。


優しく両腕を広げる。


くるり、と一度だけ回転して。

君のいない家路につく。