「陣営のはずれにある川辺って書いてあるの」
「川辺で待ち合わせ?
へぇ…ここって、川のそばなんだ」
「うん…そうみたい…」
コイユールが見下ろす手紙には、くっきりとした懐かしいアンドレス直筆の文字と共に、簡単な略図が添えられていた。
ちなみに、インカには文字が無い。
そのため、皮肉にも、手紙の文はスペイン語に頼らざるを得ないのが実情だが、コイユールも、この頃までには、それなりにスペイン語を習得するに至っていた。
学校になど行けるはずもない貧しい農民の娘であったコイユールに、スペイン語を覚えるきっかけを与え、実際に先生役をしてくれたのも、思い返せば、幼い頃に出会ったアンドレスや、そして、今も目の前にいるマルセラだった。
ともかくも、そんなコイユールが、「それじゃ、これから…」と歩みはじめるのを、マルセラは「ちょっと、待った!!」と制し、コイユールの腕を、はっし、と掴んだ。
「コイユール、あんた、そのままの姿で行くつもり?」
「えっ?…――あっ」
ハッと己の全身に意識を向けたコイユールは、サッと青ざめた。
この陣営に到着してからも負傷兵の看護に追われていた彼女は、顔も髪も手足も服も、長旅の風雨に晒された、埃まみれの悲惨な状態のままだった。
「ど、どうしよう……」
泣きそうな顔になっているコイユールを、マルセラは、先ほど自分が湯を浴びた温泉に引っ張っていく。
陣営はずれにある露天の温泉は、深夜だけあって、さすがに人の気配は無い。
辺りには、岩の間から湧いて流れる湯の音だけが、静かに響いている。
その様子を眺め渡すと、マルセラは、コイユールに素早く頷いた。
「今なら誰もいないから、大丈夫。
さあ、急いで、埃や泥を落としておいで!
その間に、私が何か着替えを持ってくるから」
「マルセラ…ありがとう!」
「さ、急いで!」と、マルセラが風のように走り去ると、コイユールも夜露に光る柔らかな草の上で素足になって、大急ぎで木陰に寄った。
そして、浮浪者も驚くほどにくたびれた服を脱ぐと、そのまま白い湯気に包まれた湯の方に向かう。
【物語概要】
『コンドルは飛んでいく』で謳い継がれるトゥパク・アマルの物語。
侵略者の圧政を打ち崩すべく立ち上がるインカの末裔たち。
その中心に立つのは、深き人間愛と麗しき風貌を備えたインカ皇帝末裔トゥパク・アマル。
そして、彼の意志を継ぐ若き将アンドレス。
そんなアンドレスを密かに慕い続ける農民の少女コイユール。
インカの復権を賭けた壮絶な反乱を縦軸に、悲恋、友情、主従愛、裏切り――それら多彩な人間模様を横軸に織りなす、風と葦笛の運ぶ物語。
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