一方、途中でロレンソと分かれたマルセラは、そのまま、いそいそとコイユールのいるはずの治療場へと向かった。
過酷な長旅を生き延びてきた負傷兵たちに十分な治療と休息の場を整えるために、コイユールたち看護の女性たちは、埃まみれの姿もそのままに、自分たちの旅の疲れを癒すことなどすっかり忘れて、忙しそうに働いている。
そっと近づきながら、治療に勤(いそ)しむ姿をうかがうマルセラの目には、今宵のコイユールの横顔に、旅の疲れなど本当に何処吹く風で、押さえようにも押さえきれぬ歓喜の色が滲んでいるのが分かる。
黙々と熱心に治療の手を動かしながらも、その目元や口元からは、無意識のうちに、嬉しそうな微笑みが静かに零れている。
コイユールの持つ清(す)んだ気配が、今宵は、いつにも増して澄んで見えた。
そんな大切な友の様子を見ていると、マルセラの内にも、えもいわれぬ嬉しさが込み上げてくる。
(そうだね…コイユール。
アンドレス様と、こうして、また本当に会えたんだもんね……。
ご無事であることが分かって、また傍にいられて、あんたが、どんなに喜んでいるか…すごく分かるよ!)
そんなコイユールが看護に一区切りつけたところを見計らって、マルセラはコイユールに近づいた。
「コイユール!」
「あ…マルセラ!」
コイユールが声を上げて振り向くと同時に、周囲の負傷兵や従軍医、他の看護の女性たちも、パッとこちらを振り向いた。
そして、マルセラの方に向けて、礼を払った空気が流れる。
今やマルセラも隊長という立場にあり、増してや、トゥパク・アマルの護衛官ビルカパサの身内ということもあって、一義勇兵のコイユールと気軽に話すには、どうにも注目を集めてしまって、以前のようにはいかぬ厄介な状態になっていた。
マルセラはコイユールに目で素早く合図を送ると、他の兵たちに笑顔で礼を返しながら、サッとその場を退いていく。
そして、少し間をおいて、コイユールも、さりげなくその後を追った。
コイユールが治療場を抜けて人気(ひとけ)の少ない道端に出ると、月明かりに照らされた大木の陰から、「コイユール、こっち、こっち!」と、マルセラが手招きをしている。
コイユールは、そちらに駆け寄った。
息をはずませている彼女に、マルセラは先ほどアンドレスから預かったばかりの手紙を差し出した。
「はい、コレッ!!」
「え…?」
最初、キョトンとしたコイユールだったが、すぐに察して、「えっ?!」と、咄嗟に耳を紅くする。
その瞬間、肩の前にさがる長い三つ編みが、はじけるように跳ねて揺れた。
もしかして!!…――と、瞳を輝かせて見上げるコイユールを、マルセラは肘で軽く小突きながら、笑顔で急(せ)かす。
「大当たりぃ!!
アンドレス様からだよ。
はやく、はやく、あけてみてっ!!」
「アンドレスから……!!」
息を詰めるコイユールの指先が、喜びのためなのか、驚きのためなのか、微かに震えながら手紙を開く。
【物語概要】
『コンドルは飛んでいく』で謳い継がれるトゥパク・アマルの物語。
侵略者の圧政を打ち崩すべく立ち上がるインカの末裔たち。
その中心に立つのは、深き人間愛と麗しき風貌を備えたインカ皇帝末裔トゥパク・アマル。
そして、彼の意志を継ぐ若き将アンドレス。
そんなアンドレスを密かに慕い続ける農民の少女コイユール。
インカの復権を賭けた壮絶な反乱を縦軸に、悲恋、友情、主従愛、裏切り――それら多彩な人間模様を横軸に織りなす、風と葦笛の運ぶ物語。
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