ブログとして書くかどうか、心の中にしまっておくか迷いましたが、
私はここに書くほうを選びます。
中山君ならきっと、書いてほしいというと思ったから。
突然の出来事でした。
初めて知ったのは1月31日(木)の夜
大学時代のサッカー部のグループライン。
同期の中山君が亡くなった。
信じられない気持ちでした。
サッカー部の同期なのですが、彼は歳がひとつ上だったので
私は中山君と呼んでいました。
昨日2月4日(月)はお通夜。
南浦和へ。
私は中山君に会うまでは本当にまだ信じてない気持ちでした。
だけど
南浦和駅で降りて、オーロラホール南浦和について、
中山家という文字と、たくさんの人が並んでいる列を見たときには、
信じたくないことが現実かもって。
列の最後尾に並んで彼の近くにいくまで1時間半。
その間、一緒のチームでプレーしたことなどが思い浮かんできました。
「そうとう、うまかったなって。」
会場の外からずっと並んで、ようやく会場の中に入ると、
甲斐よしひろさんの「HERO」が流れ、浜田省吾さんの歌が流れ、
中山君が聴いてたような曲って勝手に想像して。
飾られている中山君の写真を見たときには、涙がでました。
中山君を見ました。昔のままの中山君でした。
学童を経営していてサッカーを教えたりもしていたという中山君。
1月30日(水)午後16時半ごろ。
さいたま市の芝川で、小学校1年生の息子と友達が誤って川に落ちてしまい、
助けようと川に飛び込んで。
二人の子供は助かったのですが。
FB上で中山君の友達が書いていたのですが、
ベンチコートを着たまま飛び込んだ。
なんであんなに運動神経のいい中山君が犠牲にって信じられないでいたのですが。
どんだけベンチコートが重かったんだろう。
でもベンチコートも脱がずに何の躊躇もなく助けに飛び込んだ。
さすが中山君っていいたいですが、
今日会いにきて・・・・・・
小さい子供から、その保護者、男子高校生、女子高校生、年配の方や同年代ぐらいのひと、
みんな泣いてる。泣かせすぎじゃないか中山君。