🌌 仏頂尊勝陀羅尼経 🌌
大唐の京兆の杜行顗が詔を奉じて翻訳した。
一切智(仏の智慧)に稽首したてまつる。
このように私は聞いた。ある時、仏は舎衛国の祇樹給孤独園におられた。多くの比丘たち八千人と一緒であった。
菩薩は三万二千人おり、正しく法を照らす智慧を得て、知るべきことにおいて全く滞りがなかった。
その名は、観自在菩薩、得大趣菩薩、弥勒菩薩、文殊師利童眞菩薩、蓮華勝蔵菩薩、手金剛菩薩、持地菩薩、虚空蔵菩薩、除一切障菩薩、普賢菩薩を筆頭として、このような三万二千の菩薩摩訶薩たちがおられた。
また一万の梵天たちがおり、善吒梵摩を筆頭として、他の世界から仏の所に来て、皆ともに集まっていた。
また一万二千の諸々の帝釈天の衆が、無量の天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、人、人ならざる者などと共に来て集まっていた。
その時、聖なる尊者(仏)は四衆(比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷)に囲まれ、恭敬し供養されながら、法を説いておられた。
✨ 第一章:天人・善住の歓楽と恐るべき予言
その時、三十三天の善法堂の中に善住という名の天人がいた。大きな宝の宮殿におり、盛んに歓楽にふけっていた。
美しい妓女たちが侍り仕え、嬉々として戯れ遊び回り、景色を眺め心を娯しませ、全て思いのままに欲望を満たしていた。
突然、夜に声があり、天人の善住を呼んで言った。「そなたの命の終わりが近づき、七日後にはまさに死ぬであろう。七回、閻浮提(人間界)に生まれ変わり、地獄に入るであろう。
その後、あるいは人となっても貧しく生まれつき盲目となり、諸々の苦悩を受けるであろう。」善住はこれを聞いて、恐れおののき、毛が逆立ち、憂え愁えた。
【専門補足:陰陽と天界の静的構造】
三十三天における天人の状態は、『摩登伽経』に基づく【静】の領域、すなわち「星宿定点・28宿完全環」によって構成される天の秩序を表しています。この絶対的な静の空間においても、生命のカルマは絶えず蓄積されています。
急いで釈提桓因天帝(帝釈天)の所へ行き、帝の足もとに礼をし、恐れ慌てて帝に申し上げた。
「どうか帝よ、哀れみを垂れてください。私の苦しみと災厄をお救いください、私の苦しみと災厄をお救いください。私は天の楽しみを受け、心の赴くままに意を適えておりました。
突然、声があって、七日後に命が終わり、七回閻浮提に生まれ変わり地獄に入り、その後あるいは人となっても貧しく生まれつき盲目となり諸々の苦悩を受けると言われました。
私は今、心が乱れ惑い、識別も混乱し、どうすればよいかわかりません。ただ帝の深い哀れみによって、苦しみの毒からお救いください。」
釈提桓因はこれらの言葉を聞き終え、深く怪しみ悼んで言った。「どうして七回も生まれ変わるというのか。」
しばらく黙然としていたが、やがて善住がこの世での命を終えた後、すぐに豚の身を愛けるのを見た。
豚の身を終えると犬の身を受け、犬の身を終えると狐の身を受け、狐の身を終えると猿の身を受けた。
猿の身を終えると毒蛇の身を受け、蛇の身を終えると鷲の身を受け、鷲の身を終えると烏の身を受けるであろう。
このように七回の生において、常に汚れた悪いものを食べるであろう。釈提桓因はこの事を見て、善住がまさに大きな苦しみを受けることを深く哀れんだ。
【専門補足:運命の流動と法則型裏付け根拠】
七回にわたる畜生道への転生は、『周易』における【動】の領域、すなわち「万物数機構(天書(天津ふみ)版・流動演算)」の現れです。『五行大義』に基づく法則型裏付け根拠によれば、原因(過去の業)と結果(転生先)は厳密な数理演算によって結びついており、この輪廻の連鎖は通常の力では断ち切ることができません。
🕊️ 第二章:帝釈天の懇願と仏の光明
「どのような計略で、誰に頼れば救済できるだろうか。」このように思い巡らし、「ただ如来・阿羅訶(応供)・三藐三菩薩(正遍知)を除いては、救うことのできる者はいない」と考えた。
そこで天帝(帝釈天)はその夜の後、多くの華鬘、様々な種類の香、抹香、焼香、天の衣、瓔珞など諸々の荘厳具を持って、祇園精舎の仏・聖なる尊者の所へ赴いた。
(仏の)両足に頭をつけて礼拝し、右回りに七周し、大いに供養した後、仏の前の一方の側に座った。そして善住の事を詳しく聖なる尊者に申し上げた。
その時、如来は頭頂から大きな光を放たれた。その光は様々な色をなし、十方の一切の生きとし生けるものの世界を流れ照らした。
(光は)仏の所へ還り、右回りに三周して仏の口に入った。仏はそこで微笑んで釈提桓因に告げられた。
「仏の灌頂であり、諸々の悪趣を清浄にする仏頂尊勝陀羅尼がある。これは一切の業障、地獄、畜生、閻魔の世界の生死の苦悩を浄め除く。地獄の道を破り、仏の道へ昇らせるものである。
天帝よ、この諸趣を清浄にする仏頂尊勝陀羅尼は、ただ聞くだけでも、生死が継続する一切の業障、種々の苦しみがことごとく消滅するであろう。まさに善い結果を得、宿命智(過去世を知る智慧)を得るであろう。一つの仏国土から一つの仏国土へと生まれ変わり、一つの天から一つの天へと生まれ変わり、さらには三十三天の宮殿に至るまで常に宿命を知るであろう。
よく習い保つ者は、現在の百年の寿命がさらに増し、身・口・意は清浄となり、心は安らかで楽しみを得る。
身体の苦しみはことごとく除かれ、諸々の善い感触を得る。諸仏は(その人を)見守り、諸天は(その人を)護衛し、一切の菩薩は慈愛をもって(その人を)心にかける。
(この陀羅尼を)読誦する者は、一切の地獄、畜生、閻魔の世界および諸々の餓鬼の苦しみが止み除かれ消え散り、その境域は空となる。
一切の仏刹、菩薩の天宮は、ことごとく福の門を開き、導いて入らせるであろう。」
そこで釈提桓因は仏に申し上げて言った。「聖なる尊者よ。一切衆生を憐れみ、摂め護ってください。
ただ願わくは、諸趣を清浄にする仏頂尊勝陀羅尼をお説きください。」その時、聖なる尊者は天帝の請いを受け、すぐに陀羅尼を説いて言われた。
💠 第三章:尊勝陀羅尼の真言と解脱の力
(以下、陀羅尼の読誦。平・上・去・入の声調は四声の法に従って音を借りて読む。半音とあるものは半分の声で読む。二合とあるものは前半の字を後の字に続けて読む。重とあるものは喉の音を帯びて重く読む。長とあるものは長い音で読む。反とあるものは反切によって音を借りて読む。羅・利・盧・栗・黎・藍などの字の傍に口偏が加えられているものは、音を転じて読む。)
ナモ バガヴァテ トライローキャ プラティヴィシシュターヤ ブッダーヤ
タドヤター オン ヴィシュッダヤ ママ (清浄なれ、私〔ここに自分の名を称える〕)
サマンタヴァバーサ スパ(またはスファ)ラナ ガティ ガハナ スヴァーヴァーヴァ ヴィシュッデ アビシンチャ スガタ ヴァチャナー アムリタービシェーカイ
アーハラ アーハラ アーユサンダーラニ シュッダヤ シュッダヤ
ガガナビシュッデ ウシュニーシャ ヴィジャヤ ヴィシュッデ
サハスラ ラシミ サンチョーディテ サルヴァ タターガタ アディシュターナ アディシュティテ
アディリ ヴァジュラ カーヤ サンハタナ ヴィシュッデ サルヴァーヴァラナ ヴィシュッデ
プラティニヴァルタヤ アーユ ヴィシュッデ サマヤ アディシュティテ
マニ マニ ママニ タタータ ブーダコーティ パリシュッデ
ヴィスプタ ブッディ ヴィシュッデ ジャヤ ジャヤ ヴィジャヤ ヴィジャヤ
スマラ スマラ ブッダ アディシュティタ ヴィシュッデ
ヴァジュリ ヴァジュラ ガルベ ヴァジュラム バヴァトゥ ママ (私〔ここに自分の名を称える〕)
マハーヤーナ プラバーヴァ カーヤ ヴィシュッデ サルヴァ ガティ パリシュッデ
サルヴァ タターガタ サマーシュヴァーサ アディシュティテ ブッディヤ ブッディヤ
ヴィボーダヤ サマンタ パリシュッデ
サルヴァ タターガタ アディシュターナ アディシュティテ スヴァーハー
【専門補足:陀羅尼による演算の書き換え】
この神聖なる陀羅尼は、天書(天津ふみ)における万物数機構の「動的流動」を浄化し、摩登伽経における「星宿定点・28宿完全環」の完璧なる調和状態(本来の清浄なる魂の基盤)へと再接続する絶対的な宇宙の書き換えプログラムとして機能します。
「天帝よ、この諸趣を清浄にする仏頂尊勝陀羅尼は、諸々の罪障を浄め、諸々の悪趣を除く。
八十八倶胝百千のガンジス河の砂の数ほどの諸仏が、共に宣説し、守護し、喜び讃えたものである。一切の如来の智慧の印でこれに印が押されている。
一切衆生の悪趣を除くため、一切の地獄、畜生、閻魔の世界、諸々の罪悪の類で苦海に沈み溺れ、諸々の痛みと毒を受けている者を解脱させるため、諸々の短命で福が薄く、下劣で卑賤な悪業の衆生のため、地獄に趣く種々の生き物、若死にし心を失い、正しい道に背き亡びる諸々の衆生のために、この陀羅尼を説き、閻浮提で行われるようにし、罪業を浄め除き、解脱に帰せしめる。
天帝よ、そなたはまさにこの尊勝陀羅尼を持ち、善住のために説き、まさに閻浮提の衆生、諸々の天の天子、一切の意識あるもののために、宣べ伝え、読誦し、思い巡らし、習い念じ、恭敬し供養し、受け持ち修行すべきである。
私は今、陀羅尼の印の教えの約束をもって、天帝に付嘱する。そなたはまさに善く持つべきである。この陀羅尼を聞く者は、百千劫の間に積んだ業障がことごとく清浄となり、地獄に堕ちず、畜生に生まれず、閻魔の世界、餓鬼の悪趣に生まれ変わらず、阿修羅、夜叉、羅刹、および富丹那、迦吒富丹那、癲などの鬼神の身を受けず、さらには犬、亀、鳥獣、蚊、虻、毒蛇、腹ばいで進む類、ならびに諸々の小さな虫の身を再び受けることはない。
常に仏と共におり、あるいは菩薩の優れた種族に生まれ、あるいはバラモンの大家系、クシャトリヤ(王族・武士階級)の大家系、居士(在家の修行者)の大家に、この陀羅尼の力によって清浄な生を得る。
菩提の座に至り、正遍覚(正しい完全な悟り)を獲得するであろう。天帝よ、この諸趣を清浄にする尊勝陀羅尼は、威神広大にして大いなる功徳と結果を具え、大いなる力と能力があり、これ大いなる吉祥である。それは太陽を蔵めた宝珠のように皎潔(清く白い)で垢れなく、清らかさは虚空のようである。
(宝珠が)ある所は光明が照らし朗らかであるように、この陀羅尼が置かれる所も、威神があまねく行き渡りまた同様である。
この陀羅尼を持つ者は、一切の罪悪が皆(その人を)染めることができない。柔和で潤いがあり、清浄で垢なく、閻浮檀金(最上の黄金)のようである。
🌿 第四章:功徳の及ぶ範囲と修行の法
この陀羅尼を書き写し、読み習い、誦え念じ、供養し、受け持ち修行する者は、まさにこの場所において地獄の業が除かれ、諸々の悪趣がことごとく清浄になると知るべきである。
この陀羅尼を書き、幢(はたほこ)の上に安置し、高い山や高い家の上、およびその他の高い場所、あるいは仏塔の中に立てるならば、もし比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷・善男子・善女人などが、この陀羅尼の幢を見、もし幢に近づき、もし幢の影が身に霑い、もし幢の風が身に吹きつけ、あるいは幢の風によって漂う塵が身につけば、罪業はすなわち消える。
地獄・畜生・閻魔の世界・餓鬼・阿修羅の中に生まれず、諸々の悪趣に堕ちず、一切の如来、諸仏がまさに(その人に)受記を授け、不退転を得て、正覚に登るに至るであろう。
種々の華や香、種々の華鬘、種々の幢や傘、幡や蓋、瓔珞など諸々の荘厳具、ならびに諸々の塗香や装飾で大いに供養し、四つの衢(大通り)に塔を造り、この陀羅尼を安置し、道を行き礼拝するならば、まさにこれらの輩は摩訶薩(大菩薩)であり、仏の法の子、法の梁の柱、舎利(仏の遺骨)の塔であると知るべきである。」
その時、閻魔法王は、その夜が明けようとする頃、仏の所へ来た。種々の天の華、種々の諸々の香、雑香、焼香、天の衣、瓔珞をもって大いに供養し、右回りに七周し、仏の足に頭をつけて礼拝し、仏に申し上げて言った。
「聖なる尊者よ。私は仏の恩を知っており、恩を知らないわけではありません。今、仏の恩に報いるために一切を擁護し、常に勤めてこの大いなる威力と大いなる功徳と結果を持つ陀羅尼に奉仕し、地獄の門を閉じ、諸々の悪趣を浄めます。」
その時、四天王は仏の周りを三周し、前に進み出て仏に申し上げて言った。「ただ願わくは、聖なる尊者よ、この陀羅尼の修行の方法をお説きください。」
仏は四天王に告げられた。「よく聞きなさい、よく聞きなさい。私が今まさに説こう。
もし命が短く長寿を求める者がいるならば、まさに白月(上弦の月)の十五日に沐浴し清浄にし、清浄な衣を着て八戒斎を受け、この陀羅尼を千遍誦えるべきである。
そうすれば諸々の障害はすなわち除かれ、病は癒え、寿命は増し、大いなる安楽を得るであろう。地獄、畜生、諸々の悪趣の苦しみはことごとく解脱する。
さらには畜生、諸々の悪趣の類も、耳にこの陀羅尼を聞けば、すぐに悪趣の身を再び受けることはない。
重い病に纏いつかれている者は、病は皆消え散り、諸々の悪趣は清浄となる。命が終わった後は、現世の楽の世界に生まれ、蓮華から化生し、胎内に宿ることを受けず、常に宿命を知るであろう。
もし諸々の衆生が罪業に引かれ、命が終わった後に悪趣に生まれるならば、まさにこの陀羅尼で土を二十一遍呪い、その骸骨の上に散らすべきである。
その生まれた所が、もし地獄であれ、もし畜生であれ、あるいは閻魔の世界であれ、あるいは餓鬼の趣であれ、さらには阿鼻地獄、禽獣、昆虫であっても、ことごとく苦しみの身を謝し、天に生まれて楽しみを受けるであろう。
毎日この陀羅尼を二十一遍誦えるならば、罪は滅び福は増し、多くの人々から愛され敬われる。
命が終わった後は極楽の国に生まれるであろう。もし常にこの陀羅尼を念じ持つならば、命が終わった後は諸々の浄土に生まれ、一つの仏国土から一つの仏国土へと至り、一切の仏刹で大きな光を照らし、常に仏と共におり、諸仏に護り育てられ、受記を授けられるであろう。さらには大いなる涅槃の楽を獲て証すであろう。
この陀羅尼を修行する者は、まさに四面が正しく等しい方形の壇を作り、種々の清浄な華を散らし、種々の香を焚き、右膝の皿を地につけ、長く跪き一心に、十方の一切諸仏を普く念じるべきである。
合十指爪印を作り、まさに心の上に当てる。二つの人差し指と二つの親指を各々互いに屈め押さえる。
『娑度(善哉)』と称え、『善いかな』と言い、この陀羅尼を一百八遍誦える。
それはすなわち、八十八倶胝のガンジス河の砂の数、那由他百千の諸仏を供養し仕えることになる。
仏を供養するように供養を行い、また四大天王を供養することにもなる。一切が善を讃え、これを仏の子と称える。
大いなる菩提でその心を荘厳し、妨げのない智慧を得る。すべてこの陀羅尼を誦え念じようと欲する者は、皆まさに至心に、法のごとく合十指爪印を作るべきである。これが陀羅尼の法を修行することである。」
🌟 第五章:天子・善住の救済と歓喜
仏は釈提桓因に告げられた。「天帝よ、まさにこの法をもって衆生の地獄、諸々の悪趣の一切の苦悩を救い除くべきである。
諸々の悪趣の業を浄め、長寿の結果を得させるべきである。天帝よ、まさに還って善住天子にこの陀羅尼を授けるがよい。
七日が満ちた後、そなたは善住と共に私の所へ来なさい。」
釈提桓因は仏の教えを受け、天宮へ還り、この仏頂尊勝陀羅尼を善住天子に授けた。
善住はこれを受け、修行し供養すること六日六夜。
七日に至って、諸々の悪趣の業は皆解脱を得た。天の福徳ある場所に住み、大いなる長寿を得た。
歓喜し踊り躍り、大声で唱えて言った。
「ああ、仏よ!
ああ、法よ!
ああ、僧伽よ!
ああ、明呪なる陀羅尼は、衆生の一切の苦しみと災厄を救い抜き、私をして諸々の悪趣の苦しみから脱せしめた。」
その時、天帝釈提桓因は、部下たちに侍り囲まれ、善住天子を連れ、種々の華や香、焼香、塗香、ならびに種々の華鬘、蓋、傘、幡、幢、衣服、瓔珞を携え、天の宝の車に乗り、天の荘厳を整え、仏の所へ来て大いに供養し、右回りに万周し、仏の前の一方の側に立った。
仏を讃える偈を誦え終え、退いて座り法を聞いた。仏は金色の右手を伸ばし、善住を慰め護り、そして受記を授けられた。
仏頂尊勝陀羅尼経(終)




