令和二年一月十六日参拝。 出雲神仏霊場第十七番峯寺のあとは
十八番須佐神社を目指します。
道はナビまかせ、車は湖陵掛合線39号線を出雲市側へ抜けた所。雪です。
須佐川を渡ります。「こはいわゆる神戸川の上なり(風土記)」
神戸川を遡って須佐之男命が最後の地を定めたところという。
「神須佐能袁命の詔りたまひしく『此の國は、小き國なれども國處なり。故、我が御名は、木石(いわき)に著けじ』と詔りたまひて即(やが)て己命(おのがみこと)の御魂を鎮め置き給ひき」(風土記)

随神門を抜けると意外とこじんまりとした拝殿でございます。
須佐之男社の大元にして注連縄は左本右末。意外な感じもいたします。
(鳥居を隔てた反対側の天照社の千木が内削ぎなのは、義理堅い)
御朱印のついでに「須佐神社の由来」なる小冊子をいただきました。
社領の変遷などみると元は二百石、須佐一郷八ヶ村であったものが今氏子は宮内一区のみとなったと記されている。八島士奴美神(やしまぬみのかみ)を祖とする須佐氏のおやしろと云うに何か寂しい限りであります。
塩井(しおのい)という澄んだ泉が湧いております。
七不思議の一つに、この泉は稲佐の浜につながっているとか。潮の満ち引きに応じて湧き出る水の量が変わると言う。
不思議な因縁を感じます。



