どうも真山隼人です。
なかなか③が書けなかったわけではなく…。
なんと投稿し忘れているという醜態でして、、、
「おかしいなぁ全く誰からも反応無いな」と約ヒトツキに渡る人間不信を抱いておりました。
まさか保存ボックスに入っているとは…。
ということで今更ではありますが、南座歌舞伎鑑賞教室③をば!
5月13日浪曲チームは憧れの南座入りを果たしたのでありました!
あまりの格調高さに恐れおののく中「これから半月過ごすのだ」と言い聞かせてはやる心をおさえて楽屋入り
↑おお!着到板!これにピン📍さしたかったのだと!
↑担当の方より
「隼人さん!この楽屋は〇〇屋さんのところです」と。サラッと。おそれおおいお部屋で半月過ごさせていただきました。
↑細部に至るまで絢爛豪華な造りで舞台から観ても華やかな客席でした。
二日間の舞台稽古をはさんで15日初日。
それにしても歌舞伎の方の調整力と体力は凄まじいなと。自主練はあるのでしょうがほんの数日の舞台稽古で本番という…。やはり基礎は重要なんだと再確認した次第。
そして初日来てみると…。
なんと桂米團治師より楽屋御見舞が!
これには右も左もわからぬ中で心の助けになりました。
隼人「師匠、お気遣いありがとうございました!」
師匠「君なもっとかぶけ!!!」
という…数々かぶいてきた師匠(失礼っ!)より規格外のアドバイスをいただき、この半月は極力パッと光を放とうと第一目標を定めた初日でした。
そんなアドバイスもあってか
回を重ねるにつれて、少しずつ余裕が出来たのか「かぶく」というより色々脱線もありながら…。
↑休憩中に曾根崎ブースにて「死ぬる覚悟が…」無いな。
南座を探検したり
↑本当に細部まで豪華で…。
なんというか美術品に住んでるような、あまり他所では経験したことのないような毎日でした。
さてそんな舞台は…
開幕数日後に開催された出演者有志による打ち上げ後、さらにグッと距離が近くなり。
日に日に団結力の増していく中で、脱線しすぎたりイタズラしたり遊んだりと近年稀に見る楽しい日々。
千次郎さん吉太朗さんにダメもとで…
隼人「すみません…あの〜押隈って…いただけませんか?羽二重持ち込むので」と
お二人「いやいや、羽二重持ち込みとか聞いたことないから(笑)」
と「何だコイツは感」存分にありながら八日目の朝楽屋に行くと…
なんと!!!立派な押隈が!
今回の「正札附根元草摺」はお二人の師匠である我當さん吉弥さんも大変思い出深い作品と伺っていただけにまさに師匠から弟子へ継承の過程を覗き見出来、伝統芸の奥深さを目の当たりにしたその1ページの想い出の品となりました。すごく嬉しかったです。
あとで何人かにこの話をしたら
「そんな簡単にもらえるものじゃないから、軽々しく頼むな!」と怒られた次第です。すみません、、、
そして24日18公演を終えて千穐楽。
ここで終わりではなく、なんと次の日は異例の北海道巡業という…。
飛行機とバスを乗り継いで一同江別市まで!
まさか歌舞伎公演の巡業に同行することになる日が来るとは…。
ご存知の方もあるかと思いますが真山隼人は大の飛行機嫌い。いつも沢村さくらさんに手を握られながらの道中ですが今回となりは中村翫延さん
「隼人さん、手握りましょか?」
「いや、辛抱しますわ。」
横でニヤニヤされながら冷や汗ものの数時間、無事到着はススキノの夜会
↑何を話したのか一切覚えてないくらい濃かった総打ち上げをジンギスカン料理にて。楽しかった記憶しかない。
そんなみなさんと共にお送りした約ヒトツキにも別れを告げて、関東へ、松竹座へ、家路へと別れる一同。終わってから約一月経ちますが「楽しかったなぁ」と回想したりしてます。
しかし歌舞伎の皆さん本当にすごかったなと。
遊んでおられる中でも次回公演の勉強欠かさず…。
皆さん何かしらの資料台本を眺めておられ、浪曲もウカウカしておれないと思い直した次第です。
とはいえ、このヒトツキ仕事もしたしよく遊んだなと。毎日のようにどなたか観に来て下さり終わってからどこかへくりだす日々。しかもよく考えてみるとその一人一人が現在の真山隼人•沢村さくらの浪曲人生を繋げてくださってるなと。人の縁の尊さをありがたさを再確認した毎日でした。
そしてまた次につながるという…。
憧れの歌舞伎の世界をまた南座さんに足を踏み入れる事ができこんな幸せな事はありませんでした。
全てのご縁に感謝してまた歩んでいきたいと思います。ご来場•ご尽力くださいました皆様ありがとうございました!
そして最後に一言
「また出してください!!!お願いします。」




















