反原発の風向きが少し変わってきたように思う。




まず一つ感じるのが、このようなブログに対して、批判コメントより激励コメントのほうが多いということ。

反原発”信者”が論理的にしっかりした反論などできないということもあるだろうが、これも冷静な人が増えてきた証左。


また、橋下大阪市長、河野太郎衆議院議員など、かつて強硬な脱原発派だった人が、かなり現実的になってきたことも挙げられる。



僕からすれば
「もっと早くわかれよ!」
「そんなこと去年の段階でわかってたよ」
ということだが、これら影響力のある人の変化は大きい。




俳優の山本太郎がいかに無責任かという面が報じられるようになった。


坂本龍一への批判記事も一気に増えた。



世論の風向きの変化に敏感な孫正義は反原発発言もかなりなり控えるようになってきたように思う。


世の中を悪くし、日本の将来を暗いものにする「反原発」運動は、自らの思慮の浅さを表す指標になっていることを知るべき。


考え方を改めるのが遅ければ遅いほど恥をかきます。














日本での反原発運動の高まりに最も喜んでいる一人はソフトバンクの孫正義ではないだろうか。



彼は昨年の原発事故直後から、ツイッターで盛んに反原発を唱え、反原発派の急先鋒ともいえる存在だった。



彼のツイッターは僕もフォローしていたが、一日に何十回となくつぶやく中でも最も力をいれていたのが反原発の意見表明だった。



そして今年の6月についに「再生可能エネルギー法案」が国会を通った。



内容は政府が民間企業が発電した再生可能エネルギーを42円/kWhを20年間に渡って買い取るというもの。


これは孫正義が求めていた価格をそのまま受け入れるものだった。



中身は「再生可能エネルギー業者」にとって一方的に都合の良いもので、簡単にいうと国民の負担(税金)で業者が20年間に渡り大儲けできるというとんでもない法案だ。




反原発を唱え、原子力関連の行政や利権を批判しておきながら、実はそれを隠れ蓑に巨大な利権を手に入れようとしていたと判断しても良いだろう。





また彼は民主党議員に

「既得権益の電力会社の組合の票が欲しいか、国民の票が欲しいか。電力会社の献金が欲しいか、国民の声を第一に考えるか。本音で議論して頂きたい」と語ったという。




国民を反原発に焚きつけておいて、選挙での票と差し替えに、自分たちのビジネス要求を受け入れさせようとしたのも同然。





反原発派の発想と思考能力はかなり単純なものだから、

「反原発派は正義」
「原発容認派は生命を軽んじる悪」という
図式に凝り固まっている。





だから裏ではこの例のように反原発を商売に利用して巨大利権にしようとする者もいることに気がつかない。



反原発派にとって孫正義が今でもヒーローなのだろう。



ただしその後「再生可能エネルギー法案」はいくらなんでもめちゃくちゃな法案ということで、かなりの修正が加えられることとなった。



それが原因であろう。



最近はソフトバンクから再生可能エネルギーへの投資に関する積極的な姿勢が消え、孫正義のツイッターでも反原発のつぶやきはすっかり影を潜めた。



当初の想定ほど儲からないことがわかったからだろう。




反原発派は発想が単純すぎるため原発即時廃止に伴うリスクやマイナスを顧みずに反対する。



しかし、現実としてこれから何が起こり得るかをこれを契機にしっかりと認識して欲しいものだ。




●東京電力維持のために税金投入
●各電力会社の巨額の赤字
●電気料金の大幅値上げ
●日本企業の倒産増と海外流出
●再生可能エネルギー転換のための巨額の税金投入
●再生可能エネルギー業者だけが大儲け




そしてさらに言えば、今年データセンターを韓国に移転したソフトバンクは他の日本の企業より競争力をつけるのである。



韓国の電力はその大半を原子力で賄われていることもあり、電気料金は日本の約1/3。



孫正義が反原発が社会のためと思ってやっているなら、韓国に対して電力が高くなっても良いから原子力を廃止しろ、と要求するべきだがそうするぐらいならそもそも韓国に逃げない。





こちらもぜひ参考にしてください↓
『ソフトバンク、再生可能エネルギー法案修正可決で全力逃走中』
http://nosoftbankno.blog84.fc2.com/blog-entry-93.html

反原発派は言う


「日本は地震大国だから原発に向かない」

「いつ次の事故が起こってもおかしくない」

「人間にはコントロールできない」

「常に死と隣り合わせ」



日本では老衰以外の死因、つまり事故や病気で死亡する人が年間約100万人いる。


過去30年で考えるとざっと3千万人が”不慮の死”を遂げている。


これに対して原発による死はゼロ。


つまり 30,000,000 対 0



この事実を見てなお、

「死と隣り合わせ」か???

「人間にコントロールできない」のか???



もはや常識外すぎて滑稽である。



オスプレイ配備問題も同じ病根がある。


「危険だ」というのであれば、航空機や通常のヘリコプター、他の戦闘機との危険度比較をするべき。


この比較によって明らかに危険度が高く、しかも今後危険度の改善が見込めないという検証が合った場合に限り、妥当な反対理由になる可能性があるものではないのか。


それもないまま、何年に何回墜落しているから配備反対などというのは子供の発想。



どちらにしても滑稽な「何でも反対屋」だ。



今回は反原発の人たちが根本的に抱える2つの問題に言及する。


1)感謝の欠如


2)”反”が大好き




感謝の心は人を幸せにする。


今まで原発は日本の高度経済成長を支えてくれた。


原発があったからこそ安価で安定した電力をみんなが享受できた。


先人の技術者や原発に関わった人たちを感謝するべきではないのか。


もっと言うとこの恵まれた日本の現代に生まれたことを誇りに思わずして幸福な人生なんて送れるはずがない。


「感謝しろ」とは言わない。


感謝することが、心の安寧と優しさにつながり幸福をもたらす。



”反”は争いを巻き起こすだけ。


”反”は”恨み”であり相手を攻撃し自分も傷つく。


気持ちはささくれ、何も良いものを生み出さない。


ネガティブ思考にとらわれ、不幸のスパイラルにはまり込む。


もともと反原発の人には反政府、反核、反自衛隊、反資本主義、反安保そして反日の人たちが多い。


それは結局「反自分」でもある。




どんな運動を起こすにせよ、先人への感謝と何をすべきかというポジティブ思考を忘れてはいけない。


「反原発」でなく「代替エネルギーを推進しよう」運動であるなら、意味合いや影響力が大きく違ってくるだろう。