長いこと武術をやってると、よく思う。
正がつくものは大概間違ってるか、使えない。
例えば
正拳、正眼の構え、正中線、
皆、真面目な人ほど頑なに守って修練する。
初心の内はそれで良いと思う。
しかしながら、何時までもそんなことをしてたら駄目だ。
こんなことを言うと怒られるかもしれない。
しかし
正というものは、捨てなければならない。
それは本来の天理自然の動き姿勢から離れているからだ。
正の反対は誤
しかし、正を外れたら誤になるわけではない。
正に固執することが誤になる。
良いじゃないか!
外れたことを思いっきり経験してみることも!
そういった発想の転換が、本当に使える拳、姿勢、ラインが見えたりするものだ。
型だってそうだ。これが正しい型だ。
後生大事に守ることは悪いことではないが、外れた動きの中に本質が隠れていることもある。
そういうことに気がつき始めると同じことをやっても奥深さが加わり、味のある動きになっていくものだ。
肥田春充先生は正を越えて聖中心を悟られた。
正を捨てなければ聖には至らなかっただろう。
勿論聖の境地など僕には理解できはしないが、なんとなくそんな気がする。