フラクタルの森  ( 備前焼 玄明 )

フラクタルの森  ( 備前焼 玄明 )

岡山県の中心、吉備高原にある大和山(oowasan)の南斜面に窯を築き、大自然と対話しながら備前焼を焼いています。陰陽学とフラクタルに関心があり「フラクタル陰陽学」として情報発信しています

「フラクタルの森」での考え方

 

基本は、①二つの視点を持つこと

深く観ること
比喩で見ること


世界は、すべてで成り立っている」と昔から世界中で言い伝えがある

陰陽とは、見えにくいモノ と 見えやすいモノ

陰陽には、時間、空間、人間的なモノがある

陰陽とは、比喩で見ると右脳的なモノと左脳的なモノ


片目では立体的に見えないように思考も同じことだ

頭脳明晰と思われている人の中には

左脳的にだけ優秀で右脳的な所が未成熟な人も多く

立体的に見れない為に社会を蛇行させているのが現状だ


立体的に見るためには、上の図で深く見る必要がある

この図を要約するならば

世界は全て、思い(設計図・陰)行い(具体化・陽)で成り立っている」

 

万象万物、この循環を経ずして成り立ち存在することは無い
ダーウィンの進化論を未だに信じ込んでいる人たちがいますが、

これは、「なぜ」(思い)を埋めていない不完全な欠陥理論だということがわかる

 
設計図無く製品が出来ないように、設計者無く設計図が書けないように
設計者無く生命の設計図(DNA)は書けません
粘土で作られる単純な器であっても、欲しい、作りたいと思う人が居なければ
この世に生まれてくることはないという簡単な理屈を理解できない人たちがいる
 
「なぜ」を埋められない原因は、思考停止にあり
その思考停止は、唯物論、無神論が元にある
同じく、経済の見方も「企業の目的は利潤追求である」という
片眼での見方がまかり通って社会に害毒を流している。
そのために大企業や富裕層に対する嫉妬心をあおり、経済を自滅させる
経済は、仕事・商品とサービス(陰・社会貢献 )と代金・給与(陽・利潤成果)で成りっている
画像の説明


この循環が生活を支え、生活に潤いを与え、税収も増やすことになる
この4つの循環の質と量とスピードアップに努力すれば良いだけのこと
 
これを、政治家もマスコミも経済の専門家も片目で見て
立体的に考えれないために結果主義に陥り悪い循環を起こしている
GDPを増えないようにして、日本を貧しくしている
「企業の目的は、社会(顧客)貢献であり、

その結果目標として利潤がある」 
 
そして、そのお役立ちの拡大再生産のためにも利潤を上げる使命が有る
 
目的は、お役に立つこと、使命(目標)はそれを結果として示すこと
税金は全て「仕事」が産み出す「代金」(GDP)から汲み上げられ
国民を豊かに幸福にするためにもGDPを増やせば良いことなのだ
 
税収を増やしたければGDPを増やせば良いだけのことなのに
左脳だけを鍛えた人は、
この因果の流れを無視し税率を上げれば税収が上がるように考え社会を混乱に陥れている
片目で見ているからです
 
「政府の目的は社会貢献(陰)結果目標としてGDP(陽)がある」
 
お金は血液と同じであり大事なものを運ぶための道具です
景気を良くしたければこの血液の循環を良くすればいいだけのこと
お金が一日に一回循環していたのが
2回循環すればGDPは、2倍になる
GDPが2倍になるということは、
生産も消費も所得も2倍になり
全体の税収も2倍になる
消費税など上げなくていいというよりも
消費税は、消費に対するブレーキです
このデフレ状態の中で消費にブレーキをかけるとは狂気の沙汰
 
更に、GDPを増やすために血税が使われるなら良いが、
選挙目当てで国民にばらまかれるなら
国民の民度を下げ、国家は滅びへの道を歩むことになるだろう

すでに破たんしているネズミ講である公的年金制度
現状のまま無理に維持し、それを消費税で賄おうとするなら
消費税70%は必要になるという試算もある
これで経済が持つわけがない
 
若者を強制的にネズミ講のような年金制度に入らせてお金を巻き上げ
それでも足りないとして、消費税で賄おうとして景気にブレーキをかけ
若者の所得を奪い貧しくさせようとしているのです
2重で若年層を苦しめることになる
犯罪行為である「ネズミ講」を国家が運営し
「泥棒」や「詐欺」にも見える2重課税や取れる所から取ろうとする徴税方法
バクチまで合法化して税収を上げようとしている
このような不法行為を国家レベルで行うならその国家は滅びてしまうだろう
 
ネズミ講が犯罪と認定されているように継続は出来ないのです
犯罪は良い循環も産み出さず
誰かの不利益の元に成り立っているから犯罪なのです
今の若者が今の年寄と同じように年金をもらえるわけは無いのです
無理にそうするならば国家の経済は滅茶苦茶になるでしょう

今の年金制度を軟着陸させ、民間でも継続可能なものに変え
セーフティーネットも充実させながら
日本の経済を建て直していかなければなりません
そんな政策を持っているのは、「幸福実現党」だけです

フラクタルの森・備前焼 玄明

今、日本に一番重要な事 

信仰心を取り戻し
国家ぐるみの犯罪行為にブレーキをかける事で
日本の経済を成長させ国力を取り戻する事

 

諸悪の根源は、どこに有るのかというと
少子化や高齢化の問題では無い
コロナウイルスのせいでも無い
国民の民度が下がっているからだ

 

この世だけを全てと思い込み
死ねば全てが終わるというような世界観を信じ
神仏なる存在を無視して生きる人があまりにも増え過ぎている

 

戦後教育からの左傾化が原因だろう
今も言われているのかどうか知らないが
マルクス経済学を学ばないものは知識人では無いという

 

共産主義のマルクスが言うように宗教が大衆の麻薬であるならば
神仏なる存在は詭弁であり、宗教とは、時代遅れの認識である
弱い心を持った人々の依存する覚せい剤のようなモノだ


そうであるならば
ウイグルやチベットで行われている宗教弾圧にも正当性が出て
そんな麻薬患者は、再教育キャンプに収容され
それに耐えられない人々の臓器を取り出し移植ビジネスに使っても良い
というのが無神論、唯物論国家の中国共産党の考えなのでしょう

 

日本でも同じように、宗教は勝手にやるのは良いけれど
宗教が政治に関わるなど問題であるかのように
政教分離と言う言葉が勘違いされ独り歩きする

 

本来、まつりごととは、神に代わって行う事であり
日本の天皇制も神託を受けてまつりごとに関わることで尊敬を担保されるのだが
このコロナ禍でも何ら祈願されること無く
本来の役目を果たすことが出来ないでいる

 

高等教育を受ければ受けるほど「信仰心」から離れていき
自分たちが神の如くふるまい
悪魔のササヤキに耳を貸す人が増えてきた

 

結局、善悪の基準を自己を中心として観る事で蛇行し
冷静に考えれば、恥知らずの事を国家レベルでやっているのだ

 

犯罪とは、神の願いに反し
人々の間に良い循環を産まないから悪であり犯罪なのだ

 

法律で特例を作ったり
何処からも罰されることが無かったとしても
犯罪行為の本質を誤魔化すことは出来ない

神仏から見た悪事を集合体として繰り返すならば
国民の民度もどんどん下がっていくことになる


その民度の低下は、経済の成長にもブレーキをかける

そんな社会に対しては、神も支援できなくなって来る
神からの恩寵を受けることが出来なくなるのだ

日本を良くするためには、それぞれが自己中の判断から離れ
他者を犠牲にするような犯罪行為から決別し
神の願いを人々の願いとするような信仰心を背景にした社会へと変え
神からの信用を裏切らず、陰ながら応援してもらえるような国家とする必要が有る
● ネズミ講である公的年金制度                   詐欺
 (ネズミ講と違って強制加入、この犯罪を隠すために税金をつぎ込んでいる)    
● 有る所、取れる所、取りやすい所から盗ろうという徴税システム   泥棒
 (贈与税、相続税は二重課税)
 (消費税は消費に対するブレーキ・詭弁を繰り返しデフレの時に景気を冷やすとは) 
● 累進課税  ネズミ小僧や石川五右衛、これらは義賊ではない    強盗
● 公金を使ってのバラマキ                    贈収賄
 (桜を見る会など・国民に対する賄賂で財政赤字が増え、経済と民度を下げている)
● パチンコ、IR法、、公営ギャンブルなど             賭博
● NHKの押し売り                        強要罪
(昔、放送局がNHKだけの時に受信機とセットで負担して貰うことには合理性が有った)
結局は、神を信じることが出来るかどうかだろう
私は、霊的世界が有り
神仏の目から自分自身の思いと行いは、隠しようが無いことを信じている

神から観て、常に正しい判断が出来ているわけではないが
しかし、この視点が有ることで反省が出来て
より良い形に修正できる可能性があることだ

 

信仰心無き者こそ政治の世界から去るべきだ

 

公明党(創価学会)のように拝金教、ご利益信仰にしてはダメだ
バール信仰であって良い訳は無い

既存の宗教も自己中の判断で他宗の批判するのでなく
地球神の心がどこに、今、有るのか考えるべきだ

初めて子供をさずかり

子育てをして親の苦労を体験すると

「子を持って知る 親の恩」と言うことわざが浮かんでくる

 

そして、子育てをしながら、信仰の世界で学び続けると

「子を持って知る 神の願い」というイメージが浮かんでくる

 

現実には、無我夢中での子育てで

深く考えることは出来なかったけれど

今度、孫が出来て

孫を抱いて今までの事を振り返り

孫とその両親の未来を考えると

冷静に客観的に見ることが出来る

 

どんな子に育つだろうかという期待

どんな子に育つのか分からないけれど

それらすべてを飲み込んで育てて行こうという決意

 

健やかでより素晴らしくなって欲しいという願い

自己中で醜い心にだけはなって欲しくは無い

世間から注目されるようなことが無くても

暖かく明るい人格になって欲しいと

 

生活に追われ日々の忙しさに流されながらも

その存在自体のありがたさに意味が有り

他者の存在に愛を注ぎ込めることの意味

愛を与えることが出来る幸福がある

 

創造主がこの宇宙を産み出し、生命体をイメージし

星を作りシステムを創る時の想いにも似た感覚が

おそらく有るのだろう

 

粘土で作品を作る時もいろんな思いがよぎる

より良きものとなれ

より素晴らしきものとなれ

窯にて焼き上げられるときに不都合なモノも生まれるけれど

この産み出し育むことの幸福は

何事にも代えがたいモノが有るのだろう

 

また、森に手を入れ整備しながら植物たちを観ていると

それぞれが、それぞれの個性で勝手に生きようとしているのだが

雑草として処理される草にも意味が有り

自と他と全体の視点で見ると大調和の中にあることが見える

 

その管理をしている自分と

他者である植物や動物、昆虫や微生物たち

そして、全体を観ている神なる視点で観ると

全てがつながり一本の線上に有ることも見えてくる

 

時に立場の違いで相争う事があっても

それを大きな目で見ている神なる視点がある事を忘れてはいけない

 

「孫を持って知る 神の喜び」

このイメージが、無条件での孫の可愛さという感覚に投影され

神の期待に答えるべき使命が我々人間には与えられているようだ

神の願いと私たちの願いが重なり同調できますことを切に願う

世界はどのように出来ているのか
人生はどのように創られているのか
備前焼は、どのように作られるのか

 

全てに法則が有り
因果の法則が無いモノは無い

 

その法則は、
世界の中で
思いと
行いで
出来ていく

 

(下の図の3段構造である)
5w2h

 

思いとは、設計図であり
行いは、それを具体化すること


健康も家庭も社会も経済も
全てが思いから始まる

 

現状に悪いことが起きているなら
それを変えるのは心の力
思いの力
設計図の力

 

替える為には、何が必要なのか
どう変えれば良いのか
そこが難しい

 

真理から学ぶことが大切だが
二つの視点を持ち立体的に見る事が出来なければ
ムリだ

 

 

画像の説明

 

この経済の循環を、愛(商品やサービス)と知(代金)と反省(給与)と
発展(仕事)の流れで観ることでも分かることだが
仕事は良い商品やサービスを産み出すために有る
仕事の発展は、贅沢な暮らしの為に有るのでは無い
仕事の発展は、商品やサービスにより多くの愛を込められるかにある

 


先に資本主義と社会主義の対比で述べたように資本主義の中に与える愛の念いが無いならば
その仕事の循環は、全体の発展につながらずひずみを産み出し蛇行して
社会主義的な運動が起きることになり更に蛇行を繰り返す

 

ある意味で資本主義は、社会主義に奉仕するために有るとも言える
厳しさは優しさに奉仕する為に有るとも言える
厳しさ(仕事・発展)に愛が無ければ良い循環は起こらないのだ

 

愛・知・反省・発展の循環は、単に発展の為のモノでは無く、
その発展は愛に奉仕するために有るという
その循環を繰り返す事こそ大切だという

 

神の願いは、そこに有るのだろう
わが子達がより素晴らしくなることを望まれている
その素晴らしさがあまねく全世界に広がっていくことを願われている
その姿こそ理想であり
そこに至るドラマを共に感動をもって観ておられるのだろう

 

今、なぜ、私達が、このような世界で生きているのか
その理由は、ハッキリとは分からないけれど
私達の心の奥底を観ようと努力するならば
何となく見えてくる

 

それを私は信じている
私達は神と共に生きている

 

資本主義と社会主義

この違いは世界中で議論され、その国の政治体制の中でいつも対立を起こしている

アメリカでも共和党と民主党の対立が有る


日本でも与党と野党の対立がそのように見えるけれど
今の自民党の姿勢は、どうも社会主義的な政策が多いように見える

 

資本主義とは、お金などの資産を集めより大きな仕事をさせて発展させようとする姿だろう
社会主義とは、政府が責任を持って人々の暮らしを守り苦しむ人を救っていこうと言うような経済だ

 

陰陽で観るならば、資本主義は陽であり縦軸であり、厳しさを求める
社会主義は陰であり横軸であり、優しさを求める
共に大切な要素ではあるのだが、問題なのは主体をどちらに置き
どうバランスをとることが出来るかだ


子育ての場合にも、優しさと厳しさが必要だが、この場合は当然ながら優しさの方が多くなければ問題が起こる


しかし、経済の中ではどうだろう
経済の中にも優しさは要るけれど、

砂糖菓子のようなモノばかりが与えられるなら健康を害するように
経済の流れを阻害する要因にもなる

 

経済も比喩で観るなら人体で説明が出来る

 

画像の説明

 

人体で言うならば、資本主義とは血管の働きのようであり
社会主義とは、リンパ菅のような仕事であろう

リンパ管が機能して働くためには、筋肉の収縮が必要であり
筋肉が働くためには、血管の機能が不可欠だ

 

資本主義は、左脳的な仕事であり厳しさが求められ成果が求められる
社会主義は、右脳的な仕事であり優しさが求められるが、こちらが過ぎれば資本主義の仕事に支障をきたすことになる

 

今、世界の現状は、リベラル傾向の政治勢力が力を持っていて

社会保障関連に力を入れる傾向が強い
そして、民主主義が進むことで多数決の論理が
選挙という関門を通らざるを得ない時に優しさの方に傾きすぎる傾向が有る


人々に優しいだけの政策をとるために
長い目で見て経済を成長させる事が出来なくなる

その優しさが、人々の成長に働くのなら良いが
甘やかしとなり、自己中の自分たちの事しか考えられないような人達を産み出す可能性が有る

 

その根本原因は、資本主義が堕落して
悪い資本主義となり奪う愛のマインドが入り込むことで起きるようである
こちらでも経済にブレーキをかけてしまうのだ

 

そのように蛇行することで、世界は成長するのでは無く
奪う愛の戦場となりマイナススパイラルを起こしているのが現状だろう

 

フラクタルの森で言うならば
右目で観るは、きびしさであり
左目で観るは、やさしさだ
優しさ(横軸)と厳しさ(縦軸)のバランスは何においても難しい

 

百獣の王ライオンは、我が子を千尋の谷へ突き落とすとも言われる

政治の中では優しさは票に絡むために簡単である
お為ごかし、人気取りでの政策では良い結果につながりにくい
それを見極める知性も国民に求められるのだろう

 

それに較べて、厳しさは非常に難しい
神なる存在は、愛の最大の存在なのだろうが
厳しさも同時に重いモノが有る事を知っておくべきだろう

その神の判断を知るためにも「正しき心の探究」が不可欠なのだ

 

経済活動の中に「与える愛」という要素が無ければ成長の循環は起こらず
世界中がそのような状況になれば世界経済は成り立たないようになる
それは、世界が滅びの道に入るしか無いことを意味する

 

世界の実体経済を示す指針としてGDPがある
このGDPが何を示すのかというと次の図の中の要素だ

 

画像の説明


GDP3面等価の法則にある消費額、生産額、所得額の事であり
この実際に働いている数字に対して世界で流通しているお金の額が有る


お金は、それぞれの中央銀行が発行していて実体経済の数字より多いのが宿命だ
お金は信用を背景にした道具である以上
この実体経済と通貨の流通量があまりにも離れすぎるとその通貨の信用は無くなっていく

実際の経済力を無視して通貨(お金)を発行し続ければ
その国の通貨は信用を失い暴落するしかない


まともな商取引の道具として使い物にならなくなるのだ
ハイパーインフレということにもなりかねない

 

お金は、誰かが銀行から借り入れる事で生まれる
誰かがお金を借りるということは、そのお金が仕事をしてくれるということだ
仕事をするとは誰かの役に立っていると言うことでもある

 


誰かの役に立つ(与える愛)という思いで成された仕事は
そのお役立ちの成果が生まれ、その成果の価値が更なる循環をしていく
銀行から借り入れ金融資産が増えた分を実体経済が追いかけて行く
その国の通貨量が増えた分をGDPが埋めて
さらに追い越して行くことになる
そうやってバランスを保ちつつ成長していく

 

もし、この借入や財政出動された資金が与える愛と反対のモノに使われるなら
奪う愛の考えのもとで使われるなら
そのお金がした仕事の価値が循環することなくそこでストップしてしまう
お金の量は増えるのだが、GDPはやがてストップしてしまうだろう

まさに、日本経済が陥っている現象なのだ

 

日本の場合過去に積み上げた蓄積が有るからまだ良いが
これが世界中で起きた場合どうなるかと言うことだ

 

中国の経済事情を良くは知らないが
誰も住まないようなマンションが建てられたりしているという
まさにMMT理論で独裁政権故に通貨の供給を盛んにして
財政出動で住宅を建設するなどの仕事をしてる訳だけれど
それでGDPを押し上げようとしているのかもしれないが
その住宅が誰かの役に立ち更なる価値を産み出すのなら良い循環をしてくれる
しかし、ゴーストタウンをいくら造っても実際のGDPを増やしていくことは出来ない

 

中国は、MMTで軍事費を膨大させている
この軍事力が価値を生むためには、もちろん国防が基本だが
行き過ぎた軍事費は、その価値を回収しようとすれば侵略に向かっていくしかない

 

中国などの唯物論国家では「与える愛」などという青い考え方は理解できないのだろうが
世界中が「奪う愛」という
自分の利益、表面的な成果ばかりを見て
他者に奉仕する事、世界に奉仕する事、神に奉仕すること
これら「与える愛」の本質を理解しないで経済活動をしていくなら
世界に充満しているお金の量と
実体経済のGDPの額には大きな開きが生まれる事になる

 

現時点でリーマンショックが起こった時の数倍の開きが出ていると言う
この実体経済とかけ離れたお金が出回り
そのお金が与える愛という仕事をして世界を潤していくなら問題ないのだが
この差が加速度的に大きく開いている

 

誰も住まない住宅を造るためにお金を産み出しても
その産み出されたお金が住宅販売という対価を生まず
人々に活用されその価値を活かすことが出来なければ
そこにつぎ込まれた資金の回収は出来なくなる

 

独裁政権なら それを一時ごまかすすべは有るのかもしれないが
理屈からして隠し通せるモノではない
いずれ破綻することになる

 

結局何がポイントになるかというと
お金を使いながら成長させることが出来ていないということだ
成長とは反対の事にお金を使っているからGDPは増えてこない

 

金融機関からお金を借り入れ
借り入れた以上の価値を産み出すことが出来ているなら
GDPの額は、増えた通貨の量(借入額)以上に増えてくるだろう

 

実際はその真逆で、世界のGDPは追いつく兆しは無い

そこで何が次に起きるかというと
借金の返済が出来ない所が必ず出てきて
その信用不安が広がり破綻している所が次々と表面化していくことだ

 

仕事は、お役立ちそのものであり
はたらくとは、はたを楽にするという事
仕事とは、与える愛そのものである

 

この与える愛の精神が理解できず
奪う愛の中を世界が生きていくなら
世界は必ず破綻する

 

資本主義に問題が有るのでは無く
その資本を使う人々のマインドに問題が有る時に見苦しい姿を呈することになる

 

それを避ける術は、仏法真理の中に有る
与える愛と奪う愛を分けるモノ
善悪を分けるモノ
このことを正確に見極めることは難しいけれど
正しき心の探究」する姿勢さえ有れば大きく道を踏み外すことは無いだろう


正しき心の探求とは神仏の心(願い)の探究だ
信仰心(宗教)が不可欠なことは言うまでもない

 

経済を考える時、一番問題になるのが結果至上主義となることだ

 

画像の説明

上の図でも分かるように結果に至る過程は、様々有る

簡単に言うならば
見て・思って・行動して・結果が出るという循環が繰り返されているのだが

やはり、一番気になるのが結果だ

 

結果とは、評価であり、果実であり、要するにお金の問題である
最近でも子ども達に投資のことを学んで貰う企画があり、テレビのニュースで流れていた中に
一人の少年の「楽してお金を稼ぎたい」というコメントが有った
よくもこんなコメントを流すことが出来るなと思った

 

言葉には暗示能力が有る

番組制作者も「楽してお金を稼ぎたい」という気持ちは
当然あることだとして報道しているのだろうが

聞いていて気分は良くない


他にも見過ごすことの出来ない言葉が一人歩きしている
「企業の目的は、利潤追求である」と言う結果主義の言葉だ

これは、間違った暗示を与えることになる

 

仕事は、金儲けの為にするものだとすれば、楽できればラッキーだろう

しかし、それがちょっと行き過ぎると

取れる所から、有る所から取ろうという事になる

 

正しく陰陽の両面で観るならば

「企業の目的は社会貢献であり、その結果目標として利潤が有る」
そして、その利潤で更に社会貢献の渦を広げていくべきなのだ
そのプラススパイラルの渦の中で事業の拡大も成されていく

現実は、結果を出すことを優先して一番に見ているために
それまでの必要な過程を無視してしまうようだ

 

たとえば、目の前にお金が落ちていたとして
瞬間的にはシメタという思いが出てしまう
まさに何もしなくて楽して結果を手に入れる事が出来たことになる
このような場合は、目先のことしか考えていないからだろう
そこでは楽できたということだ

 

こんな場合でも立体的に考えることが出来たなら
そういうことをした後に来る結果を想像したり
そのような状況で困っている人がいるだろうと思える事でブレーキがかかる
しかし結果しか見ていなければ難しい

 

これは単純で極端な例では有るが
色んな仕事の中であり得る誘惑だ
犯罪にはならず法律で罰されることも無いようなレベルではいっぱい有るだろう
そのグレーゾーンを簡単に踏み外してしまう事が世間にはいっぱいある


その思いの中に愛(与える愛)という種が無ければ
その思いの中にまで「結果」が入り込み

思いも行いも、目的も目標も、結果だけしか入ってないような

そのような結果至上主義となるのだ

 

そのような結果ばかりを求めている思いと

その現実の結果をつなぐモノは
どのような方法手段が有るかと考えるならば
「有る所」「取れる所」から盗ろうと言うような気持ちであろう


そこに楽して稼ぎたいと言う気持ちが有るならば簡単にそのようになる

ただ、神仏から見れば悲しまれるようなケースだと思う
なぜ神仏が悲しまれるかというと、その循環では結果は次第に細るだけでなく
その神仏の子らの魂が成長することなく堕落していくことだ
我が子たちが成長する事無く堕落して行くならば
親の責任としてその子らの行動にブレーキをかけるような事も有るでしょう
天罰というようなサインも降ろされるでしょう

 

このような気持ちは個人だけの問題ではなく
一般企業における誘惑でもあり
政府機関、財務省などは、更にヒドイ現状だ


法律で罰される事も無く合法的にやれるからだ

相続税や贈与税は、有る所から盗ろうとする
消費税は盗りやすい所から盗ろうとする
盗ることの出来る場所が有ればどこからでも盗ろうと言う判断だ
神仏から見ればいい加減にしなさいといった所行が見える

 

世界中の経済構造を見れば、日本と大差は無いようで
財政基盤の安定化など結果を出すことの難しさの中で
簡単に楽して「有る所」「取れる所」から盗ろうとする傾向が有る


そして国民(自分)から支持を得る為にバラマキだ
票の獲得の為、自己の存在意義をしめそうとして、合法的収賄だ

 

まさに、義賊と思いこんでいる愚か者もたくさん居るだろうが
江戸時代に活躍したネズミ小僧や石川五右衛門などと同じだろう
明らかに犯罪者であり、地獄に堕ちる人達だろう
NHKの大河ドラマなどで義賊扱いをしていて、非常に問題が有り
その暗示を受けての可能性も有るが
金持ちに重税を掛けて所得の再分配と言いながら

庶民にばらまく事は良いことだとする風潮が有る


富裕層は悪いことで蓄財をしているかのように見ているのだろうが
自分を見るように人を見る傾向性が人には有るように
人々の心がすさんできている証拠では無いだろうか

 

MMT理論を使っている人たちの中にも
この神仏の願いから離れた判断をする人達は多い

 

結果を出すことは難しいことのように見えるけれど
この宇宙が神の願いが有って存在していることを考えるなら
この結果を産み出すための思いの部分、心の部分を正しいモノで埋める必要が有るのだ

神仏がこの宇宙を創られたモノと同じ「与える愛」に添ったモノである必要が有る


その神の愛が自己展開し銀河を創り、恒星を創り、惑星を創り
様々な魂を創り、その魂が様々な生命を産み出してきたと同じように

人々の思いが、様々な価値ある物やサービスを産み出し
その存在が更に素晴らしいモノを産み出していくという
プラススパイラルの連鎖を産み出す必要が有る

 

次の図のピラミッドをより大きく
より素晴らしくしたいという思いが
おそらく、神の意識の中には有るのだろう


小さな星マークは、神の願いを表現しようとしているモノです
画像の説明

とにもかくにも
一番重要な課題は
幸福の科学で学ぶ
「与える愛」の問題だろう
愛を学ぶこと
これなくして様々な課題を解く鍵は見つからないだろう

 

19人も殺された事件だが
この事件から学ぶべき事は何か?


私のフラクタルの森での認識は、
幸福の科学で学んでいる事が根底に有る

 

傷害を持って生まれた人や
途中から障害者となった人々
彼らの人生の意味は、
彼らの魂が、菩薩の境地に成長するために
自らが求めて経験している事でも有るということを信じている

 


 

そのような人々を19人も殺害したことの反動、反作用が
犯人にどのようなカルマとして覆い被さっていくのか
考えると気の毒では有る

 

確かに障害者を前にすると
目に見えている所しか見えず
犯人が言っているような気持ちが出る事は理解は出来るが
片目だけで観ている事であり
立体的に見ようと努力していないことだ

 

この傾向性は、単にこの犯人だけの特性では無い
現代人の多くがこの落とし穴に落ちている

 

左脳的に優秀な人ばかりを観て
右脳的に優秀な所を観ようとしない
見えにくい所を観ようとしない傾向性だ
その事が世界の経済をも奈落の底に落とし込むことになる

 

ここで、次の動画を観て欲しい
この動画のソウタという少年は、クラリオン星という星から来ているという
その星での記憶を投影しながら話している
この地球に生まれてきた目的は、愛を学ぶためだと言う

 

彼の言っている表現は、間違って翻訳される可能性も有るけれど
幸福の科学で認識している世界観をリアルに表現してくれている
しかし、話の内容から幸福の科学の会員で無いでしょう

 

このような現象を理解できない方は
その下の大川隆法総裁の講演会の内容を聞けば少しは理解できるかも知れません
なお、私のこのサイトの2019年7月1日の記事に関連のものを載せていますのでこちらも観てください。友人の撮影したUFO写真も有ります

 

障害を持って生まれた意味 〜宇宙人は小学3年生シリーズ第6弾!〜
https://www.youtube.com/watch?v=CZ1Ac6ayAjY&t=589s

 

大川隆法総裁 御生誕祭 大講演会 「宇宙時代の幕開け」抜粋版(埼玉県・さいたまスーパーアリーナ)
https://www.youtube.com/watch?v=yMxDr8UnRZQ&list=PLSVil2YT7U14LBeHa2zm5GKHms4fsoL3Q

 

こちらは、障害者を扱ったドキュメンタリー映画です

「神の温もりを伝えたい」
http://tenshi-call.com/?cat=1&s=%E5%81%A5%E5%B8%B8%E8%80%85

 

 

経済発展の奥に繁栄が有ります


この経済の課題にはなんだか奥深いモノが有るようです

この経済の循環の中に学ぶべきものがイッパイ有る

 

画像の説明

フラクタルの森の右脳的なラインには、仕事と商品・サービスがある  ・・・陰

左脳的なラインには、その成果であるお金のラインがある        ・・・陽

 

お札の価値を支えてるのと同じく

この表面のお金を支えているのが、陰の信用だ

 

この「仕事」と「商品(サービス)」にどれだけの愛を込めることが出来るのか
愛とは反対のモノで一時の経済発展はあり得るだろうが
それで、プラス循環を起こすことは無いだろう

投資マインド、消費マインドの中に神近き思いが入るかどうか
ここがカギのようだ

 

現代社会は、左脳的に表面に浮かんでいるモノばかりを観る傾向性から

優秀な人ほどハウツーの部分や 成果ばかりを考え

見えにくい本質の所を見ないせいで経済を停滞させ

資本主義を堕落したモノへと変質させてきた

 

そのせいで、これからしっぺ返しを受けることになるのだろう

 

「与える愛」と「奪う愛」
幸福の科学の「愛」の教えは
この経済の流れにも関連し奥深いモノを学ばせてくれます

未だ、偉そうなことを言える心境ではありませんが
「仕事と愛」
https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=754
という書籍が有ったと思うけれど
今一度読み返すべきだと思う

 

 

 

 

自と他と全体

これは、弁証法で言われている

正と反と合の視点とおそらく一緒なのでしょう

 

この視点をフラクタルの森では

右目と左目と第3の目に翻訳し

左脳的な考え方と

右脳的な考え方と

連携させて、そのクロスさせた所で考える事としています

 

この3点測量的な見方で客観的考察が可能です

図にすれば次のようになります

画像の説明

物事は、このように客観的に観ようと努力することと

もう一つ、論理的に観ようと努力する必要が有ります

 

次の図では、論理的考察が可能です

 

5w2h

 

そして、この図の一番下の世界観の所が、その人の人生観にも大きな影響を与え

人生や社会や国家の進み方にも関わってきます

この世界観(宗教観)に間違いが有れば、

全てに影響し愚かとしか言いようのない時代が生まれてきます

 

この認識を客観的に観る為に

最初の図の客観的に観る事をする必要が有りますが

この一番重要ともいえるところをスルーして自分の考えに固執してい人たちが居ます

唯物論、無神論の人たちです

 

自と他と全体の視点で客観的に考えて真理を探す必要が有るでしょう

具体的に、あなたの認識は、どこに有りますか?

という問いかけです

 

画像の説明
この図の左端の見方は、唯物論であり
共産主義、社会主義、リベラル傾向の強い人達の心の背景に在る世界観です


この人達の傾向として
左脳的に優秀な方が多く優しいモノの見方をされるのですが
ただ、世界の認識の仕方が唯物論、無神論であるために

客観的な思考が制限され
その個人の見方が中心となり、自分の中の正しさが簡単に一人歩きをします

 

私は、その反対側に位置していて
どう考えてもこちらの世界観の方が正しいと思っているのですが
ただ、そうであっても
神なる存在が在るとしても
その自分の考えがどこに在るかというと別問題があるようです


そもそも、神なる存在をどのように観るのかという所です

人間は神の子であり
神と同じような性質を持っていても
方向を間違えると堕天使と言われるように悪魔のようにもなります

無宗教は論外であり動物性から抜け出せない人達ですが
宗教であっても悪魔崇拝的なモノが有ります

バール信仰とも言われるご利益信仰です


邪悪な宗教があるという事は、何かが間違っているのです

神仏の存在を信じていても

その存在をどう観るかによって違ってきます

 

神を観るときにも、どうしても、自分を中心として観てしまう部分が有ります

そこにとどまったままで物事を観ていると神の願い、神の思いと違ったものになる可能性が有ります
その人の心がどこに在るかで世界は違ったモノになるようです

その心の置き所に3点有ります
個人(自分の中)と他者(社会の中)と神の視点です


信仰が有るという人でも
この3点を移動しながら物事を考えているようです

もちろん、無神論の人達は神の視点で考えることは出来ないでしょうが
信仰を持っている人でも自分の都合で神仏を観る傾向が有ります
神仏を自分を守り自分たちに奉仕すべきものと考えてしまうようです

 

御利益が有れば信じるが
御利益を与えてくれなければ信じないと言うように
聖書の中のヨブ記のようになります

この課題は、いつも付きまとい

正しい宗教が次第に堕落して

神とは反対のモノになっていく宿命みたいなものが有るのでしょう


難しい問題でしょうが、これを繰り返し克服すことで
本当の意味での神性、仏性が表面に浮かび上がってくるのかもしれません

 

この宇宙には、天国地獄を含んで、
その比重の違いで表宇宙と裏宇宙とが有るようです

究極の神が願われている世界は、悪魔信仰の世界ではない
凄ければ、強ければ良いというようなものでは無くて
その背景に素晴らしさが不可欠なようです


心の底から神性が喜ぶような感動が不可欠なのでしょう

創造の自由は全てに与えられていて
プラススパイラルを起こす表宇宙を願い造られた世界なのでしょう


その責任は、それぞれに取るしかない

陶芸の世界でも
土を素材に好きなモノが作れます
その作品に責任を持つのは当然の事

 

どちらにせよ
繰り返し
自と他と全体の視点で客観視して

論理的に考えながら正しさを求めて行かなければなりません

 

これは、横軸の力と縦軸のクロスした思考で考えるという事です

額に有ると言われる第三の目で見ながら

論理的に世界を観て、社会を観て、人生を観て行かなければ

 

本当の意味での魂の成長は無いのでしょう

経済も悪循環を起こし、不幸の中に落ち込むことになるのかもしれません