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発達障害と知らずに大人になったgenloのブログ

発達障害とは知らずうつ病と闘いもう7年。
なんとなく抗うつ剤とサヨナラしたアスペの独り言です。

そのすっとぼけメールに返信してから、私はリアクションするのをやめた。

だが、生活する上で最低限のメールのやりとりは必要な訳で‥

3月はなにかと出費の多い月。
小さな家族の初節句に加えて、大学に合格した姪のお祝い。

その旨をメールすると‥

「いついつまでにいくら必要なのかをあなたは相変わらず明記してきませんね。
毎日毎日お金が入る訳ではないし、生活が苦しければ協力しあうのが夫婦でしょう。」

と、まずはプチ切れメールが来た。

あー始まったな‥と思いながら返した。
初節句までに必要なお金はどんなに遅れても節句の前日までだし、進学祝いはこれまたどんなに遅くても今月いっぱい。
なのでよろしくお願いします。
税金も払えないくらい、差押えになるほど生活がキツければどうぞ転職でもなんでもして、もう少しゆとりある生活をしてはいかがでしょう。
大都会へ行き、バスに乗れば今よりも確実にいい生活ができる事も考えてみてください。

相方が今の会社にこだわる理由は知っている。
現社長(御歳80過ぎ)に自分が死んだら会社を継いで欲しいと言われたからだ。
それを間に受けて、資格試験を受けるためのセミナーまで通っているらしい。

その話をメールしてきたのは今年に入って間もなくのこと。

十数人を抱えるバス会社の社長?
今まで転職してきた数は十数社。
その度に社会保険から国民保険に変わり、税金溜め込む事になり、昔付き合っていた彼女の親に言われ都会育ちは信用が出来ないとこの土地に住む証拠が欲しいと言われ、土地を買い、都会にいた両親を呼んでまで建てた家は借金を返せなくなり売る羽目に。
その土地は何故か義母の名義で、亡くなってからその土地代をほとんど払っていない事が発覚、その間にサラリーマンを辞め自分で会社を立ち上げるも当然失敗。
さらに私と出会い、これらの事はおくびにも出さず、二階を改築し請求書が来てから返せないと言い出し、私の親からも上乗せ借金。
それまでに、私の車を売り、貯金も差し出し、貴金属も売って生活費に充ててきた。
その家を競売にかけられそうになり、ようやく手放す事になるのだが、今度は私達の住む家がなくなる。
結局、この時まで私は改築までした家の借金を知らずにいた。
今住んでる家の大家は私の親。
自分の甘さと人を見る目の無さにはほとほと嫌気がさすが‥
この辺は前にも書いたっけ。。
なので、それから借金抱えて今でもその借金を返すべく生活を強いられているのだ。

ザザッと書いたが、こんなにお金にだらしのない人間が社長になってくれと言われ、それを間に受け「はい、やります」と言ってしまう辺りやはりどうかしている。

しっかり大人になってほしいとメールに追記したのが彼の逆ギレ爆弾に火をつけた。(らしい)

「俺と一緒にいるメリットはなんだ?
理由ではなくメリットはなんだ?」
「長いメールが大嫌いなので一行で送れ」
と1番最後に書いてあったので、それまでのグチグチメールには一切触れず、
「何も言わないあなたに話す事は一切ありません」
とだけご希望通り一行だけで送った。

この時点でもう相方からのメールを読むのがイヤで音は消してあった。

と、ここで逆ギレ爆弾が爆発!
翌朝7時に33件ものメールが届いた。
イタズラかと思いつつ開けてみると

短い一言ずつのメールが33回に分けて送られてきていた。

「俺に大人になれなんて、一流企業のヒラ社員が社長に向かって言っているのと同じだ。」

こんな調子で送られてきたのだがようは、私に向かっての恨み辛み。

明日明後日中に決着をつけるだの、今年の雪降るまでに全てを終わらせるだの、家には愛犬がいるから帰りたいだの、その家から俺は出ていかないといけないだの、私は不治の病で相方嫌悪症候群を発症しているだの、
まぁいいわ、どうでもいいわと書きながら自分の気持ちは今後も送り続けるだの、まぁー内容は支離滅裂もいいところ。
あっ、余命10年とかも書いてあったな。

この手のキレ方をする時は、なにかバツの悪い事か隠し事がありそこに私が気づいて追い詰めた時と自分に振り向いてほしい時。
今までもずっとそうだった。
今までは、口喧嘩から始まりこの手の事を口に出し、最後には荒っぽい事を言うかするかしてうつ病だった私をとことん追い詰めて、私の手が震え出すと途端にそばに来て、ゴメンなさいと優しくする。これ定番。
今回は面と向かってそれが出来ないゆえの33件メールだったのだろう。

私は今更相方と同じ熱量で言い争う事は出来ないし、したくない。
相方嫌悪症候群にしたのは誰でもない、DVとストーカー気質の持ち主の相方だ。

余命10年なんて、人を不治の病だなんてそんな事をよくも軽々しく口に出せたもんだ。
本当にそうなら、体がいつどうなるか分からない人間に会社を任せるなんて言う社長がいるものか!

と、数時間経ってから冷静になり私はそこへ行き着いた。

その数時間は、あまりの腹立たしさに抗うつ剤と抗不安薬を飲み、息が吸えない、立つ事も出来ない苦しさに耐えながら過呼吸にならないようにしていたのだが‥

数日経った今は、周りに支えられここに書くことが出来るくらいにまでなったがその数日は苦しかった。。。

もう離婚した方がいいと周りにも言われた。
私も1日も早くそうしたい。
だが、親に借りたローンが終わるまではどんなに苦しくても彼に全額払わせると決めているのだ。

もし、万が一相方が本当の病気で働けなくなったらその時は私が働いて親に返していこうと思っている。

ここにこれを書くのを迷ったのだが、自分の中の決意表明と、ここに書くことでまた1つ冷静になれると思ったので書いてみた。

壊れたフリをしているアラ還の相方よ。
人間が本当に壊れるというのは、もっともっと凄まじいものである事だけは間違いない。
そして、自分の事をよくみてほしい。
私もそうあるべく努力はするので、不毛な争いはもうやめよう。
どうかこの願いが届きますように。。