あるがままで生きるとは。 | このままじゃ嫌だ!自分の可能性を信じたい人のための、可能性を現実のものとするブログ

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『このままじゃ嫌だ!』これは夢も希望も見えない中にいた昔の僕の叫びです。あの時に思っていたのは、このまま普通に人生が終わっていくことへの恐怖でした。
このブログは、自分自身の人生を後悔なく使い切りたい人が、自由と幸せと豊かさを手に入れるためのブログです。

昨年流行りました。

『あるがままで生きる。』

というフレーズ。



あるがままで生きるというのは、


『なんでもかんでもそのままやって生きる』


という話ではないと解釈している。



もちろんこれはあくまで僕の観点でしかないので


このことに<正解・不正解>、<正しい・間違ってる>を付けるつもりもない。




在るがままを生きるというのは、



在るがままの自分を認め、許し、受け入れた上で判断し、


自分が本来望んでいる結果に対しての選択をする



という生き方だと思っている。




例えば、


誰かを殺したくなった。


あるがまま(衝動のまま)に生きているならば


そのまま殺してしまうことになる。


そうではない。




殺したくて仕方がないぐらいの自分をまず一旦認め、


そう感じていることを許し、受け入れる。




その上で、


本当に殺すことがしたいのか?


しっかりと見極めて、


本当はどう感じているのか?


何がそこまでにさせたのか?


何に自分は反応しているのか?


を掴んだ上で、


本当に自分が欲しかったものを手に入れる結果のために


選択をする
んだ。





極端な例かもしれないが、


コレが本当の人間らしい生き方だと思っています。





やりたいからやる。


やりたくないからやらない。




ある意味でそうなんだけど、


『あるがまま』の取り扱い方を一歩間違えると、動物レベルの生き方とそう変わらない。




人間には、いろんな軸が存在する。


目の前においしそうなご飯がある。
『食べたい』が沸いてきたとする。

でももしかしたらこんな軸が存在するかもしれない。


・おいしいものが食べたい自分、
・ダイエットしたい自分、
・もてたい自分に、
・ステキな服が着たい自分、
・お金が欲しい自分に、
・無駄遣いしたくない自分、


軽く書いてもコレぐらいはすぐに出る。
(この中に本当はどうしたいのか?が入っていればラッキー)


もっとしっかり見ていくとどんどん出てくるでしょう。



そうなると、どの軸の自分の軸を優先させるのか?



それによって


当たり前だけど、人生は激変する。





ちなみにこんなこと書くと、


「なんでも我慢しないといけないのか?」


とかって質問が来たりするんですが、そうじゃなく、


どこにも


「我慢しましょう!」


なんて書いてなくて、


本当の自分の望んでいる欲求の声を聴けるようになるための手順ってだけ。


いろんなノイズが混じると自分の声は聞こえなくなるからね。





まず気持ちとしてそういう気持ちがあることを認識し感じてあげた上で、


フラットな自分に戻してあげて、


本当に望んでいる結果に対して選べたらステキって話。



あるがままって言葉があなたの人生に幸福をもたらしてくれる言葉でありますように。