存在するな!

 

英語の表現にDon’t be あるいはDon’t exlist live があります。

究極の禁止令「存在するな」です。

 

ツンデレ女子の中では、禁止令がうごめいています。

 

 

さらにエスカレートすると、死にたいと思ったり、どこかへ消えてしまいたいと感じたり、引きこもり症状を示す裏には、この禁止令が存在しています。

 

最近、起こる、高齢者の事故にも言えます。

偶然のように見えますが、人生脚本の総仕上(ゴール)です。

 

人は、どのようにしてネガティブな人生脚本のゴールに疾走するのか?

 

その謎を解明します。

 

 

禁止令のメカニズム

 

ほとんどの禁止令は主に、子どもながらに下した苦渋の決断と言っていいでしょう。

 

もっと悪い状況にならないように下した判断ですね。

 

禁止令は1.5歳までの赤ちゃんのころにほとんど身につけると言われています。

 

基本的な構えが出来上がってしまうといったほうが正しいのでしょう。

 

 

禁止令の受けとめ方を構成しているのは、次の3つですが、

 

『①子どもの気質+②養育者からの刺激+③子ども自身の決断=④禁止令の受けとめ方(人間関係の仕方)』になります。

 

この構成の上に新しい情報が5歳まで続き、「パーソリティ(人格)」を形成しています。

 

赤ちゃんはスキンシップで、「自分を何者か」をマスターしている

禁止れに泣かないで

Photo by Aliyah Jamous on Unsplash

 

赤ちゃんは、お母さんが愛情を持って接してくれないのを、スキンシップで身につけています。

 

スキンシップで覚えた人間関係の仕方で、学校教育などの後天的な知識、知恵を学んでいきます。

潜在意識の上に顕在意識がのっかかる状態です。

 

おもしろいことに、坐禅では、説法を「皮膚で聞け」といいます。


迫力がありますね。自分の心を生かすか、殺すかの戦争です。

 

三つの心、五つの心、私の心

 

 

人には、三つの心があります。

 

厳密には5つになります。

 

  1. Parent(親的な自我状態)
  2. Adult(大人的な自我状態)
  3. Child(子ども的な自我状態)
 

注目

  1. 厳密な親の心
  2. 保護的な母の心
  3. 大人の心
  4. 従順な子どもの心
  5. 無邪気な子どもの心

 

 

見せかけのやる気が充満した会社は、従順な子どもの集合体だった

潜在意識と健在意識の割合

 

楽しくない会社には、見せかけのやる気が満ちています。

楽しくない会社になってしまう理由は、いろいろありますが、大きな原因のひとつに従順な子どもの心が突出した人が集まっていることです。

このような人がいる会社は大半がワンマン社長の会社です。

 

社長でなかったらつきあいたくない人です。

 

 

 

組織(会社)の風土を決定づけているのは、組織に従属する人の心が、バランス良く集まってい補完しあっているのは稀で、ほとんどの場合、偏っています。

 

従順な子どもの心が突出した人ばかりが集まっている会社では、「チャレンジ精神」が見られず、指示で動く人が主体でした、

 

指示で動くというと、聞こえがいいかも知れませんが、「見せかけのやる気」が支配的な空気でした。

ブッダが戦った禁止令から解放

深層心理

 

人には禁止令が働いています。

お釈迦様が発見された潜在意識にある「阿頼耶識」です。

 

幼児~5歳まで、思い込んでしまうので、「自分の考え」としてもっているのではなく、感覚として身につけてしまっています。

 

お釈迦様は、これを「八識」と表現されました。

 

現代社会で「五感」というものが、「八識」の5つで、自覚できるものです。

つまり顕在意識にあります。五感に意識を加えたものが、顕在意識です。

 

残る2つが、潜在意識にある末那識(まなしき) 阿頼耶識(あらやしき)です。

禁止令は、記憶はここにありますが、潜在意識になので、意識できません。

 

阿頼耶識(あらやしき)は根本心ともいわれています。

 

人間が自分の思うように生きていけない原因になっています。

 

アクセルとブレーキを同時に踏み込んだら、事故になりますね、

そうさせているのは、末那識(まなしき) 阿頼耶識(あらやしき)です。

 

ここに養育者の三つの心から発信された「禁止令」に対して子どもが受け取った判断(思い込み)が潜んでいます。

養育者の言葉をどう受け取るか、子どもの資質が深く関わってきます。

 

 

まとめ

全宇宙の構造

 

人が人生の終盤で見せるクライマックス。

 

そこに人それぞれの人生の目的があります。

 

「存在するな」は人生初期に受け取ってメッセージですが、それを一生かけて実現するのが、人生の目的だったと終盤になって知るのです。

 

終盤に見せるクライマックスは禁止令と点と線でつながっています。

 

私たちの暮らす世界は「原因=結果」で結ばれています。いわゆる因果です。

 

因果は自分の内だけで完結しているのではなく、他者ともつながっています。

 

その意味とプロセスを早期に知って正す、

 

つまり素敵なクライマックスに変更するのが、与えられた大きな役割です。

 

 

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Photo by Itai Shlemberg on Unsplash

 

 

禁止令をかける母親

 

自分の欲求が叶う瞬間を迎えたときに「なぜか、幸せを自ら崩壊させてしまうのか」。「肝心なときに失敗してしまう」不思議に感じたことはありませんか?

 

これは親(保護者)からの「禁止令」が働いているからです。

 

ここでは禁止令に束縛されて思うようにアサーティブになれず、自分の人生が生きられない状態から解放します。

 

 

 

この記事は次の方にオススメです

 

この記事は、以下の方におすすめです。

 

何度も同じような場面で失敗してしまう

いつも自分の願望が叶わない

アサーティブになりたいのになれない人

このような苦しみ、悩みから、あなたを解放します。

 

 

 

どのようにして禁止令が入り込み、働き、影響を与えているのか?

どうすれば、禁止令から解放されるのか。人生100年時代と豊かに生きる支えになれば幸いです。

 

 

禁止令は子どもを弱くする

 

 

子どもにとって重要なのは保護と愛情ですね。

しっかり愛着を体験し、絆を持つことができた子どもは大人になったとき、自律した行動がとれるので、リーダーシップを発揮して自立できます。

 

 

 

Photo by Caleb Woods on Unsplash

 

親と子の「愛着の絆」が子どもを強くします。

 

一方、全く逆の環境で育った子どももいます。

 

自分の欲求が叶う瞬間を迎えたときに「なぜか、幸せを自ら崩壊させてしまうのか」。

 

「肝心なときに失敗してしまう」不思議に感じたことはありませんか?

 

 

これは無意識に「禁止令」が働いていて、自分の欲求を封じ込めてしまうからです。

 

いつ禁止令を取り込むのか。

 

赤ちゃんを不安にさせない。

 

Photo by Alyssa Stevenson on Unsplash

 

子どもは重要な決断を1歳半までにしてしまうと言われます。

 

その後も敏感にいろんな情報を受け取りながら3~5歳までに人間関係に対する構えをしてしまいます。

 

これらは、ほとんど潜在意識に送り込まれ、意識することはありません。

 

その後幼稚園~小学校で「社会体験」をしますが、このときに自分の考えの基礎になっているのが、潜在意識にある5歳までの情報です。

 

子どもは親の保護がないと生きていけません。生きるために自分の欲求を抑え込んでしまいます。

 

親にしてみたら、言うことを聞かないように見えても、実際には親の言うことを聞いています。

 

いかに幼児教育が重要か。特に愛着を体験し、愛着の絆を持つことの重要性が解りますね。

 

 

 

禁止令、14の事例

 

1.親しくしてはいけない

 

 

 

2.「存在するな」

 

お前は邪魔な存在だ。生きていてはいけない。おまえのせいで苦労する(貧乏になった)。

 

 

 

3.「女(男)であるな(性的同一性の否定)」

 

お前が女(男)であることに落胆した。

女(男)らしく感じたり、振舞ったりすることを禁止する。

 

 

 

 

4.「楽しむな」

 

人は苦しみ、働くために生れたのだ。遊んだり、楽しむことをしてはいけない。

 

 

5.「成長するな」「親から自立してはいけない」

 

おまえは私の可愛い子だから、大人になってはいけない。私から離れて成長してはいけない。

 

 

6.「何もするな」「成功するな」

 

お前は何もできない子だ。何事も完成してはいけない。成功を禁止する。

 

 

 

7.「重要な人になってはいけない」

 

お前には何の取柄もない。自分が大事な人間と思ってはいけない。

「感じるな」「感情を表に出してはいけない」

世の中は危険で一杯だ、あれをするな、これもするな、。一人で行動してはいけない。

 

 

 

8.「所属してはいけない」「仲間入りをしてはいけない」「孤独でいろ」

 

私たちは例外だ。みんなの仲間入りをするな。

 

 

 

9.「愛し合ってはいけない」

 

愛情なんて気まぐれで信じるものでない。

人を本気で愛したり、信じたりしてはいけない。

 

 

 

 

10.「健康であってはいけない」

 

あなたは弱い子。ふつうでないのだから、外の人と違うのだから、健康でいてはいけない。

 

 

 

 

11.「考えるな」

 

それは秘密にしておくことだ。それ以上、探索したり、考えたりしてはならない。

 

 

 

 

12.「知ってはいけない」

 

子どものお前に何がわからないことだ。余計なことを考えてはいけません。

 

 

 

 

13.「子どもであるな」

 

泣く、怒る、笑う、痛がる。子どもは嫌いだ。自然な感情を抱いたり、表わしてはいけない。

 

 

 

14.「近寄るな」「じっとしてろ」

 

「忙しいから後にして」「静かにしろ」、静かにしていると「いい子だね」と言われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

以上、禁止令の事例をピックアップしました。

 

 

あなたの思うようにいかない原因と思うことはあったでしょうか。

 

禁止令に束縛されていきるとは、この画像のような状態で生きることです。

 

 

注目してくださいね!

 

Photo by Guillaume M. on Unsplash

 

まとめ

 

 

この記事はお役に立てましたか

 

何度も同じような場面で失敗してしまう

いつも自分の願望が叶わない

アサーティブになりたいのになれない人

 

 

このような苦しみ、悩みから、あなたを解放のお役に立てたでしょうか?

 

禁止令から解放する・・・この目的を達成するために、まだまだ続きます。

 

禁止令がかかっていると、独特の思考回路を使って、似たような結果にたどり着こうとします。

自分でも歯止めが効かないのです。

 

 

理屈ではヘンだとわかりますが、その最中にいると気がつきません。

 

後でなんで、あんなことをしたのか、言ったのかと思いますが、後の祭りになってしまいます。

 

必ずあなたを解放するので、最後までおつきあいください。

 

 

 

 

 

 


足踏みしてる言い訳ばかりをかき集め続けてもどこにも進めはしない

昨日を繰り返しているだけではどこにたどりつけない

ケミストリーの「アシタヘカエル」はこんな歌でしたね。

足踏みだけならまだしも

足踏みが自己破壊とセットになっていることがあります。

なぜか人に不快感を与える。

無意識、止められない。

絶望と希望が交錯している。

「見捨てるでしょう?」「こんな私を見捨てないで」

その問いかけの裏には自己破壊が働いている

その裏表はまだまだ表層。

その奥に、禁止令に支配されている痛々しい姿がある

役立たず、男(女)だったらいいのに、愛されるはずがない

ひどいメッセージを受けたら心が壊れてしまいます。

禁止令に愛はない。昨日を繰り返せ、おまえは心の壊れた檻の囚人。

壊れた心で生きる。その懸命を愛する。

自己破壊とは理不尽な禁止令に跪くことだから許せない。

ディズニープリンセスもスターウォーズも、その懸命と愛のハーモニー

ヒーローはアサーティブ(誠実、率直、対等、自己責任の4本柱で自己主張)


ツンデレでもツンツンでも

 

元をたどれば、親の言う通りにしていたら、「いい子」と言われ、

言う通りにしないと、「悪い子」と言われ、

 

仕方ないから、「いい子」を続けていた。

 

子どもは無力だし、親が好きだからね。

 

長い間、ずっと我慢してきたんだ。

 

大人になって恋をして、

愛されても、

「いい子」にしてたら、愛されるということなら、

また、この先、ずっと我慢するのなら

支配されるなら、もう耐えられない。

 

そんな思いがとんがらせる。

 

とんがったら、痛いだろうね。

その痛みに耐えてくれるのが、分かち合うということなんだ。

 

わかってる。間違ってるって解ってる。

 

でも私には、私には、愛されるって、そういうことなんだ。

支配のない世界に連れて行って。

 

メリークリスマス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思っていることが言えないというのは、

どうでもいいことはいくらでも話せるけど、

大事なこと、つまり自分が心から希求することが言えないということです。


ツンデレさんは、そういうことなのです。

しかし、どうでもいいことはなんでも話せるということは、

考えなしに人を傷つけることが少なくないものです。


つまり自分のことしか考えていないと受け取られがちなのです。

だから安心していない人には、合わせてしまうのが手取り早い。

言葉に重みがなくなっていくので、信用されなくなります。



本当は誠実なのに、どうして、そんな風になってしまうのでしょうか?



意見を言ったために自分が否定されることは、あってはいけないことです。

特に良識ある世界ではあってはいけないことです。


もしそういう体験をしてきたなら、共感できないひとたちの間にいたからです。

それがいまも続いているとは限りません。

しかし、その記憶が強いとか習性になってしまっている。

その理不尽が今も続いているかも知れません。


親との関係で傷ついていませんか?

抑圧してきませんでしたか?


もう、しなくて良いんですよ。