禁止令にひざまずかないで

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足踏みしてる言い訳ばかりをかき集め続けてもどこにも進めはしない

昨日を繰り返しているだけではどこにたどりつけない

ケミストリーの「アシタヘカエル」はこんな歌でしたね。

足踏みだけならまだしも

足踏みが自己破壊とセットになっていることがあります。

なぜか人に不快感を与える。

無意識、止められない。

絶望と希望が交錯している。

「見捨てるでしょう?」「こんな私を見捨てないで」

その問いかけの裏には自己破壊が働いている

その裏表はまだまだ表層。

その奥に、禁止令に支配されている痛々しい姿がある

役立たず、男(女)だったらいいのに、愛されるはずがない

ひどいメッセージを受けたら心が壊れてしまいます。

禁止令に愛はない。昨日を繰り返せ、おまえは心の壊れた檻の囚人。

壊れた心で生きる。その懸命を愛する。

自己破壊とは理不尽な禁止令に跪くことだから許せない。

ディズニープリンセスもスターウォーズも、その懸命と愛のハーモニー

ヒーローはアサーティブ(誠実、率直、対等、自己責任の4本柱で自己主張)


ツンデレでもツンツンでも

 

元をたどれば、親の言う通りにしていたら、「いい子」と言われ、

言う通りにしないと、「悪い子」と言われ、

 

仕方ないから、「いい子」を続けていた。

 

子どもは無力だし、親が好きだからね。

 

長い間、ずっと我慢してきたんだ。

 

大人になって恋をして、

愛されても、

「いい子」にしてたら、愛されるということなら、

また、この先、ずっと我慢するのなら

支配されるなら、もう耐えられない。

 

そんな思いがとんがらせる。

 

とんがったら、痛いだろうね。

その痛みに耐えてくれるのが、分かち合うということなんだ。

 

わかってる。間違ってるって解ってる。

 

でも私には、私には、愛されるって、そういうことなんだ。

支配のない世界に連れて行って。

 

メリークリスマス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分のままで

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思っていることが言えないというのは、

どうでもいいことはいくらでも話せるけど、

大事なこと、つまり自分が心から希求することが言えないということです。


ツンデレさんは、そういうことなのです。

しかし、どうでもいいことはなんでも話せるということは、

考えなしに人を傷つけることが少なくないものです。


つまり自分のことしか考えていないと受け取られがちなのです。

だから安心していない人には、合わせてしまうのが手取り早い。

言葉に重みがなくなっていくので、信用されなくなります。



本当は誠実なのに、どうして、そんな風になってしまうのでしょうか?



意見を言ったために自分が否定されることは、あってはいけないことです。

特に良識ある世界ではあってはいけないことです。


もしそういう体験をしてきたなら、共感できないひとたちの間にいたからです。

それがいまも続いているとは限りません。

しかし、その記憶が強いとか習性になってしまっている。

その理不尽が今も続いているかも知れません。


親との関係で傷ついていませんか?

抑圧してきませんでしたか?


もう、しなくて良いんですよ。



自分のままで

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思っていることが言えないというのは、

どうでもいいことはいくらでも話せるけど、

大事なこと、つまり自分が心から希求することが言えないということです。


ツンデレさんは、そういうことなのです。

しかし、どうでもいいことはなんでも話せるということは、

考えなしに人を傷つけることが少なくないものです。


つまり自分のことしか考えていないと受け取られがちなのです。

だから安心していない人には、合わせてしまうのが手取り早い。

言葉に重みがなくなっていくので、信用されなくなります。



本当は誠実なのに、どうして、そんな風になってしまうのでしょうか?



意見を言ったために自分が否定されることは、良識ある世界ではあってはいけないことです。


もしそういう体験をしてきたなら、共感できないひとたちの間にいたからで、それがいまも続いているとは限りません。しかし、その記憶が強いとか習性になってしまっているとしたら、その理不尽が今も続いているかも知れません。


親との関係で傷ついていませんか?

抑圧してきませんでしたか?


もう、しなくて良いんですよ。



自分に正直な思いの伝え方

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アサーティブとは積極的自己表現。


「いい子」と言われる痛みを手にしている人には苦手かも。


周囲を気遣うはじまりは、負のスパイラルに進化し自信を奪います。

自信のなさは、自ら人を遠ざけ、孤独感が高まります。

孤独感は「自分が受け入れられないこと」を恐れます。

恐れは、さらに「相手がどう感じるか」の優先が強化されます。


受け入られたいので、「偽物の自分を作る」のが上手になり、

言葉も、態度も、自分からは遠くなります。

ビジネスのように、うまくやります。



それを払拭するヒントは、あなたの昔。

小さなこどもの頃にあります。

小さいこどもは、「あたしはフジオちゃんが大好き」とか、「さびしくなるよ、もっと一緒にいたい」とか、「いやだ、そんなに怒ったら。ゆうこ、悲しくなるよ。」というように感情を“自然なこどもの心”から素直に表現します。


でも大人になるにつれ、素直に言わなくなってしまいます。

なぜでしょうか?

言わないことが成長だとでも考えているのでしょうか?

事実、そんなバカみたいなこと言えるか。という人も多いでしょう。



でも、そんなことはありません。

感情を表現するのは恥ずかしいことではありません。

感情はどんどん表現してもいいのです。


感情の表現をすれば、なにが起こるのか。

感情を言葉にすることで、話している人から、固有の“その人””人間くささ”が浮かんで見えます。

さらにボディ・ランゲージをすると、話している人から飛び出した固有の“その人”が相手に近づいていきます。


自然体のボディランゲージ

コミュニケーション全体の80%はボディ・ランゲージが占めるといいます。

言葉にしても通じない切実さがコミュニケーションの普通ですから、思いは言葉に積極的に変換しないとますます追いつきません。



勇気の用意をしても、ためらいと遠慮のせいで欠けた言葉の代わりに、複雑化した表情、仕草が補足してしまうと火に油を注ぐような混乱を示すので、相手は仮想を決め込んで断定する荒技を用いるようになります。仕草や動作は言葉と一体化していないと誤解を与えますが、作った自分は演技するタレントのように、うまくやってのける。


でも真実の場面には、ちぐはぐになります。


そんなあなたが知っておくことは・・・・

● 主語「わたしは」を使う

● 意見や価値観を伝えることで違いを知る。

● 違いを知った上で、共感できないか探る。

● 共感できるようになる、つまり互いの意見や価値観を尊重する

● 尊重したときに、合意する場合もあるし、しない場合もある

● 合意できない点について、互いに自分の意見を伝えあう

● 目的を共有する場合は、違いがあっても最善を求めていく自信がない、つまり自己受容ができていないと、意見を否定されたら、自分が否定されたと思いがちです。


自分以外の者を通して自分の思いを伝えようとするやり方には、無理があるので関係はこじれます。


なぜ、自分以外の者を通して自分の思いを伝えようとするのでしょう。


あなたが感情を隠し続けた結果、もうこれ以上は隠せなくなった感情がするのです。