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はじめてノートに漫画を描いたのは
キン肉マン王位争奪を真似た漫画だった。
小学低学年か?
何の前触れもなく、王位争奪戦が
はじまるという子供ならではの薄い漫画。
残っていれば読み返したいもの。
ゼブラ戦の連載時の
ゆでたまご先生休載の際は
真似て、足にトゲが刺さったと
休載案内などまで書いた。
その後は聖闘士星矢のクロスを
オリジナルで考えたりし、
最終的にはドラゴンボール風な漫画を
本格的にペンやインクを揃え、
描き始めた。
今思うのは、どれもオリジナルでない。
どれも真似やオマージュに過ぎないという事。
オリジナルを生み出す才能はない。
それに当時気付くべきであった。
漫画は結局、高校3年までは描いていたが
まともに描けたものは一つとしてないと
今では自分でも分かる。
漫画家は夢ではあったが努力は足りなかった。
あくまで夢であり目標や目的にまで
昇華する程の熱い気持ちはなかったんだろう。
今もある中途半端な自分そのものだ。
先日、もともと住んでいた街に
行く用事があって行ったのだが…
小学時代に遊んでいた公園の
メイン遊具がなくなっていた。
巨大な二段構えの滑り台に
トンネルなどが組み合わさった
大きな山型の遊具だった。
老朽化だろうか?
かれこれ30年も前にはあったものだから
当然と言えば当然かもしれないな。
市が狭かった事もあり、
近所にはこのS田公園と、K栄公園、
そして正式名称不明のタコ公園と
徒歩圏内にこれだけの公園があった。
タコ公園は学区外という事で
あまり馴染みはないが、
今もタコ遊具は残っているのだろうか?
街は少しずつその姿を変えていく。
中学二年、林間学校があった。
その林間学校のハイライトに登山があり、
僕ももちろん参加を申しでた。
しかし、僕は極度な疲労から来る発作の
持病持ちで登山を担任から拒否された。
極度な疲労と言っても部活もやり込んでおり
正直、他の生徒より体力も運動神経もある。
極度な疲労から発作というのも
小学低学年にあっただけのものだ。
もちろん、100%発作が起きない保証はない。
だからこそ担任にも拒否されたのだろう。
何かあっては責任が取れないし、
他の生徒に迷惑がかかるという事だろう。
しかし、林間学校のハイライトの登山に
参加出来なかった屈辱は今も消えない。
登山から帰ってくる友人達を見た時の
形容し難い淋しさは今でもしこりになっている。
そのせいか、林間学校の思い出はほぼない。
一生に一度、しかも引っ越しが決まっていた
自分には最後の思い出だったものを…。
はじめはその担任とウマがあったが、
一学期を最後に引っ越しが決まり、
引っ越しの準備で部活を休んでいたら
その担任の態度は一変していった。
母親は離婚し、僕は長男だ。
引っ越しを手伝わない訳にはいかない。
しかしそれを認めてはくれなかった。
ともあれ、最終的には日記に
あなたが担任になり、中学2年の一学期、
この学校での最後の思い出は
最悪な物となったと書いて提出してやった。
いろいろ学校生活を思い返して行くと
担任にはめぐまれなかったと今は思う。

幼少期から絵が好きだった自分は
小学校の高学年辺りから本気で漫画家に
なりたいと考えて出していた。
中学に上がってはじめて出来た友人が
愛蔵版の「まんが道」を持っていた。
漫画家を目指していた当時の僕にとっては
もうバイブルとしかいいようがない一冊。
最初は借りていたが、すぐに同じ物を購入した。
漫画家を目指す大変さ、現実、
いろいろな事をこのマンガに教えられた。
そして近場に同じ漫画家を目指す様な
友人がいない事に寂しさと落胆も覚えた…。
当時の僕の画力では漫画家なんぞ夢のまた夢。
それでも中学時代は必死でマンガを描いては
憧れのジャンプに投稿を続けていたっけな。
集英社に電話をした事、
町田さんという編集さんが担当になった事、
ただし、レスポンスすら一度ももらえなかった事、
どれも今では懐かしい思い出だ。
今日は僕のビックリマン再熱のキッカケを
下さった自作シール作家さんの
くちゆうびん氏の妖怪シールシリーズを紹介。
ビックリマン、ゲゲゲの鬼太郎や悪魔くんと
80年代のエッセンスを汲みつつも
見事に21世紀の作品として描いている。
そして、このシリーズだけではないが
同人や一部のコレクター、マニアだけに
ウケるような作品を作らない。
くちゆうびん氏の凄さと人気の秘訣は
この2点にあると僕は考えている。
48mmスクエアのシールは
当時を知る者には懐かしさをくれるが、
それが単純に懐古な気持ちだけの物ならば
多くの他の自作シール作家と変わらない。
くちゆうびん氏はそこが違うのだ。
また一見ポツンと付いているだけの瞳が
まるで動いているかの様に生き生きしている。
もともと絵描きさんではないとの事だが、
ただ絵が上手いだけの作家では
この生き生きとした表情は描けない。
自作シールに興味を持ってから
いろいろな作家の自作シールを見てきたが、
大半が目が死んでいるか表情がない。
そして懐古一辺倒な作品ばかりだ。
くちゆうびん氏はビックリマンの今後を憂い、
今の若者達にビックリマンの魅力を
少しでも伝えようと活動しているとの事。
もし、僕のこのブログを読んで
ビックリマンや、自作シールに少しでも
興味を持ってくれた方がいれば
是非くちゆうびん氏の自作シールを
一度手に取ってみて欲しい。
くちゆうびん氏のblog
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