サンダースネイクに初めて来たのは
高校2年の頃に来て、かれこれ9年。
初めてのイベントは自分の通っていた高校と近くの高校とのVSイベント。
中学の頃からやりたいなーって思ってて暖めてたイベント。
高校入って軽音部入って、海老名高校に通う友達に軽音部のやつと繋げてもらったイベント。
それ以来、なんか知らんけど定期的にイベントをやるようになって同時にバンドもやって、、
当時の厚木にはみんながビックリするくらい高校生バンドは居なくて、今思えば自分で遊び場作るためにイベントやってたのかもなー。
そんなこんなで、高校生イベントを続けてきた俺がずっと考えて暖めてたイベントをやろうと決意したの2011年の冬。
長島さんや、当時サンスネのブッキングだった泉さんに相談したりして、こうゆうのやりたい!っていう俺の意見を何とか形にさせてもらった。
ちなみにイベント名をどうしようかなーって悩んでた時に決め手になったのは
高校生の頃、SUM41にハマっててSUMの曲名の
Under Class Heroってからとって
UNDER GENERATION HERO
略してアンジェネだ!
って1人で騒いでたのを未だに覚えています。笑
そして遂に2012年3月。
UNDER GENERATION HERO vol.1
が開催。
自分で無料のHP作ったりしてやってたんだけど、vol.1からやる時に年間スケジュール発表したんだけど、
本当に危ないよな。
下手したら借金まみれ。
馬鹿かよって、今振り返って思います。笑
でも幸いにもバンドが出たい!ってすごい積極的に言ってきてくれて何とかイベントは進行していった。
当時はさ、イベントスタッフ俺含め3人。
俺と愛とせりか。
やばいよな、純粋に。
イベントMCを1日俺がやって、精算もやって2人に会場整備やらフードやらお願いしてた。
アンジェネが成功してくれた最初の鍵は当時付き合っていた彼女のおかげだった。
まぁスタッフの愛って奴のことなんだけど。
こいつが居なきゃ絶対に
今のアンジェネはない。
そう言い切れる。
俺がアンジェネのパパだとするなら、
愛はアンジェネのママみたいなもん。
アンジェネは
大和南高校と綾瀬高校と座間総合高校が中心で成り立っていた
なんでこの高校と繋がりが出来たかというと愛がOGだったから。
彼女が居なきゃ、大和南と出会えてなかった。
3㍍少女ともなんならmildrageのメンツとも。
そんなこんなで無事に開催した第一回目、終わった後に"ある少年"が話しかけに来てくれた。
『僕のバンドで11月の予選に出たいです!!』
ありがとうって答えたけど、絶対嘘だなって思った。笑
高校生がテンション上がって言ってるだけだなって。
でもそれでも、そいつはちゃんとバンドを説得して11月のアンジェネに出演した。
そしてそのバンド、
"Box Jack"はアンジェネの初代王者になった。
そのとある少年、
次期綾瀬高校軽音部部長 野口こうた
はアンジェネスタッフになってその先、長くアンジェネを支えてくれる存在になった。
アンジェネをやっていく上で、
とあるガールズバンドとも知り合った。
そのバンドはさ、3ピースなんだけど
アンジェネのライブの時にギターの子の弦を切ってしまったんだ。
慌てて俺が他の子にギター借りて、交換しにステージに行った時に
その子は悔しさから泣きながら
『このギターじゃなきゃ駄目なんです』
って。
その瞬間に思ったよ。
あぁ、このバンドは良いバンドだなって。
本物だなって。
そのとあるバンドは
今も続く、アンジェネ卒業イベント vol.1を作ってくれた。
あいつらが、3㍍少女が言い出してくれなきゃ存在しなかったイベント。
その後もSpicaやChupaChupsなどが続いてくれて、アンジェネにとって大事なイベントになってるよ。
ありがとう。
2年目に入って、アンジェネは
スタッフを増やすことにした。
せりかが前みたいに来れなくなって、流石に俺と愛の2人では出来ないってなって。
確か、、
俺を含め8人くらいだったかな?
2年目にしてスタッフ動員!
人気も出て、話題性も上がって
よし、順調!!と思った矢先、
2013年 5月の予選でブッキング大失敗。
全然バンド集まらなくてさ、
10万くらいの赤字出してしまって
俺のポリシーとして高校生から黒字を出すのが嫌で、特にお金とかも貯めてなかったからすげー焦った。
もうこんなの辞めたいって何度も思ったなー。。2年目は。笑
でも、結果発表の時にさ、いつもステージから見てみんなの顔がキラキラしてんのよ。
イベントやってる時に楽しそうにフロアで遊んでるの見て、あー、止めちゃ駄目だなって思ったんだよね。
だから本当に背中押されてた。
勝手に。笑
同じ年、2013年8月 アンジェネ初の2DAY
カレーをフード出すべく、作って車で鍋ごと運んだのさ。
そしたら車の中でカレーこぼして
そりゃもう悲惨でした。笑
でも、新しいスタッフも増えて俺が言い出して始まったイベントがみんなのものになっていく感じがとてつもなく不思議で幸せだった。
それと同時にその頃出てきたのが
アンジェネに対しての否定的な意見。
結局ライブじゃなくて動員じゃん
とか
元気さんのエコ贔屓がある
とか
陰口って伝わって来ちゃうんだよね。
すげー悲しかった。
俺の悪口とかじゃなくてイベントの悪口だったから。みんなに申し訳ないと1人で思ってた。
それと同時にぜってぇ負けねぇって思った。
アンジェネがネガティヴな感情に支配されてしまわないように前を向いて笑顔で居続けることを
俺が下を向いたら終わるって思ってた。
そんな時に笑顔のアンジェネスタッフ達がとてつもなく頼もしかった。
野口、みう、なめこ、愛、かいと、ほだか、りきや
懐かしいな。笑
そんなこんなで乗り越えた2年目。
そして2014年 3月
生まれたアンジェネ卒業イベント。
サラバ少女
あの景色は忘れもしない。
俺を夜中に呼びつけて賞状を一人ひとり書かせたあの情熱は忘れもしない。
2014年は毎月アンジェネやろうぜ!
って言い始めて
予選を2ヶ月に一回やって、間にスタッフイベントのアンジェネ外伝をやりました!
最高に忙しい1年だったなー。。笑
アホでした、本当。笑
でも、おかげさまで色んなバンドと出会ったりイベントの名前を着実に広めることに成功。
high jinksと出会ったのもこのあたりかな、確か。
その甲斐もあって翌年、2015年にはスタッフが20人くらいに増えてあの年はあの年で大変だったなー。笑
なんかみんなでスタジオシールのミーティングルームで話し合って色々やったのいい思い出だなー。笑
おにぎりとか作ってやったよね。
懐かしい。。笑
2015年は俺もブッキングで忙しかったりで結構スタッフ達に迷惑かけたりで本当みんなありがとうな。笑
でも、みんなで色々やったりで楽しかったね^ ^
ミリオンハンズフェス懐かしいなー!
野外フェスみんなで作ってさ
片付けの時に強風すぎて、雨と風でデカイテント吹き飛びそうになるし、みんなで本当苦労したけど、
すごい、いい思い出です。
夕闇と出会ったのはこの年だったなー。
アンジェネのやつらのイベントで、まぁまたそれは別の機会に。笑
2016年はスタッフを絞って人数減らしてやったなー。
去年か。
あっという間だったなー。
癖があるやつらだったけど、可愛いやつらでした。
なんだかんだ一人一人と濃い話をしたかなって思います。
本当最後のサプライズは馬鹿野郎って感じだったけど。笑
何より最後にちゃんと託せて良かった。
最後にあいつらの目を見て安心して任せれるって確信できました。
ありがとう。
アンジェネはさ、本当積み上げてきたものがある。
俺の人生そのものだったように思う。
大げさかな?笑
高校生達と触れ合う時、いつも気をつけてたのは俺は高校生の時期に人間の人格は決まると思ってるから
みんなが抱えてるコンプレックスとか直したいところを少しでも自分に自信が持てるようになってほしいなって思って接してた。
みんなの居場所になれるように、みんなが楽しい人生を送れるように
偉そうだけど、高校生のみんなにはそうゆうふうに接してた
少しでもみんなが俺に会って良かったって思ってくれたなら良かったって思うし
アンジェネを愛してくれたなら良かった
アンジェネを愛してくれてありがとう。
みんなに出会えてよかった。
みんながフロアで遊んでる風景を見るのがとても大好きでした。
アンジェネに関わってくれてありがとう。
アンジェネが俺が居ないところで進んでいくのはとても不思議な気分だけど、
きっとそうゆうもんなんだと思う。
だから
頼んだ。笑