1.毎日新聞

昨日の「一般質問 with 眼帯」の一部が毎日新聞に取り上げ頂いてます(http://mainichi.jp/area/hyogo/news/20120920ddlk28100319000c.html )。ありがとうございます!学校給食の放射能測定結果、セシウムは検出されなかったことについてです。
毎日新聞さんに、最近、よく載せてくれるので敬意を表して10部くらい購読するか・・・(冗談ですので、新聞屋さんは勧誘に来ないでね)



2.子育て支援室

今日の議会は、一般質問の昨日の残り3人が終わった後、全員協議会(非公式の議会)に。そこで、組織体制の変更と地域主権一括法について協議がされました。組織変更では、児童福祉課が子育て支援室に拡充されるなど、課と部の間に「室」が設置されることが、より一層進んでおり、歓迎されるべきものだと思います。


もっとも、子育て支援室は教育委員会の子どもや青少年育成についての事務を取り入れ、子どもの事務全般を扱う「子ども室」にまで進んで欲しかったところ。また、そこまで進めば市民にとっても利便性のよいものとなるはず。


その旨を質問したところ、

・子育て支援室に改組するのは高砂市として子育てに力を入れていく姿勢のあらわれ。

・幼稚園などの事務も同室が行うのは理念としてはよいものの、「時期早尚」「十分な協議ができていない」ので「相談窓口の一本化から始めてはどうか」という意見が教育委員から出た。
・相談窓口の一本化、幼保の一体化ということから始めていきたい。

旨の答弁。


「子ども室」までできなかったとしても、子育て支援策が拡充され、窓口が一本化されることは、かなり評価できると考えられます。これからに注目していきたいと思います。


砂川議員や迫川議員からも「子ども室」創設にこだわった質問をされていました。(公明党さんがこだわって取り組まれている政策の一つでもある)



3.違和感

他の議員の議論を聞いていると違和感を感じるときも、正直、多い。かと言って、議員間討議は許されていないので、本会議場でつっこめないのですが・・・昨日、今日の分だけでも少し拾うと・・・


①地域主権一括法にともなう条例制定につき、行政の頼りなさや準備不足などを指摘し、どういうパブリック・コメントにするか議会に報告するべきとする発言。


逆ではなかろうか?準備不足や頼りないのは議会の方であるように思います(だから、議会改革を進めていると、私は、理解しているのですが・・・)。


パブリック・コメントは、審議会などと同様に、行政国家の出現により議会の「侍女」たる地位を脱した行政がその政策形成過程において民主的正統性を少しでも獲得しようとし、また専門的知見を活かそうというもの。


行政と並ぶパワーセンターという復古的な夢を目指す議会がその行政が獲得した民主的な手続き過程に介入せんとするのは背理であるように私は思います。


議員も整備すべき条例をしっかり勉強し、公聴会や参考人招請などの制度(インプット)を活用してこそ、行政と協働と緊張を繰り返しながら条例をともに創っていく議会となり、かかる文脈でこそ「議会報告会」(アウトプット)が輝くのではなかろうか。

なお、公聴会は障害者や高齢者の方々からは議会が出向いて公聴会を開いたり、また土・日曜日や夜間に開催するなどの工夫が必要だと思われます。


②ある議員が生活保護について、その費用の増大について述べ「そこで就労支援・・・」と切り出しました。生活保護受給者の就労支援策を拡充するべきであることは論をまたないでしょう。


しかし、就労支援策を拡充するのは、あくまで受給者の自己実現を図ることが主で、それによる生活保護にかかる費用が減少するのは副次的なものと捉えるべきであろう。妄想的にいえば、病気や倒産、解雇などで「人生が終わったと思ったが、就労支援策のおかげで、また働くことができた。生きていて良かった」と思う人が一人でも増えるためだと思う。


生活保護費の増加抑制のための就労支援策を取ると理解すると、「費用増大はけしからん。セーフティーネットの上で惰眠をむさぼるやつは、とにかく働かせろ」ということになりかねません。言うまでもなく、人の人生はその「人のもの」であり、何か(例えば費用抑制のため)の手段であってはならないと思います。


百歩譲って、財政規律に力を入れる議員が副次的な効果をクローズアップするならば仕方無いのかも知れませんが、福祉に力を入れる議員が主たる目的を忘れ、上述のように「そこで・・・」と言うのはいかがなものか。


たしかに、生活保護費の増大は問題です。しかし、その責任は経済政策、雇用政策を有効的に実施できなかった政治に第一の責任があるといえます。上述の質問に対し、答弁が「経済対策、雇用対策」というキーワードに言及したのは正鵠を得ているように思う。