「和をもって貴となす

今日は議案熟読日ですがレクチャーもないことから、色々な方から意見を聞くため朝からアチラコチラへと。ある方のお宅にお邪魔すると、庭に人生訓が刻み込まれた石があり、冒頭の文で始まり「真実一路 決断と実行・・・」と続き、「地の利は人の和に如かず」で締めくくられていました。そのことを指摘すると、「現在の高砂市はどうですか?」と聞かれ、色々なことが頭をよぎり黙ってしまう。


堺屋太一の著作の一つに「鬼と人と」がある。既存の価値にとらわれない天才的革命児の織田信長と常識的秀才の明智光秀の独白という形でつづられており、同じ事象を見ても二人のレンズを通しての感想が真逆で面白い。

もっとも、ここでは「鬼」とされる信長も既得権益などに対しては非情であったが、実際は(少なくとも内に対しては)情のある人であったのではなかろうか?(部下の夫婦喧嘩の仲裁をしたり、また本の中でも一度の反逆には寛大に接していることにも触れている)でなければ、組織を育てるとともに、あのように大きくなった組織のリーダーは務まらないように思う。また、信長は部下の使い方も上手かった。各地に方面軍を送り、部下を信じて任せていたように思う。


組織のリーダーが決断力もないのに非情であったり、「何から何まで目を通し、命令の全権を持ちたがる。裏を返せば他人の意見は聴かず、細かいところまで独善ぶりを徹底する。注意力の繊細さは良いとしても、過ぎたると従う者はやり切れない」(黒鉄ヒロシ「千思万考」より)というようなタイプはリーダーに不向きであると断じなればならない。


最後の宮大工といわれた西岡常一は「塔組みは木組み、木組みは木の癖組み、木の癖組みは人組み、人組みは人の心組み、人の心組みは棟梁の工人への思いやり」と喝破した。リーダーの思いやりこそが、「和」をもたらし、塔を建てさせる。

何事も、(リーダーの思いやりからもたらされる)「和に如かず」であるように思う。