
日本には縄文人と呼ばれる狩猟をしていた先住民と、弥生人という稲作の技術を携えて中国や朝鮮からやって来たとされる渡来人がいたのは有名な話です。
実は縄文時代は平和で身分の差とかも無かったらしいですが、弥生時代から大規模な戦争の時代になったそうです。
縄文時代の骨には戦闘による傷がほとんど見られないのに対し、弥生時代の遺跡からは、矢尻が刺さった骨や首を切断された人骨が数多く出土しているそうです。
弥生時代の稲作が始まると、縄文時代の狩猟採集とは異なり、お米は長期間の保存(貯蓄)が可能です。これにより「持てる者」と「持たざる者」の貧富の差や身分の差が生まれました。
そして、水田を作るには、水を引きやすく日当たりの良い「一等地」が必要です。良い土地や水利権、そして蓄えたお米(財産)を巡って、ムラ同士が奪い合いを始めるようになりました。
近年の研究により、弥生時代中期(北部九州など)の人口増加と争いの頻度には強い比例関係があることが科学的に実証されました。人口が急増したことで限られた資源や土地が不足し、生き残りをかけた集団間の衝突(人口圧)が引き起こされたと考えられています。
縄文時代には動物を狩るためだった弓矢が、弥生時代になると人間を効率よく殺傷するために大型化・大量生産されるようになりました。さらに、大陸から青銅器や鉄器などの金属製武器も流入しました。
こうして日本は縄文時代から弥生時代に移行したことで戦争は始まって、後に武士が頂点になり、武士道が日本の道徳規範となり、戦うことが美徳みたいになっています。日本人のDNAは88%が弥生人で12%程度が縄文人とも言われます。が、自分は戦うより平和の方が好きなので、武士道より何より縄文平和スピリットを胸に平和を愛して生きていきたいと思います。
以上です。







