私は日本語が好きです。

日本の四季に合った情緒豊かな言葉。

英語や他の国の言葉をあまり知らないので、偉そうに比べることはできませんが、
語彙の多さという点においては、あらゆる言語の中では多い部類に入るのでは、
と勝手に思っています。

というのも、現在の日本語は、古来から日本に存在する大和言葉と、中国から伝来した漢字
さらには、欧米から由来する外来語とが混ざり合ってできている多様性に富んだ言葉なのだから。
 

正しい日本語、美しい日本語

時折、話題にあがる正しい日本語美しい日本語論争ですが、私は少々この考え方には懐疑的です。
言葉というものは成り立ちから現代に至るまで、常に変化してきたものです。

例えば、役不足という言葉についてご存知の方も多いとは思いますが、元々は「力量に比べて、役目が不相応に軽いこと」を指していましたが、今では意味合いが変化し「任された役が大きすぎて荷が重い」という意味合いで使われることが多くなっています。

これはまだ変化の過程であるのではないかと感じているので、じっくり注視していきたい部分ではあるのですが、この言葉のように言葉の意味合いというのは、自然に使われて行く人の歴史の中で刻々と変化していくのが、常ではないだろうかと考えます。
 

使われなくなれば自然淘汰される

結局は言葉もモノと同じで使われなくなれば淘汰される運命にあると私は思います。
必要とされる言葉は、頻繁に使われ親しまれ、逆に日常やその場面にそぐわない言葉は使われる頻度をなくし忘れ去られて消えていく。

無理に言葉を紡ぐ必要はないし、必要な時に必要な言葉を使えばそれでいい。
そして、時に適切な言葉が見つからなければ新たにつくることも構わない。

そんな単純なもので良いのではないでしょうか。

人が人として、生きやすくするために言葉は存在する、私はそう思うのです。

 

via 字と言葉
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