日立小川屋。
いつ初めて出たんだっけかな。
いずれにしても繋がりを作ってくれたのは、いわきノーウェイ。
いわきノーウェイと繋がる機会になったのは、当時インターネットなんて極少数の遊び場だった時、売ります買いますなんてバンやろ的なコーナーのやり取りしたロカビリー社長さん。※オレは普段社長と呼ばない
幾千の絡みでは無いにしても幾千のタイミングがある中でのこの選択肢。即ち運命。
そんな日立小川屋と出会う運命にあったオレらフレンチマスタードは、かれこれ4~5回?程ライブさせてもらっている。1年に1回はやっていた計算になる。カプカプを始めてからは全く行けてなかったが。
この際そんな思い出は置いとこう。オレの宝物をひけらかす事は愚の骨頂だ。
当日9:00デッパツ。
ちゃんりん、福士君との初ツアーだ。
女の子だったらさぞかし楽しいんだろうなぁと思っていたが、ツアースタッフにぢゃいこの後輩モニワが付いて来てくれた。
女の子だったけど、股間事情的にはさぞかし程では全く無かった(笑)
13:00到着。
再会と挨拶、歓喜の涙を済ませ、岩手フレンチは小川屋隣接(100m位離れているが)のドライブインしらかばで乾杯の練習。毎度の事ながら乾杯の練習には余念が無い。
30分程で東京フレンチも合流。
同じタイミングでタコメーターズも合流。
派手な乾杯をキメる。ドライとラガーの海に、ホルモンの浮き輪でダイブする。当然溺れる。
ライブに戻り少し楽しみつつ、久々のフルフレンチって事でアー写撮影。
ライブ。
毎回我を忘れる程の感情の渦に飲み込まれ無い様に闘ってるつもりではあるけど、当然の様に自動操縦機能炸裂。
覚えている様であんまり覚えていない。
ただ、小川屋が今日明日で終わりかと思うと自分らの歌詞に勝手にリンクしてしまい悪態も涙も涎も一口ゲロも酒も吹き出てしまった。
自分の事を良く言うつもりではないけれど、もしバレルハウス カプカプを辞める時がきたら、あぁやって酒と涙で訳分からんくなってしっちゃかめっちゃかやってくれるヤツはオレに居るのだろうか。
小川屋ってハコは愛されていたんだな。
オレも!なんて言わない。
オレにはオレのペースがある。
妬みも嫉妬も無い。無いと言えば嘘になる位がリアルで良い。
小川さん、あの時に叩き割った大ジョッキ、ごめんなさい。
何か凄く、何かにイラッとしてしまいました。
あんなんしても何も変わらないけど、この先も出来れば変わらないであそこにあって欲しかった。
片付けてくれた皆、ゴメンね。ありがと。
ライブ終了後、早々に東京フレンチが帰り、日付が変わる位まで遊んでラーメン喰ってオレらも帰った。
運転ド疲れくん。
スタッフのモニワ、あんがと!
フレンチはとりあえず、以前に岩手県代表の旗を刺してきたったけど、北上代表に変えて刺し直して来た。
ずっとあそこにある筈。