ゲンジョリヲの平和上等!! -2ページ目

ゲンジョリヲの平和上等!!

バレルハウス カプカプ代表取締役

ウッドベース弾き

ゲンジョリヲの気まぐれな日々達を

ととが居なくなって

正確にはととがオレを置いていなくなって、か。

6/25だったから、かれこれ2ヶ月以上。

いや、正解にはまだ2ヶ月しか経ってない、か。


あっと言う間、なんて全然無くて、早く数年、数十年経てばもう少し忘れたり気にならなくなったりするのにな、なんて忘れたり気にならなくなったりしたくなりたい様な発信だけど、多分忘れないし、ずっと思っているんだろう。


さみしいな。

何だろうかコレは。

子供が死んだとか、嫁が死んだとか、それに近いけど、それとはまた少し別な気がする。

親が、ってのが感覚として出て来ないのは、もう仕方ない。

ととだって逆ならきっとそうだ。

何かこう、書いても書かなくても何も変わらんね。

コレは自分に向けてだな。。

久々に土ふるいをした。

これは朝一番じゃないと結構キツい。

温度もだけど、蚊もだけど、人がね。

人ってよりかは人通りがね。

外でコソコソカサカサやってるからさ。


思えば植物にハマったのは、土を弄ってからだ。

「うわ〜、土いじりすんげーオモロい!」

と一通りの感想を独り言で感動を人通りの・・・

まぁオレの韻なんてこんなモンだ。


好きな事だけをしていたいから、好きな事には前のめりで生きたいね。


心密かに「植物よりも土が好きなのか!?」と言うのは、実はヒッソリと・・・ほらな。。


無知のままいこか!(苦笑)


ととがオレの隣から居なくなってしまってから、何日が過ぎたんだろうか。

1週間も経ってないんだ。

そんな感じじゃなくて、つい昨日死んでしまった様なまま今も居る。

ととは火葬後に骨になってウチに帰って来た。

お骨を毎日抱いている。

あぁ、自分が死んだら骨なんて好きにしてくれて良いのにって思ってたけど、必要なヤツには骨でも良いから近くに居て欲しいんだなと初めて分かった気がする。


親戚やら仲間やらどんどん死んでくんだけど、なんかとととは別な感覚なんだよな。

冷たいかも知らんけど。

まぁオレがくたばる時も跡形も無くアッサリ消えっからさ。おあいこって事にしといて。


そんな中、遺骨ペンダントなる物を発見した。

もうホント人って何でも売り物にするよな!凄いね。

まぁ、サックリ買っちゃったんだけど。

そして胸にはととの恐らく脚の骨かな?が入ってる。

そしてオレの身体の中にもととの骨を入れた。

喰ったとかそんな下品な、野暮な話じゃなくて、入れた。

とととはずっとずっと一緒に居たい。









今日黒猫ととが17:00キッカリに逝った。

オレも置いて、誰も連れず一人で逝った。

8歳。早過ぎる。

泣きに泣いた。

この歳になってこんなに泣けるんだ?って位に。


とと、大好きだった。

本当に大好きだった。



仕事で米沢へ。

仕事とは言え、話して肉喰って酒を呑む、それだけの事を仕事と呼べるのかと言われれば、まるでお偉いさんの様な内容です。

贅沢肉の脂に本気で吐き気がしたのは、底辺暮らしの賜物でしょう。



今回泊まった宿が、まるで殺し屋イチのヤクザマンションみたいな作りでテンション上がってしまいました。


いかにもなお出迎え。貧乏人は振り返るべからず!


米沢牛の肉は2枚まで。明確な答えが出ました。


コレが良いな、と思ったらアメリカ牛でした。


にしても贅沢な1日。

明日も頑張ろう。今日も頑張ってないけど!

あまり包み隠す事が無い、と言うか包む技術が無いってだけの話なんだけど、数年前からドプッと植物、主に塊根、灌木、ケープバルブ、アガベの様な植物に浸かり切っているのだけど、油断なのかミスなのか分からない謎ってヤツもある訳で。

まぁ、人生の半分はバンドとモヒカンは流石にそこそこ納得はしているから判断がつくんだけど、オイオイオイオイ!ってなアガベが!


これはオアハカワイルドの子株くんなんだけど、水やりして次の日の夜にはこんなんなってました。。

なんで?

と考えるに、水が真ん中の成長点に溜まっちゃって蒸れたかウォーターレンズ(そう呼ぶかは知らん)でやられちゃったんではないかと推測。

分からん人には分からんだろうけど、このサイズのこのトップは激ヤバな株になる筈なのに。。

ぐぬぬぬ、、はあるにしても、絶対死なさない!

と日々indoor jungleをしております。



明けまして何がめでたいのかが良く分からん。。

あ、クリスマス、年末年始の散財的ダメージを乗り越えれておめでとうって事か!?


何かいちいち検索しないけど、ウナギを食う日とか、こうやっておめでたいとか、実は何でなのか全く分からない事だらけで。


流されて生きてみたのは良いにして、流れに疑問を持った時に逆らってみようとか一旦流れを無くしてみたいとか自分の考えを具現化するパワーとか爆発力とかとかとかとかとかとか、あんまり「とか」なんて使うと言葉足らず感が出て可愛くないな、とか。

いや、自分でこうしたいって事は自分で決めようよ!って話。


年末にカプカプでライブしたいってオファーの話があったんだけど、「投げ銭出来ますか?」って聞かれてオレが嫌いなんですって言っちゃったんだけど、じゃあ何で嫌いなの?って事なんだけど、だって投げ銭って少人数の動員数だと強制徴収感がすげーじゃん。

たまたま年末に返信しただけの話で、その人達がそうとは言わなくて、これまでがそうだったからって話で。


だってよ、ライブが良けりゃ物販に並ぶじゃん。

並んだ先の物販がヘボいって事もあるかもだけど。

そもそも入場料取るなら投げ銭なんていらなくね?

入場無料+投げ銭ならギリッギリ分かるけど。

なんつーか、投げ銭を来場者が勝手にやりたくなる様なライブをすべきなんじゃねーの?

過去にあったんだけど、投げ銭受け取りにお客さんを回って下さいカプカプで!って話なんか、もう鬼畜だよね、強制徴収感がさ。

銭を稼ぐライブ、パフォーマンスって本気で考えてんだろうか?

それなら何でライブしながら客に「ありがとうありがとう」って言うんだろうか。

客から「今日はライブしてくれてありがとうございました!」って言わせる様な時間を提供出来て初めて入場料にプラスした投げ銭ってのが生まれるんじゃねーの?

それを初めから投げ銭投げ銭って。。

投げ銭って便利な言葉に変えた強制徴収が嫌い!って話。

ライブなんかやる側はやってりゃ楽しいんだろうし、その30分はヒーロー的な扱いだし、もっと言えばチヤホヤされてたらノリノリだけど、ノリが悪いと客のせいにしたりするでしょ。

クソだね。

逆にさ、客を楽しませるのに特化して、ライブすんの精神的に疲れるから嫌だなぁ、、、とか、今日はノリノリにさせれなくて何やってんだオレは!とか、何かのせれなかったのにこんなに銭貰っちゃって気まずくって明日ライブしたくねーな、、、とか、今日の投げ銭は納得出来ないから皆んなに返そう!とかとかとかとかとか。

そんなの見た事ねーもんな。

もっともっと言うと、銭が少なかったりノリが悪かったり客が少なかったりすると「あーあ」って臭い出してみたり、何かてきとーにSNS発信して「今日はありがとうございます」なんてテンプレート発信しちゃったりして。

あらあら新年早々漏れ出てるね。。

もっと何とかならんもんかねー。

バンドってか、アーティストって創った物を夢売るのが商売なんだろうけど、託すのは買う側の価値感にだけって話だよなぁ。

まぁ買う側の値切り根性も行き過ぎればみっともないけどね。

欲しいモンには惜しまず苦しみながらも銭は出す、出そうね、そして出して貰える努力と発想をしましょうねって話とかとかとかとかとか。


長かったな。