みなさんの身の回りにいつも悪口を言っている人はいませんか?

そういう人は生きるために言っているのかもしれません

 

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まず僕がこの前体験した話を聞いてください

 

僕はある一週間なぜかわからないが、謎にイライラしていました。

むかつくことがあるとチッ舌打ちして「だりぃ」とがちトーンで言っていました

木曜日の午後の休み時間に教室で友達と話してたら、ぼくに対する嫌味が聞こえてきたのです。

それを言っていたのは男子一人と女子一人の二人組でした。

彼らは中二の頃から僕に限らずいろんな人に槍先を向けて、悪口や陰口といった類のことを言っていました。

それを今までずっと目をつむってきましたがストレスがたまり続け、イライラが頂点に達した僕は彼らのいるほうに近づき、男子のほうを殴りました。

 

そのあとなんやかんやあって、僕は英語科をでお世話になっている先生と話すことになりました。

その先生は大学の時に心理学の勉強をしていたらしくカウンセラーみたいに話を聞くのがうまいし、人の心理についてよく知っています。

 

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ここから先生から聞いた「悪口を言わないと生きていけない人たち」とはどういう人なのかを解説します。

 

まず、彼ら(生きるために悪口を言いざるを得ない人たち)は周りと比べて、その場所で評価される能力が低いです。

学生なら勉強ができない、運動ができない。会社員なら仕事ができないという風な感じです。

学校では成績が重視されますから彼らは能力が低いがゆえに周りからの評価も低いです。

そしてどんどん卑屈になり、生きていけなくなります。生きていくために、周りの人のことを悪く言って、自分を慰めるんです。

これを心理学上で「引き下げの心理」というそうです。

 

かわいそうなのはこれからです。類は友を呼ぶと言いますよね、まさにその通りでそういう人達は同じ人とむれるようになります。そのサイクルの一例を紹介します。

1.テストで低い点数を取る

2.他人に笑われてつらくなる

3.「やめて」という代わりに自分のことを笑い始める←つらいけど

4.低い点数を取った別の人を笑う

5.そこで同じ種類の人間が集まる

 

そうするとその沼から抜け出すのが難しくなってしまう。

 

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て感じです。

かわいそうに見えてきたけど、やっぱり悪口を言うのは許せないですよね。

でも僕はとても納得しました

物事には必ず二つの面があります。そして正義も一つじゃないです。

悪口を言う人にも弱さを持っていて、かわいそうな部分もあります。

何もしていないのに悪口を言われる、という人も彼らがこの世界を見るためにかけている色眼鏡越しには嫌な風に映っているのではないでしょうか。そしてあなたもまた違う色の眼鏡をかけているのです。

私たちが四次元以降に行けない限り、この世界のものには見えない面があるのです。見える所だけで物事を判断しない心がけをするといいでしょう。

最近恥ずかしいと感じたことはありましたか?

 

 

 

・たくさんの人の前でダンスを踊ったり、歌を歌ったりする。公共の場でキスやハグをする。

・または授業中先生にあてられてまったく的外れな答えを本気でいってしまう。

・職場でみんながいる前で上司に大声で間違いを指摘されてしまう。

これらは恥を感じてやすいシチュエーションだと思います

自分がそれをしている、されている場面を想像してください。

恥ずかしさを感じる人が多いはずです。

でも多くの外国人は少しも恥ずかしがらないのだ

 

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ではなぜ外国人は恥ずかしがらないのか

その理由を一言で言うなら”文化の違い”です

 

そんなこと知ってるわと思っていると思うので、もう少し掘り下げていきます

日本人と外国人ではブレーキがかかる場面が違うのです。

日本人は”恥の文化”で外国人は”罪の文化”なのです

聞いたことある人もいると思います

漢字でなんとなく察していると思うが、

日本人は恥ずかしいことをしない、外国人は罪なことをしないのです。

 

おいおい待て待て、罪の文化なのに外国は犯罪率が日本よりもだいぶ高いじゃないか。今そう思った人は8割いると思います

残念ながら事実ですね。なぜそのようなことになっているのかそれには罪の文化自体に欠陥があるからです。

まず罪の文化は道徳心があることが前提で、道徳法則に反することをすると罪悪感を抱いてしまいます。なのでその前の段階で自制心が働くわけです

つまり、そもそも道徳法則をそなえていない人は何にも縛られないため、犯罪に走りやすいというわけです。

 

それに対して、日本人は同調圧力や家族に迷惑をかけたくないからという心理がうまく働いて犯罪率が低いですよね。

 

しかし、明らかな犯罪じゃないならどうでしょうか

たとえば「誰も見てないからポイ捨てしちゃえ」と思う人がいるのです。これを読んでいる人の中にそう思った人がいるかもしれないし、そうじゃない人でも、今まで出会った人の中にそう言う人がいたと思います。

恥ずかしいことをしない、これを言い換えると恥ずかしくないならしてもいい。これが恥の文化の欠陥です。

 

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今から、この二つの文化の違いが顕著に表れている事例を紹介します

 

「あるフィンランドのジムの更衣室は男女混合だけど、利用者は規則を守って使っていて、男性はいやらしい目でちらちら見ないから女性もストレスなく使える。こういうのがない日本はジェンダーに関する認識が遅れている」という書き込みに対し、

ある男性youtuberが「馬鹿じゃないの?そんなの見ちゃうに決まってるじゃん」と否定しました。

外国人は罪悪心という抑止力が強く働いてそんなことをしないだろうが、日本人は「ばれなかったらいいでしょ」という精神の人も多く、見てしまうに決まっているという意見が多いです。これはまさに文化の違いだなと感じました。

 

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僕の意見

正直恥の文化アンチです。恥ずかしくてできない、その気持ちは僕にもありますが、恥ずかしがってどうするんですか。実際のところ他人は自分が思っているよりも自分に興味がなく、自分の行動に対して特に何も思わないのです。

恥の文化が根付いているからこそ、プレゼンテーションや、意見を主張することをすることができない、苦手だという人が多くなったのだと思います。

といっても「恥ずかしいからなぁ...やっぱできないや」という人が多いはず。でも変わるべきだと思います。恥を完全に捨て切れとは言いませんが、少し変わろうとすることが大事です。

 

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*最後に…

この記事ではわかりやすくするために外国人と日本人、罪の文化と恥の文化、という風に二元化して大きく括って書きましたが、あくまでそういう傾向があるだけで、すべての人に当てはまるわけではありません。必ず人によって違いがあります

皆さんも考えるときは偏見や先入観を捨てることが大事です。

 

長い文を最後まで読んでくれてありがとうございます。この記事を読んであなたはどう思いましたか?