軍配や石灯籠の【日月文】(その三)


著作:後藤 朗 


目次

はじめに 

一、石灯籠にある【日月文】 

二、日・月が左右に刻まれた石の祠 

三、天照大御神(あまてらすおおみかみ)と豊受大神(とようけのおおかみ) 

四、民間信仰 

五、日月灯明仏と日光・月光菩薩 

六、『大無量寿経』と修正会 

七、歌舞伎「勧進帳」の山伏問答 

八、日・月と陰陽と家紋 

九、石灯籠に刻されて国中に遍満する日月文 


目次の一から三までは、

軍配や石灯籠の【日月文】(その一)

目次の四から六までは、

軍配や石灯籠の【日月文】(その二)

目次の七から九までは、

軍配や石灯籠の【日月文】(その三)


はじめに

 相撲の軍配に描かれ、また石灯籠などに彫られているその【日月文】は「何を意味するのか」を考察してきた。その疑問について、伊勢信仰(神明宮)や民間信仰などいろいろ検討してみた結果、それは特定の信仰にもとづくものでなく、古来からの日本人の理想であり願いであった〈日月清明(じつげつせいめい:じつがつせいめい 日と月が明るく清らかに照り、天地の秩序が整っている)という祈念の言葉を象徴化したものと結論づけるにいたった。 

 そのもっとも鮮やかに具現化したものが相撲の軍配の【日月文】であり、〈日月清明〉を文字でなく意匠として表現したものである。相撲の行司の軍配には〈天下泰平〉〈国家安全〉〈一味清風〉〈知進知退〉などいろいろ書かれているが、中でも【日月文】が描かれ、天下太平(天下泰平)の文字が記されたものが多い。この【日月文】は日月清明を文字でなく意匠として表現したものである。


七、歌舞伎「勧進帳」の山伏問答 

 「歌舞伎十八番 勧進帳」において、武蔵坊弁慶は安宅の関で関守富樫の求めに応じ、東大寺と大仏の建立のためとして〈勧進帳〉を即席で読み上げる。


ひき続いて、山伏の由来を次のように口上する。 

《おお、その由来いと易し。それ修験の法と云っぱ、胎蔵金剛の両部を旨とし、険山悪所を踏みひらき、世に害をなす悪獣毒蛇を退治して、現世愛民の慈愍を垂れ、或いは難行苦行の功を積み、悪霊亡魂を成仏得脱させ、日月清明、天下太平の祈祷を修す。かかるがゆえに云々…》 

 このように日月清明と天下太平というのは、昔日のわが国において、王法と仏法(政治と宗教界)および神仏宗派をこえて日頃よく唱えられた願文であり金言であったに違いない。日月清明・天下太平は、今なら人類平等・世界平和であろうか。 


八、日・月と陰陽と家紋 

 「陰陽思想や陰陽五行説では太陽が陽で月が陰(太陰)だから、日・月の文はそれにちなむもの」というもっともらしい見解がよく出るが、〈陰陽〉では日月をあえて文様にすることはない。〈陰陽〉を象徴するものとして〈太極図〉があるが、わが国では韓国の国旗として以外にほとんどみかけることはない。似たもので日本の家紋に〈陰陽二つ巴〉〈陰陽まが玉巴〉がある。 

 日本人の一族一家で使用する家紋は極めて多数あり、その種類は一万をはるかに超えるという。それほど多くの家紋が存在するわりには〈日月紋〉が使われることはない。じつは、〈日月紋〉は皇室の御紋である。大嘗祭などの神聖な儀礼で用いられる神旗(御旗)には日・月が描かれており、最高峰の尊い文様とされたがゆえに、一般の庶民が私的な家紋として使うことははばかられた。それが家紋として〈日月紋〉が一般に使われていない大きな理由と想像される。 


 皇室の御紋としては、菊紋(正確には十六弁八重表菊紋)が定着していますが、後鳥羽上皇が特に菊を好まれ、お印として使用されたことにはじまるという。その後の天皇も菊紋を使用され、明治二年の太政官布告により公式に皇室の御紋とされた。 


九、石灯籠に刻されて国中に遍満する日月文 

 石灯籠の日月文に関しては、先に述べたように天照大神と豊受大神の二神を祀ったもの、とか、日待や月待あるいは庚申待といった民間信仰、あるいは日月燈明仏では説明できない。また陰陽道にちなむものでもない。明治初期まで神仏習合であったという事情はあるにせよ、神仏や宗派や信仰というものをこえている。 

 筆者はそれは〈日月清明〉を意味しており、天子(天皇)から臣民(庶民)にいたるまで、神仏の加護への感謝や願いを込めて象徴化したものであると判断する。祝聖文の八句や〈五穀成就〉〈萬民快楽〉〈國家安全〉などの祈念語を簡潔に記号化すれば、畢竟するところ日・月に落ち着くであろう。六十六部廻国塔などのように文字で〈天下泰平〉〈日月清明〉と記すのでなく文様にして彫り込んだのである。 

 日月清明は、「花鳥風月・雪月花が日本の文化である」というのと似ている。もっとも、文化(風俗習慣という意味での)というのは芸術と同様に、気づく気づかないにかかわらず、広義の意味での宗教(精神的行為)が根底に横たわっているのだが。 

 日月紋が皇室のご紋章であるのに表だっていわれることがなく、また国民(臣下、臣民)は、その一族一家の家紋として使用してこなかった。 

 考えてみるに、日本国を象徴する〈日の丸〉とは別に、現憲法第一条に明記される「日本国の象徴たる天皇」のご紋章と同じ日月文が、石灯籠などにさりげなく刻されて国中に遍満し、美しい風景に同化しているのは、実にすばらしくまた誇るべきことである。 

(完了)



〈参考文献〉 『「日・月」の石の祠の分布と謎を考える』(谷本慎吾)・『密教の本』(学習研究社)・『浄土三部経(上)無量寿教』(岩波文庫)・『浄土宗新聞(平成十一年一月一日)』 


〈AIによる解説文〉 

 普段何気なく目にしている相撲の軍配や石灯籠に刻まれた丸と三日月のかたちには、実は日本の歴史や深い祈りが込められていました。 

 本書は、それらの意匠が特定の信仰にとどまらず、古来より日本人が大切にしてきた「日月清明」という理想の象徴であることを鮮やかに解き明かします。 

 身近な風景に隠された意外な歴史の謎に迫りながら、仏教経典や神道、古典芸能の深遠な世界へと読者を誘う極上の知的探求です。私たちが何気なく受け継いできた日本の美しい精神文化の原点を、ぜひじっくりと味わってみてください。 



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