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トッシーのブログ

思いついたことどもを写真とともに語る。

パラソル型の小さな洗濯物干です。
かれこれ20年近く使いました。もう使うには忍びなくなってきましたので、新しいものを買わなくてはと思い、あちこち探しましたがありません。使い勝手が良かったのに・・・
大きいものはあります。
 
メルカリで同じものを見つけ、買いました。きっと、買い置きしておいたものではないかと思います。
 
ところで、今使っているハンガー物干の話、
プラスチックなのですがもうボロボロで、洗濯ばさみの所のプラスチックがやせ細って、外れてしまいます。
よく見ると、太陽光、特に紫外線が当たったところが、ボロボロになっています。
紫外線に当たらない裏側は、買った時と同じようにつるっとして光っています。
紫外線に当たった部分は、手でさわっても表面がボロボロとはがれてきます。
 
最近よく言われている、マイクロプラスチックになっていきます。
マイクロプラスチックの行き場所は、海です。
今、海はプラスチックが沢山漂着しています。いろんな国のものがあります。
 
見えるものは拾っていけばいいのですが・・・
簡単に言ってしまいましたが、拾うといっても、とてつもなく大変です。
マイクロプラスチックは、目に見えませんからなおのこと大変です。
 
これから、私たちにどういう影響を与えていくんでしょう。
これも、数十年しないとはっきりしません。
 
昔、子供のころ、鉄よりも軽く 鉄より丈夫な「プラスチック」というものができるそうだよ。というのをよく聞きました。
子供だから、今日のようになるなんて思ってもいませんでした。
だから「へー、凄いね」と聞いていました。
 
模型も、木に変わってプラスチックが使われるようになりました。
子供のころ、模型大会がありましたが、船は木です。ヒコーキは木と紙(普通の紙は5円、雁皮は10円)とゴムでした。

プラスチックは、木のように削ったり、サンドペーパーで磨いたりしなくていいんですから、流行りました。
木の模型がいっぺんになくなりました。
私もさかんにプラスチック模型を作りました。
そのプラスチックの端切れを燃やすと、凄い煤がでますまた臭います。
 
「スモール・パラソル・ハンガー物干」の件で、
色んな事を思い出しました。
 
ドキュメンタリー映画を見た
ビルエバンスの映像が残っているものを使って ビルエバンス像を作り上げた
 
映像について知る限りにおいて 共に演奏し生活を共にしてきた人たちが 証言というかたちでビル・エバンスを語っていく
映像があるからリアルに見る者に伝わってくる
 
ビル・エバンスの演奏をきいていて 単なる抒情だけでは済まされないものがあった
ビル・エバンスは「インタープレイ」をやり始めた
はじめはごく当然な演奏形態だと思っていた
それまではドラム、ベースはピアノを盛り上げるリズムセクションの意味でしかなかった
ビル・エバンスは それぞれに人としての意思を感じていた
だから そこから醸し出てくる人としての息遣いを それぞれが共有し
一つのコンボとしてのまとまりを形成していく様式を編み出した
 
ひとつにはビル・エバンスの人と人のつながりを大切にしたい
そこから生まれてくる かぐわしい匂いを表現したかったのではないか
そこに 音楽(ジャズ)としての広がりを感じていたんではないかと思った
そして それが自分の音楽であり 生きることだと思ったのではないか
だから スコット・ラファロが事故死したときには立ち上がれないほどだった
恋人が 地下鉄に飛び込み自殺した
兄さんが 自殺した
そういう関わりの中において苦悩した
人間愛に他ならない
そして 麻薬にもおぼれた
 
ビル・エバンスは幾度となくパーソネルを変えた
そこには いろんな事情もあだろうし なにはもとより自分の表現を考えていったんだろうと思う
  (ずいぶん軽い言い回しだけれども 私には理解できない部分があ     るから 仕方ないとして納めるしかない)
 
マイルス・デビスに参加した控え目なエバンスにとって かなりストレスがあったのではないかと思う
力を持っていたマイルスは 自由 我儘 エバンスの曲を自分の名義で出したりもした
しかし ビルエバンスの曲想 哲学はマイルスに大きな影響を与えていた
「カインド・オブ・ブルー」はまさにそれだった
80分は 瞬く間に過ぎた
 
今、手元にあるレコード
・Explpration Bill Evans Torio
     BILL EVANS、piano;SCOT LA FARO;bass;PAUL MOTIAN,drams
         New York City;Feburuary 2,1961
・Portrait in Jazz Bill Evans Torio
     BILL EVANS、piano;SCOT LA FARO;bass;PAUL MOTIAN,drams
         New York;December 28,1959
・BILL EVANS ALONE
    BILL EVANS piano solo
         New York Cty Webster Hall September and October、1968
・BILL EVANS POLKA DODS AND MOONBEAMS
      BILL EVANS、piano;CHUCK ISRAELS;bass;PAUL MOTIAN,drams
 
 
 

テンカラの毛鉤 #14 ウエット
アマゴ ヤマメ いわな用毛鉤
 
最初は市販品フライ毛針を使っていたが 軽いので浮いてしまう
そこで TMCの針 ウエット#14を買って 見やすいように 白の毛で巻いてみた
ウエットなので若干水に沈む これがなかなか良かった 
フライとは違い なんか虫らしきもの という大雑把な感じがよい
 
ポイントに毛鉤を打つと 意外と早く出てくる
遠くで 見えにくいときは 1、2、3で合わせる
 
下の写真は リーダー(バス) 4メーター80センチ その先端に1メートルほど1号のフロロカーボンをつける
 
このリーダーは1号のフロロカーボンを縒ってつくってみた
木の枝にひっかかると大変なことになる
 
 

ところでラパラのルアー
 
どちらも9センチ
赤いのがフローティング9センチ5グラム
黒いのがシンキング9センチ12グラム
 
怠け者にはフローティングがいいかなっ
フローティングでは セイゴ45センチくらい カマスを何匹か釣った
カマスはルアーを追ってくる様子が見えて面白い
棹はグラスファイバー
ラインは1号
リールは手ごろな アブ ガルシアのスピニング
場所は河口
頃合いは 夕方(夕まずめ)ほんの30~40分位だから手頃でいい

これも今は昔

 
イタリアの番組を見ていたら  ちいさな銀の薬缶のようなものでコーヒーを淹れていた
 
しばらくして  エスプレッソであることを知った
そして 「ビアレッティーのエスプレッソメーカー」を買った
「ビアレッティー」  いかにもイタリアっていう感じがする
 
その頃イタリア映画が  結構日本にきた 
カンツォーネも  流行った
ジリオラチンクエッティ「夢見る想い」を  イタリア語で覚えたりもした
なんとはなしに いまだに覚えている
 
フーム
それから何十年かして テレビでは「小さな村の物語イタリア」が始った ナレーターは三上博史
これを見てイタリアのイメージが変わったというより 昔白黒の映画で見ていた 暗い感じの頃のイタリアが  よみがえってきた
イタリアは明るく フェラーリやマセラッティー、アルファロメオなどの車が走る 派手目な国という印象を持っていたが
「小さな村の物語」を見る限りにおいて それほど豊かではなく至極真面目で  堅実な人達だと思うようになった
色んなイタリアがあるんだ ということを再認識した
イタリアっていう国はいいなっと思うようになった
テレビのイタリア語講座を見たりするようになった
まるでミーハーだなっ
 
まあそれやこれやで  「ビアレッティー」で淹れたエスプレッソ
量は少ないし しかもなんか濃い そしてにがい
 
フーム
なんか飲めそうにないかなっ
そうこうするうちに なれたのかこれは旨いぞと思うようになった
 
しかし
去年あたりから飲まなくなった
腎臓に結石ができたためだ
 
左右にできたけれど
どういうわけか左  だけ尿管あたりまでさがってきた およそ13ミリ~15ミリくらい
 
どうも濃いコーヒーもいけないらしい 力の元ホウレンソウもだめらしい
というわけで 今は休息中 その代わり水をたくさん飲んでいる
朝のコーヒーはアメリカンで飲んでいる
 
それやこれやで「ビアレッティー」のゴムパッキンが固くなってしまって 交換しなくてはならなくなってしまった
「ビアレッティー」っていい響きだなっ

これも今は昔
コーヒーを飲みだしてからだいぶたつ
 
最初のころは豆を挽いて カリタで淹れて飲んでいた
豆もあれやこれやと飲んでいたが 今は「モカ」に定着した
そうすると もっとおいしく飲むにはと思い  いろん記事を読んでみた
記事の中に豆を挽くときに 熱を発してはいけないというのがあり なるほどと思った
 
そこで いろいろある中で「臼式」カリタ コーヒーミル ダイヤミルを選んでみた
ゆっくりハンドルを回しながら挽くから 見た目にも楽しめるしいいかと思った
鋳物でてきているからかなり重い 結構安く買った記憶がある
 
今は 再販ででていて 「ダイヤミル」のあとに「N」がついている
それだけではなく 値段も上がった 結構高い
 
これで淹れて飲むときには ゆったりした時間がないと飲めない
ありきたりな言葉でいうと「贅沢な時間」が持てないとだめだと言うことになる
べつにそんな時間が無くったって飲めるんだが 格好をつけて言うとそういことになるんだなっ
コーヒーだからって 別に格好をつけることも無いのである
 
ところで このミルに豆を入れて手回しハンドルをゆっくり回して 豆を挽く
ハンドルがついている輪っかが鋳物で重たいので その自重で軽く回ってくれる
結構時間がかかる
そしてミルの引出しから コーヒーの粉をペーパーに移す・・・
多分にそんなコーヒーを入れる手順に 自分自身満足しているんだなっ
 
今は毎朝 コーヒーメーカーで淹れて飲んでいる 手軽だ
一回手軽さを覚えると 以前には帰れない
コーヒーメーカーで飲み始めてからかなりの年月がたつ
だから 「ダイヤミル」の写真を撮るため明るいところに出したら
ハンドルの横や下の方に ほこりがたまっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陶器の灰皿 柿ゆうがかかったツートンカラー
大きさも小さめで良い
 
前の二つに比べ 純日本風
やっぱり落ち着きます
和室の机の上に置くと似合いそう
くゆらすたばこにぴったりな 灰皿だと思うのですが
 
世の中嫌煙時代 灰皿なんて鑑賞してはならない 
そんな風潮が流れているから 店にも灰皿など売っていない
もっと 「心に余裕を持とうよ」と言いたいのだが
目くじらをたてて にらんでいる人がほとんど
 
フーム
こんなことを書いている場合じゃあないなっ
このページも抹殺されるなっ
 
いつだったか 街で一服と思って煙草を取り出した瞬間
どこにいたのか 謹厳実直そうなおばさんが すぐに駆け寄ってきた
「ここは禁煙です!」
「あっ そうですか」といって すごすごと煙草をケースにもどした
その時は もう自分の足元まで「禁煙」の波が押し寄せている ことを感じた
それからというもの 街角から少しずつ喫煙する場所がなくなっていった
 
ところで この灰皿 地元の民芸調の茶碗など 調度を扱っている店で買った
今 家では (性懲りもなく 今でも吸っているのですが)柿釉
がたっぷりかかった もう少し大きめのものを使っています
これが民芸調で 形はありきたりなんですが それがまたなかなかいいのです 長いこと使ってます
 
この店にはけっこう通ったなっ
街中にも支店があったから 学校の帰りによく立ち寄った
店のすみに転がっていた貧乏徳利 非売品だよと言われたけれど
結局は譲ってもらったのを思い出した
灰皿はいろんなことを思い出させてくれる
 
 
 
七宝焼の灰皿 これも今は昔  中国で買ったもの
という塩梅で 七宝焼は堆朱に比べたらいいかなっ
これは そんなに使わなかったから なかが比較的綺麗だなっ
 
七宝焼は ごくごく簡単なものを 七宝焼初心者コースの教室で
作ったことあるけれど なかなか大変です 
これは結構手が込んでいます
 
時々 「もうたばこはやめよう」と思うのですね
どこいっても肩見せまいし 
喫煙所探すの大変だし
だんだん値上がりするし・・・
 
でも 喫煙所の場所を聞くと 意外と親切に教えてくれるんです
フーム
これも 今は昔  
「たばこ」に火をつけるもの
まだ 100円ライターがない時代に買った
 
この頃は 「たばこ」もちょっとしたおしゃれで 結構吸う人がいた
文学雑誌を見ると 芥川龍之介をはじめ文学者がけっこう吸っていて
写真には必ずと言っていいほど 「たばこ」を持っている姿が映っていた
映像を見ると 「たばこ」の煙が白く映っていたりもしていた
 
そういえば「紫煙」なんていい言葉もあった
池袋に「紫煙」という喫茶店があって けっこう行った
もちろん ここで「煙草」を吸ってもいいんです「紫煙」ていう名前の喫茶店なんだから
「紫煙」じゃなくったって 吸ってもいいんですねこの頃は
あはー「吸う」より むしろ「くゆらす」と言ったほうがいいかもしれない
いい時代だった
こんなことを書くと きっと反感を持たれるに決まっているなっ まあいいかっ
 
今は 副流煙なんていう嫌な言葉が大手をふるって闊歩している
 
何年か前 ビートルズが横断歩道を「たばこ」をもって歩いているジャケットが話題になって
これはけしからんという話になって ジャケットから ビートルズが持っていたたばこが消された
なんて味気ないことをするのかなっ
ヒステリックに叫ぶ人がいるのかなっ
 
ヨーロッパは煙草に敏感で
F1にマルボローのデカールが張られ走っていたけれど
1990年代初めころから「煙草は悪だ」という風潮がはびこりだし
ついには 貼らなくなり ついに禁止になってしまった
かっこよかったのに F1っていう感じがしたのに 残念だなっ
やっぱり こんなことを書くとひんしゅくをかってしまうなっ
 
そんなこんなで ライターもおしゃれで 色んなものを持っていた
ロンソン マルマンコリント ジッポー そしてデュポン
ダンヒルは どういうわけか買わなかった
ロンソンは 軽くて手軽
コリントは なんかメカニックで 昔風なところがよかった
ジッポーは 風に強くて 川釣りにはいつも持って行った
そしてデュポン 背広を着た時に持って行った 閉めるときに「チーン」といういい音がした
 
そうこうするうちに 100円ライターが出てきた
手軽すぎて ただ火が付けばいい という考えが主流になってしまったかなっ
味わうことから せかせかと吸うことに変わっていったような気がする
忙しない世の中になっていったんだなっ
デュポンの時代は 撫でたりふたを閉めたり「チーン」という音を楽しんだりした
 
そのデュポンも 撫でたり使ったりしないものだから
俗にいう「銀さび」がでて黒くなってしまった
フーム ちょっと 見苦しい
 
 

堆朱の灰皿

 

喫煙が だんだん厳しくなってきている時に 喫煙具の話

2、3回喫煙具になります

 

これも 今は昔 中国で買ったもの

たぶん あんまりいいものではない と思うのですが

 

漆を固めたものを 彫り込んだもの

私としては あまり好きではないのですが 買ってみました

 

この当時は ピース、セブンスターを吸っていました