中立国家スイス | サムライ時計師スイスで修行してきました!

サムライ時計師スイスで修行してきました!

スイスといえば自然、銀行、そして時計。
いやいやそれだけではありません。
ハイジの故郷は、実はこんな国なんです。
(ヨーロッパ 海外 海外生活)
そして帰国しました。

ver Jura
(ジュラ山脈 / 向こうはもうフランス・自宅のテラスより撮影)

スイスという国は、フランス・イタリア・ドイツ・オーストリア・リヒテンシュタイン に国境を接している。
日本の九州地方ほどの国土であるにもかかわらず、古くからヨーロッパの中心、貿易の中継地点として重要視されていた。

現在、ヨーロッパをヨーロッパたらしめているEU(欧州連合)に加盟しておらず、様々な分野別に協定を結ぶとのみいった独自路線を貫いており、通貨もユーロではなくスイスフランが使用されている(ちなみにリヒテンシュタインも通貨はスイスフランで、行ったときは驚いた)。

EU加盟について、市民団体が加盟交渉の早期開始を提起し、国民投票に持ち込まれたが、投票総数の76%が反対し否決されたという出来事もあった。
スイスは国民投票によってすべてが決まるのだ。


15~16世紀にかけてスイスでは傭兵として他国のために雇われて戦争に参加していた。
国内の人口増加にともなう食料難に対して、穀物の輸入ルート開拓、あるいは出稼ぎによってまかなうのが主たる理由であった。
皮肉にも他国でスイス人同士が殺しあうことも、その問題解決になっていた。
(スイスの銀行が発展したのも傭兵によって財が築かれたからだという)


同時にスイス傭兵の名声は広まり、フランスとの戦争に敗れたにもかかわらず、
両国間に同盟関係ができた。 ただ、傭兵契約の件になると、スイスは特定国との間に協定を結ぶことをしなかった。フランスの軍事的道具になることを避けたのである。
これが中立の原点といわれている(条約に中立という言葉が初めて使われた)。


16~17世紀の宗教戦争時代には、国民が分裂することを恐れ、あくまでも静観を保ち、職業としての傭兵が戦争に出た。
1674年にスイス盟約者団会議がスイスの外交基本政策として武装中立を明確に宣言し、この年が一般的にスイス中立の始まりとされた


このように、スイスは小国でヨーロッパの中央に位置し、他の強国に領土を狙われやすかったため、
自国の独立を守るためには中立であることが不可欠であった。

 
そして、人種的・言語的・宗教的・文化的に多様であるため統一が難しく、中立の立場をとらないと内部分裂してしまう恐れがあった。


中立国家を保つことは決して容易ではない。
けれども中立こそスイス人が誇りを持って守る歴史にもとづくアイデンティティーなのである。