一度ホテルに戻り、夕方からの「ヴォルテール祭」を見に行きました。小さな街のあちこちで食べ物や飲み物の屋台が並び、コンサートや演劇などの出し物をやっていました。いったいどこにこんなに人がいたの?というくらいの大ぜいの人が街の中心に集まっています。

プログラムに、「フェルネーのロータリークラブによるバスク料理の屋台」とあったのには目が引き付けられ、絶対に見つけてバスク料理を食べるぞ!と決意も固く探し回りました。何しろ私は2016年の夏にフランスの南西の端、バスク地方のビアリッツという町にあるフランス語学校で3週間フランス語を学びましたので、バスクと聞くとじっとしていられません。

ようやくロータリークラブの旗を見つけて屋台に走りましたが…。バスク料理というのは、缶詰の子牛肉のカレーのようなものをどちゃっとご飯の上にかけただけのものでした…。ううっ。塩辛くてあんまりおいしくない…。残さずいただきましたけど。これにビール(小)で一人乾杯。

先週のジュネーブ音楽祭の時と同様、プラスチックのカップは使った後返せば1ユーロ戻ってきます。でもヴォルテールおじさんの像のデザインで素敵なので記念に持ち帰ることにします。

混みあったテーブルの横に、かわいらしい女の子がウサギのぬいぐるみを持ってベビーカーの中で笑っていました。見ず知らずの東洋人のおばさんにもにこにこ笑いかけていて、あまりにかわいいのでお母さんの許可をもらって写真を撮らせてもらいました。

街の観光局のオフィスで、昔のフェルネーの街の写真が展示されているというので、見に行きました。いやー、これが面白かった。

ヨーロッパはどこも、戦争の被害さえ受けていなければ何百年も前の街並みが残っています。建物が石造りなので。「旧市街」などと呼ばれる地域です。フェルネーも戦場になったことは、少なくとも過去150年くらいは無いので、1800年代の写真と変わっていないところが多く残っています。ヴォルテールが村人のために作ったという泉は今も昔も街の中心です。

 

今はアパートになっているところが昔はホテルだったとか、今はスイスになっている隣町(Meyrin(メイラン)やVersoix(ベルソワ))が、ナポレオンが失脚するまではフランスの領土だったとか、フェルネー・ヴォルテールとジュネーブを結ぶトラムがあったとか、フェルネーからジュラ山のふもとの街Gex(ジェックス)までは蒸気バスが走っていたとか、知らないことだらけでした。

   

ヴォルテールによって運命が変わった街、フェルネー。スイスのジュネーブの隣町でもあるため、増え続けるジュネーブの人口がフェルネーにも押し寄せていて、小さな町のあちこちで新しいコンドミニアムの建築が進んでいます。しかし、旧市街だけは今のまま、静かな村の様子を残してほしい、と勝手ながら思っています。

すっかりフェルネー村民のウサギ