たんぽぽさんと本と〇

たんぽぽさんと本と〇

雑多なことで埋めつくされる毎日。
でも、本が真ん中にあるって気がする。本は親友。

 

 

八朔が一山いくらで売られていたので、

ついつい買ってしまって、

そうだ八朔ジャムを作ろうと思い立ち、

今ジャムを作っています。

 

YouTubeに八朔ジャムの作り方がありまして、

それには“皮は使わないので簡単”とあったので、

おお、そうかそうかと取り掛かったのですが

一袋ずつ果肉を取り出すのは結構な手間でした。

 

果肉をちょうど1キロにして、砂糖は500g、

これでスタート。

 

煮詰めて

 

ほぼ完成、

ちょっと苦いな・・・。

 

まあいいや、

春だもんね。

 

 

 

ところで、八朔などの晩柑類は春の季語です。

では夏みかんは?

夏みかんも私の歳時記では「春」に分類されています。

でも初夏だという意見もありました。

あなた様の歳時記ではいかに?

 

さて、こんな楽しい「夏みかん」句を見つけました。

「増殖する俳句歳時記」からの転載です。

 

夏みかん長い名前の人が買ふ
                           高橋 龍
この句のおかしみはどこから来るのだろう。もちろん夏みかんを買う人の名前なんていちいちわからないし、長い名前の人がたまたま夏みかんを買ったとしても、何てことはない。でもこうして俳句で読むと身体の奥をくすぐられるようなおかしみがある。「夏みかん」と「長い」と頭韻の響きの良さもあるのだけど、そのもったいぶり方に注目だ。夏みかんを買う人は長い名前の人!と限定することがありふれた行為に浮力をつけ「夏みかん」が新たな手触りを持って浮き上がってくる。これも五七五の定形の効果と言えるかもしれない。叙述は奇をてらっていないのに何だか可笑しい。そんな俳句に出会うとうれしくなる。『二合半』(2014)所収。(三宅やよい)

 

掲句、ほんとにおかしいですよね。

名前って確かに流行があって、

最近の子どもの名前はスッとは読めない。

そこへいくと“長い名前”とはどんな名前だろうと気になります。

 

ウィキペディアで「長い名前」で際立つのは、このかた。

藤本太郎喜左衛門将時能 - Wikipedia

 

もしこのような名前のかたが夏みかんを買っているところに出くわすと、

それは一句詠みたくなるかもしれません。