参政党のさやさんが
「私をみなさんのお母さんにしてください」と叫んだとき、
私は「ああ、これは♪『マドンナたちのララバイ』ね~」と思いましたよ。
お若い方、この歌ご存じないかも。
これですよ。
♪ああ できるのなら 生まれ変わり あなたの母になって
私のいのちさえ差しだして あなたを守りたいのです
恋ならば いつかは消える けれども もっと深い愛があるの
ある日あなたが 背中を向けても いつも私は あなたを遠くで 見つめているマドンナ
政策を訴える場で母性前面のメッセージ、しかも美人さんが…。
これに抗える男性などいるだろうか、
フラフラと行ってしまうんじゃないかと思っていたら、
そのとおりになりました。![]()
成功したんですね。
以上は日下隼人さんの昨日今日のブログ(
)を拝読して
「ああ、そういえば…」と感じたことです。
日本に何が起ころうとしているのか。
実は私は参政党ってよく知らなかったのですが、
この際と思って、いつものCopilotさんと少しやりとりしてみたんです。
Copilotさんによれば、
参政党は、「 家族」、「共同体」、「日本の伝統」、「教育」といったテーマを強調する政党。
(う~ん、復古主義的なにおいがしますね)
その「家族(観)」はというと、「 母性=守る・育てる」、「父性=導く・支える」といった、比較的伝統的な役割分担のイメージで、戦後の核家族モデルよりも前の、共同体的な家族像。
ただし、戦前のような「天皇中心の家族国家」とは違い、“誰が家長か”を明示しないまま、共同体の規範を上から与える構造で、国民を自立した個人として扱うよりも、「共同体の一員として導くべき存在」とみなす傾向がある。
で、参政党というと新しい政党ですから、
党首である神谷宗幣さんのこうした政治思想がどこから出てきたのか
Copilotさんに聞いてみたのですが、そこは答えてくれませんね。
その点はウィキペディアです。⇒神谷宗幣 - Wikipedia
読んでいくと、なんか…登場人物の多さ、多様さに言葉を失います。
(籠池さんの名前もあります)
Copilotさんは今なぜこのような戦前回帰的な国家観が支持されるのか、
その心理構造には答えてくれました。
急激な社会 不安(コロナや戦争)を背景に孤立や疎外感を個人が感じ、
制度の不備が重なるとき、その現実の痛みを、「伝統」「家族」「国家」という象徴が包み込む。
これは日本だけでなく、世界中で繰り返される現象だと。
で、ここからがキモなのですが、
この「象徴としての家族」は自民党も同様で、両者の語りには、共通する構造があります。
それは、家族を“生活の単位”ではなく“文化・共同体の象徴”として扱う傾向です。
さらにいうと、これは日本だけの構造でもないのです。
「なぜ政治は「象徴の家族」を手放さないのか」
という問いは、世界中の政治に共通する構造を明らかにしてくれます。
● 1. 家族は“安心”の象徴
不安定な社会状況の中で、家族は安定の象徴として使われます。
● 2. 家族は“規律”の象徴
価値観や秩序を語るとき、家族は便利なメタファーになります。
● 3. 家族は“責任の所在を曖昧にできる”
象徴の家族は、誰が家長かを曖昧にするため、政治的責任を分散させる効果があります。
● 4. 家族は“反論しにくい”
「家族を大切に」という語りは、反対しづらい。そのため政治的メッセージとして非常に強い。
こうした理由から、
象徴の家族は政治にとって“使いやすい道具”
であり続けています。
以上AIの要約で分かりにくかったかもしれませんが、
少し具体的にいうと、「公助」「共助」「自助」という言葉がありますよね。
2000年に介護保険制度がスタートした時点では、確か「家族は愛を、ケアは専門家が」というようなスタンスだったように思います。もし上記に順番をつけるなら、「公助」⇒「共助」⇒「自助」だったと思います。でも、財源が乏しくなり(消費税は福祉目的でしたが)、要介護者が増えてくると、少しずつ「自助」が前面に出てきています。今は「自助」⇒「共助」⇒「公助」になっているのではないでしょうか。
この「自助」を語るとき、象徴としての「家族」が使われるような気がします。現実を見ない美しい家族像が強調され、「家族なんだから〇〇すべき」「家族が一番」と…。
現実の家族と象徴の家族像のズレが大きくなればなるほど、人は苦しむことになります。
ではもうどうしようもないのかといえば、
世界を見渡すと家族を生活の単位として見ている国もあるのです。
日本でもできないことはないのです。
ただ"象徴の家族”にしがみついて”、いいように道具として利用しているかぎり、
(最初の日下さんの記事に戻りますが)、
「親を捨ててもいいですか?」と切羽詰まった子どもが問えば、
カウンセラーの信田さよ子さんのように「捨ててもいいんじゃないですか」と答えるしかないのです。