5か月前に心配していたことが現実となり、どちらを向いても八方塞がりの重く暗い霧が立ち込めた状況に置かれ、どちらに歩んでいいのか、いやその一歩を出していいのかさえわからず、しかし自分の日常生活にはまったく支障がないように平然とふるまってきた、苦しさを外に出さないようにしてきた日々を思い返すと・・・。これは過去形にしていい話ではなく、心配事はいつまた大事になるかわからず、不安としては継続中であるものの、お正月明けに一区切りといっていい改善が見られ、漸く少し肩の荷を意識的におろしたところ。
心配事は自分のことではないので、自ら行動してどうにかできることではなかったけれど、それでも私は私の立場でできることを模索し考え調べ頼み、迷いながらもやってきた。ただそれがどれだけ手助けになったかはわからず、しかし一歩また一歩と好転の兆しが見えてきて、行きつ戻りつの歩みではあったけれど、前に進んでいる実感が持てるようになってきた。自問自答の繰り返し、自らを見つめ直す日々でもあった。元々の価値観や視点をも問われ、生き方自体を変化させることにもなった。そして願い祈り、歯を食いしばって空を見上げてきた毎日だった。
そして今、私は大丈夫なのか?そう問いかける日々。
精神的に強いと思ってきたし、たいていのことでは土台が揺らがないとの自負もあった。コップから水が溢れれば一吠えするが、それで収まる、そう思ってきた。が、自分の気持ちを押し込めたまま友達と談笑するのはとてもきついし、なにか楽しいことをしたり笑ったりするのもどこか空々しくて虚しかった。いくら平気を装っても、顔色や表情や体調など目に見える形で現れると、これはちょっと危ないかもしれないと。
友達の前で取り繕い、家族の前で取り繕い、平常心な自分を演出してきた。だれにも悩みを打ち明けずに。悩みは人に聞いてもらうだけで気持ちが軽くなる、それは本当なのだろうが、とてもじゃないが出来ない。見栄っぱりと揶揄されようが、やはりできない。笑って話せるのは心配事が過去形になってからのこと、現在進行形ではそうはいかない。話をした後、たぶんその行為自体を激しく後悔して、さらに落ち込みが一層ひどくなる、自分のそういう性格がわかっているから。
そう、話して気持ちを手放せる人もいれば、後悔する人もいるのだ。私は後者、だからブログにも書けない、事の外側の当たり障りないことだけ注意深く綴るだけ。それでもものすごい前進、私にとっては懸命な行為なのだ。
大丈夫大丈夫、私は大丈夫と確認しながらの日々だったが、最近本当にそうなのかと疑念を持ったことも書くことの後押しになった。友達に会いたくないとか、出かけたくないとか、趣味を楽しめないとか、家事に意欲が湧かないとか、頭痛や動悸がするとか、眠れないとか、顔色が悪いとか、いろいろな変化が積み重なって、それでもなんとかしてきたが。胸のあたりが詰まった気がする、それが気がするだけじゃなくて、本当に重苦しく詰まったようになり、頭と体が乖離したような感覚を覚え、これは少し危ないのではと自覚するに至った。けれどそれでも「私は大丈夫」と踏ん張っている。まだ心療内科にいかなくても平気か?家族に悟られない程度か?そう確認しながら自分を励ましている。
苦しさを抱えながら生きている人は、現代には相当数いるだろう。放り出して逃げ出すことのできない苦しい毎日、それでも人間は生きていかねばならない。社会に余裕があって明るい話題で満ちていたら、少しは希望も持てたかもしれない。しかし現実は非常に厳しい。一度転んだら自力で立ち上がるのにとても強い力がいる、弱者が二度と立ち上がれない社会になってしまった、してしまった。気持ちの弱い人、体の弱い人、生きる力の弱い人が生きやすい社会にしなくてはいけなかったのに、実際は逆行させてしまった責任はもちろん私にもある。
人生山あり谷あり、しかし山も谷もない人もいるわけで、ただそれを羨むのは筋違い、我が身に起こったことは運命とも宿命とも思って対峙するしかないのだから。よかれと思うことは何でもするし、手を合わせて祈ったりもする、それがせんないことであってもなにもしないより余程いい。常に頭から離れない事柄、しかし私はまだ精神的均衡を保っている。運動したり散策したり、気分を紛らわせる行動もしながら。ほうら、まだまだ大丈夫、ダイジョウブダカラネ。


