書いてる書き上げたときにも自分のものじゃない感があるのに。
よく書けないけど読める漢字ってあるけど、言葉が浮かんだけど
正確な意味を知らないっていう状況ってのもある。
(あんたおもしろいなーとか言われたらどこが?って聞く前にオレは
ベタやカウンターとオレの客観で判断したおもしろいところってここだよな
って判断してありがとうというだけっておかしかったなって反省。)
弐年とか弐ヶ月とか弐週間とか経ってると自分のものじゃない感がさらに膨らむ。
忘れてるってことなんだけど。
忘れてるけどやっぱ好きだなぁってことがPSPとかIPODとかで歌を聞いてるとあって。
自分のものだと思っていたものが実は他人のものだったりすることが昔あった。
あっちの山のものだと思っていたものがそっちかいとか。
代表的なものだからメジャーなこの人のだろうと思っていたら
マイナーな忘れていた人のものだったり。
(まぁ要するにニコ生のコメントを拾って採用したとかのほうがツボれるわけで。
そういう書き方のほうが楽しそうだなと。反省。)
(オレのも超自然的な現象で書いているとか言えば信じてもらえるだろうかとか)
ないことまであったと書くくせは誰のものだっけ。渡辺浩弐氏か。
この間の放送では予算をキャバクラ使ったと言ったりしてたな。
弐回受けてたから参回目言ったら突っ込まれてそのほうが面白いからと
嘘だと認めたり。どっちやねん。
(これはただの観察です)
ノンフィクションの真実なんて面白い事実であればいい。ノンフィクションはまずいか。
(誰が言ったんだろ)
エッセイみたいな小説、小説みたいなエッセイってあるじゃん。
パラレルな世紀への跳躍太田光氏とかさくらももこ氏とか。ああいうね。
その延長として対談のようなモノローグとかね。何を言ってるんだか。
(新しい何かを模索中)
虫ってサイズ無視にしたら強いよね。なんていうイマジネーションなんだとか。
虫だけわかったみたいな。
(アメトークのバキ芸人を見てバキをはじめて知りました)
というところでお時間です。じゃっ。
