トランペット練習のモチベーションを上げるために、スパイク・リーの「モ’・ベター・ブルース」を見た。ジャズ・ミュージシャンの日常を描いた映画で、二人の恋人と同時に付き合ったことと、友人の借金トラブルに巻き込まれた際に負った怪我で身の破滅を招く。この映画を最初に見たとき僕は大学生で、怪我から復帰した主人公(デンゼル・ワシントン)がさらに活躍するようなストーリーを期待したのだがそうならず、エンディングに肩透かしをくらった。30年を経て挫折や不義理を経験した後で見ると、「傲慢さを捨てて、人生の自然の流れに身をまかす」という成長譚であることがわかる。ただ、僕自身は「人生の自然な流れに身をまかす」ことが正しいことなのか、まだ結論が出ていない。目標を定めて、困難を乗り越えてそこに辿り着こうとする人たちにいまでも憧れる。

 

 1990年の映画だが、描かれるのはその当時のジャズシーンとは関係のない空想の世界だ。おしゃれなロフトに住んでいたり、新品のベネトンのような服を着ていたり、同じクラブに長期出演して安定した収入を得ているジャズ・ミュージシャンはいない。当時もいまも、ジャズ・ミュージシャンはポップスのバックで演奏することによって金を稼いでいる。ジャズには十分な収入を得るだけのオーディエンスがいないのだ。

 

 ジャズの名曲が随所に使われている。あまりにも有名な曲がオリジナル録音で使われていて、普通だったらダサくなりそうなところだが、スパイク・リーのハイセンスな映像と組み合わさってかなりクールである。サウンドトラックとしてオーケストラのオリジナル音楽も用意されているが、これはスパイク・リーの父親であるビル・リーの作曲だ。内省的でハーモニーが美しく、ジャズの伝統を感じることができる音楽で素晴らしい。ビル・リーは「Mo’ Better Blues」というオリジナル曲も提供している。

 

 見どころは演奏シーンだ。ブランフォード・マーサリスのバンドにテレンス・ブランチャード(トランペット)が加わった演奏で、90年代のモダンジャズとして完璧である。デンゼル・ワシントンとウェズリー・スナイプスはかなりうまく当て振りをやっているので、それぞれの楽器(トランペットとサックス)を実際に演奏できる人以外はほとんど気にならないだろう。実際に彼らが演奏していると勘違いする人もいるかもしれない。