マイルスの「Bitches Brew」に参加したミュージシャンは、このセッションの後で次々にフュージョンのバンドを立ち上げた。1970年にジョー・ザヴィヌルとウェイン・ショーターはWeather Reportを、1971年にジョン・マクラフィンはMahavishnu Orchestraを、同じ1971年にチック・コリアはReturn to Foeverの活動を開始している。

 

 このアルバムはジャム・セッションで録音された「Bitched Brew」とは異なり、丁寧に作曲された曲がバランスよく編曲されている。共通点は、ジャズ・ミュージシャンが電気楽器で演奏していることくらいかもしれない(チック・コリアは全編を通してフェンダー・ローズを、スタンリー・クラークはウッドベースとエレキベースを使い分けて演奏している)。ジャズにおける名曲というのは、記憶に残るメロディがあることよりも、即興のプラットフォームとして演奏者を刺激するコード転回や構成があることなのだが、その意味で、このアルバムは名曲揃いである。スタンリー・クラークの「Light as a Feather」を除いて、すべてチック・コリアの作曲で、彼の才能を最も堪能できるアルバムである。

 

 ラテン音楽の要素を多く取り入れているのも、このアルバムの特徴だ。ビバップでは、ベースはコード音を散りばめたベースラインを、即興で生み出していく。リズムは四分音符でほぼ一定している。このベースラインは聞いている者に抽象的な印象を与える。それこそがビバップの魅力なのだが、ポップスとはかけ離れている。これに対して、ラテン音楽ではベースに型があり、わかりやすい。スタンリー・クラークは、ラテン音楽とロックとジャズの要素を上手く組み合わせ、ベースだけでもずっと聞いていられるような、魅力的な演奏をしている。その他のラテン的な要素として、フルートやパーカッションの存在が挙げられる。どちらもモダン・ジャズではあまり使われない楽器だ。

 

 ボーカルが入っていることが時代を感じさせる。真面目で少し古臭い歌詞を聞くと、キング・クリムゾンを連想してしまう。どちらも少し中世的な印象があるのだ。歌詞があることで音楽が立体的になっているが、歌詞のクオリティは音楽のそれと比較して劣っている。ただ、ボーカルのサウンドは、このアルバムに欠かせない要素である。アルバムの聞きどころは、コリアのキーボードとクラークのベースだが、ボーカルの存在がそれらを際立たせている。コリアの演奏は本当に凄く、改めて聞きながら何度も「これ以上の即興演奏は世の中にない」と思った。