ラップというのは虚言入りの日記みたいなものだが、このアルバムについては文学と言ってもよいくらいのクオリティだ。前作の「goo kid, m.A.A.d city」でセレブリティに仲間入りしたケンドリックが、自分に与えられた名声と富と、自分の故郷である荒廃したコンプトンとの間で悩む姿が綴られている。以下の詩の最初の部分が何度も曲間に登場し、最後の「Mortal Man」で完成する。
お前が紛争に巻き込まれていたのを覚えている
自分の影響力を使い間違っていたんだ
俺も同じさ
自分の力を間違った方向に使っている
後悔ばかりだ
憤りが深い憂鬱に変わる
気がつくとホテルの部屋で叫んでいるんだ
自暴自棄になりたいわけじゃないのに
ルーシーという名前の悪魔がいつも側にいるんだ
だから、答えを探しに外に走り出す
そして家に戻る
でも、自分だけ生き残ったという罪の意識は消えない
自分がもらった勲章のことを考えるようとする
もしくは自分の才能がいかに優れていたかとか
親愛なる者たちが故郷で戦いを続けるなか
俺は新しい戦いに立ち向かう
アパルトヘイトと差別という戦い
故郷に帰ってホーミーに俺が学んだものを伝えたくなる
「リスペクト」という言葉だ
違う色を身につけたギャングだからといって
同じ黒人としてリスペクトできない理由はない
ストリートでお互いを傷つけ合ったことを忘れるんだ
リスペクトを持って力を合わせて
俺たちを殺そうとしている敵に立ち向かえ
でも、わかんねぇ
俺は不死身の男じゃないから
きっと、ただのニガーなんだろう
ラップの内容で面白いのは、クンタキンテを引用している「King Kunta」、ルーシーという名前の悪魔とのダイアログになっている「For Sale?」、1ドルを恵むことを断ったホームレスが実は神だったという「How Much a Dollar Cost」の 3曲だ。検索すれば訳詞に取り組んでいるブログが見つかるので、読んでみてもらいたい。
ラップのスキルとは押韻も含めた歌詞のセンスと、リズムの組み方やズレ方(フロー)のことを指すが、ケンドリックの場合は、「いつ息を吸ってんだ?」と聞きたくなるくらいに畳み込む、長いフレーズに圧倒される。こう書くと単に肺活量が凄いみたいに思えるかもしれないが、次から次へと言葉を繋いでいくことができるのは、圧倒的な知性がある証拠だ。チャーリーパーカーの即興演奏がそうであったように。
キャッチーなのは、「King Kunta」、ファレルがプロデュースした「Alright」、自己肯定のメッセージソングである「i」あたりだろう。YouTube にビデオがアップされているので、これまでケンドリック・ラマーを聴いたことがない人は、映像を見ることから始めるのをお勧めする。
サウンド・プロダクションのレベルも高い。サンプリングと楽器演奏とラップがうまく混ざり合い、音楽というよりもコラージュを聴いているようだ。「For Free?」のコンテンポラリ・ジャズ、「These Walls」や「You Ain’t Gotta Lie」のネオ・ソウル、「i」のロックサウンドとバラエティが豊富で聴き込んでもなかなか飽きない。
「もののけ姫」が社会現象となる大ヒットになったときに、プロデューサーの鈴木敏夫がヒットした理由を聞かれ、「大作感があり、同時代の皆が感心あるテーマを扱っていたからだと分析している」と答えている。「To Pimp a Butterfly」は正にそんなアルバムで、ヒップホップクラシックとして長く聴き継がれていくだろう。