去る20日で、あの地下鉄サリン事件から、早くも20年が経ちました
皆さんは当時、一連のオウム事件に、どんな思いで対されていましたか?
私はまだ在隊中でしたので、到底他人事ではありませんでした。
というのも、本当にあの時には、治安出動命令が下される一歩手前まで行っていたからです
営内隊員の外出許可は全て取り消され、陸海空全部隊にコックド・ピストル(出動命令に一番近い体制で、最大級の警戒動員命令コードネーム)が発令
それは、上九一色村への強制捜査時にピークに達しました
オウム側がサリン若しくは銃器で反撃してきた場合には、警察は即刻退避、治安出動が下令されて、第一空挺団が制圧する作戦計画まで立てられていたのです。
その為の部隊は極秘裡に一部教団施設周辺に展開し、残りは空挺降下作戦に備えてC1輸送機に乗り組んで待機しておりました。
本当にあと一歩、あと一歩間違えば、自衛隊が同じ日本国民に銃を向ける悲劇が起きていたかも知れないのです
麻原が無事逮捕され、状況が終了した時は、膝から崩れ落ちるほどの安堵感を味わったものでした
只あの当時、非常に腹立たしく思った事があります。
一連のオウム事件の発端となった坂本弁護士一家失踪事件で、仲間の弁護士達が警察に、オウムへの強制捜査を強硬に要求した事です。
当時(今もですが)彼等は共産党の影響下にあり、過激派活動家の弁護を手弁当で行う様な、根っからの反体制、反日思想を持つ、いわゆる「人権屋」で、その実態は弁護士というより殆ど活動家に近いものでした。
そういう、日頃何かといえば警察の足を引っ張ってきた連中が、いざ都合が悪くなると警察に守ってもらおうと醜く足掻くそのザマに、心底吐き気を覚えたものです
大体、証拠らしい証拠が何一つ無かったあの段階で、裁判所が捜索令状を発行する筈がありません。
仮に万一、強制捜査が出来たとしても、それはお前らの様な人権屋が真っ先に反対する事違うんかい

その得手勝手さが、叩き斬ってやりたいほど癪に障りましたわ
それはそれとして、あの事件は未だ解明されていない謎が多く、その闇は非常に深いものです
オウムは武装路線に走った頃から、北朝鮮と相当密接な関係にありました。
彼等が北朝鮮と組んで、その活動資金源として覚醒剤を密造していた事や、武器製造のノウハウを得ていた事は事実です。
然し、オウムのクーデター計画はお粗末極まりない杜撰なもので、それ故にあっさりと警察に潰されてしまいました。
北朝鮮の様なシビアで強かな国家が、そんな相手と本気で組む筈がないのです。
リスクが大き過ぎますからね。
事実、オウムが崩壊し始めると、彼等は驚くほど速やかに手を引きましたし、一連のオウムとの取引で得た金やメリットなど、微々たるものなんですよね。
ならば何故、北朝鮮は一時的とは言えオウムと提携したのか?
露見すれば国際世論を全て敵にまわすリスクを犯してまで、敢えてオウムと接触し続けたのは何故なのか?
村井幹部刺殺にも、北朝鮮の影が感じられます。
國松警察庁長官狙撃事件にしても然り。
一体、彼等の具体的役割と目的は何だったのか?
何一つ解明されておらぬ闇の深さに、底知れぬ不気味さを感じざるを得ません
謎といえばもう一つ。
当時、テレビでは、麻原が衆院選の折、電話で新美死刑囚を叱責する音声がよく流れていました
あれは完全に盗聴音声でしたが、当時はまだ捜査機関にさえ、盗聴は認められていなかったのです。
つまり、あの音声は違法に録られたものだったのです。
にも拘わらず、それを問題にしたジャーナリストは一人もいませんでした。
これは一体どういう事なんでしょうか?
いくら考えても判りません
20年という歳月の中で、あの惨劇が忘却の彼方へ追いやられ、事件を知らぬ若者達が、またぞろオウムの罠に搦め捕られつつあります
アレフなる後継団体は、名前だけ変えても中身はオウムのままです。
彼等はそれを隠すどころか、麻原のポスターが貼られた祭壇の写真等を、堂々と外部に公表しております
つまり、欠片も反省などしておらず、またいつでもテロをやると宣言し、我々に挑戦状を突き付けているのです。
夢々監視を怠らぬ様にしましょう
そして周りの若者達に、彼等の危険性を語り継いでいきましょう







皆さんは当時、一連のオウム事件に、どんな思いで対されていましたか?
私はまだ在隊中でしたので、到底他人事ではありませんでした。
というのも、本当にあの時には、治安出動命令が下される一歩手前まで行っていたからです

営内隊員の外出許可は全て取り消され、陸海空全部隊にコックド・ピストル(出動命令に一番近い体制で、最大級の警戒動員命令コードネーム)が発令

それは、上九一色村への強制捜査時にピークに達しました

オウム側がサリン若しくは銃器で反撃してきた場合には、警察は即刻退避、治安出動が下令されて、第一空挺団が制圧する作戦計画まで立てられていたのです。
その為の部隊は極秘裡に一部教団施設周辺に展開し、残りは空挺降下作戦に備えてC1輸送機に乗り組んで待機しておりました。
本当にあと一歩、あと一歩間違えば、自衛隊が同じ日本国民に銃を向ける悲劇が起きていたかも知れないのです

麻原が無事逮捕され、状況が終了した時は、膝から崩れ落ちるほどの安堵感を味わったものでした

只あの当時、非常に腹立たしく思った事があります。
一連のオウム事件の発端となった坂本弁護士一家失踪事件で、仲間の弁護士達が警察に、オウムへの強制捜査を強硬に要求した事です。
当時(今もですが)彼等は共産党の影響下にあり、過激派活動家の弁護を手弁当で行う様な、根っからの反体制、反日思想を持つ、いわゆる「人権屋」で、その実態は弁護士というより殆ど活動家に近いものでした。
そういう、日頃何かといえば警察の足を引っ張ってきた連中が、いざ都合が悪くなると警察に守ってもらおうと醜く足掻くそのザマに、心底吐き気を覚えたものです

大体、証拠らしい証拠が何一つ無かったあの段階で、裁判所が捜索令状を発行する筈がありません。
仮に万一、強制捜査が出来たとしても、それはお前らの様な人権屋が真っ先に反対する事違うんかい


その得手勝手さが、叩き斬ってやりたいほど癪に障りましたわ

それはそれとして、あの事件は未だ解明されていない謎が多く、その闇は非常に深いものです

オウムは武装路線に走った頃から、北朝鮮と相当密接な関係にありました。
彼等が北朝鮮と組んで、その活動資金源として覚醒剤を密造していた事や、武器製造のノウハウを得ていた事は事実です。
然し、オウムのクーデター計画はお粗末極まりない杜撰なもので、それ故にあっさりと警察に潰されてしまいました。
北朝鮮の様なシビアで強かな国家が、そんな相手と本気で組む筈がないのです。
リスクが大き過ぎますからね。
事実、オウムが崩壊し始めると、彼等は驚くほど速やかに手を引きましたし、一連のオウムとの取引で得た金やメリットなど、微々たるものなんですよね。
ならば何故、北朝鮮は一時的とは言えオウムと提携したのか?
露見すれば国際世論を全て敵にまわすリスクを犯してまで、敢えてオウムと接触し続けたのは何故なのか?
村井幹部刺殺にも、北朝鮮の影が感じられます。
國松警察庁長官狙撃事件にしても然り。
一体、彼等の具体的役割と目的は何だったのか?
何一つ解明されておらぬ闇の深さに、底知れぬ不気味さを感じざるを得ません

謎といえばもう一つ。
当時、テレビでは、麻原が衆院選の折、電話で新美死刑囚を叱責する音声がよく流れていました

あれは完全に盗聴音声でしたが、当時はまだ捜査機関にさえ、盗聴は認められていなかったのです。
つまり、あの音声は違法に録られたものだったのです。
にも拘わらず、それを問題にしたジャーナリストは一人もいませんでした。
これは一体どういう事なんでしょうか?
いくら考えても判りません

20年という歳月の中で、あの惨劇が忘却の彼方へ追いやられ、事件を知らぬ若者達が、またぞろオウムの罠に搦め捕られつつあります

アレフなる後継団体は、名前だけ変えても中身はオウムのままです。
彼等はそれを隠すどころか、麻原のポスターが貼られた祭壇の写真等を、堂々と外部に公表しております

つまり、欠片も反省などしておらず、またいつでもテロをやると宣言し、我々に挑戦状を突き付けているのです。
夢々監視を怠らぬ様にしましょう

そして周りの若者達に、彼等の危険性を語り継いでいきましょう






