東日本大震災から四年経った今日、何か申し上げようとしても中々言葉になりません。
それでふと過去記事を見てみると、今の私の心情にピッタリ合致するものがありました。


昨年3月11日に書いた記事でございます。
これに何を足す必要はないし、何かを引く必要もないと考えます。
よって本日の記事は、それを一部訂正して(細かい数字等)再録させて頂こうと思います。
手抜きの様で申し訳ありませんが、私には今、これ以上のものは書けないので、何卒御理解のほど宜しくお願い申し上げます。
では始めさせて頂きます。


再録始め




2011年3月11日14時46分ビックリマーク
日本人なら、誰もこの日の悪夢を忘れる事は出来ないでしょう。
津波と震災、原発事故で東北地方に壊滅的な打撃を与え、二万余の犠牲者を出した東日本大震災から、今日で丸四年になります。


確かに鎚音も高く人々は立ち上がり、それぞれの部署で復興に邁進していますが、我々はその記憶に鍵をかけてしまっていないでしょうか?
忘れたい悪夢として、敢えて無かった事にしようとしていないでしょうか?
とんでもないビックリマークそんな事は絶対に許されないのですビックリマーク例え無意識だったとしてもビックリマーク


思い出してみて下さい。
悪魔の舌の如く、全てを粉砕して飲み込んでいった津波。
行方不明になってしまった親の姿を求めて、海に向かって泣き叫ぶ幼児。
火葬施設が間に合わず、自衛官の敬礼によって土葬で送られた数多の棺。
軒並み品不足に陥って、北朝鮮かと見間違うばかりにがらんどうになったスーパーの陳列棚(遠く離れた此処名古屋も例外ではありませんでした)。
近代に入ってからの我が国では、関東大震災、大東亜戦争に並ぶ国難と言えるでしょう。


為政者や他国の正体が、はっきり判った事件でもありましたね。
売国奴集団民主党のクズどもは無能にして無為無策、傘下の反日団体ピースボートなど、全国から集まった義援金や義援物資を支那や北チョンに横流しして暖衣飽食に耽っていたのですから、最早何をか言わんやビックリマーク
当時の東京電力の会長は億を越す退職金を懐に、責任を放擲してさっさと逃亡してしまいました。


また、台湾が、同盟国アメリカ以上の義援金を送ってくれた事は決して忘れてはなりません。
一方、例によって隣のチョンは、直後に行われたサッカーの国際試合で、御丁寧にも日本語で
「この度の震災をお祝いします」
と書かれた垂れ幕を掲げ、あまつさえ義援金予定だった金を全て竹島警備隊の予算に廻しました。
誰が為政者に相応しいのか、どの国が敵か味方か、これではっきり判りましたね。


土壇場に追い詰められた時こそ、その人間の本性が顕れます。
また、試練の時の友こそ、真の友であります。
震災対策や原発の可否等の議論検証も勿論大切ですが、あの未曾有の国難の際に、誰が何をしたかという事こそ、しっかり記憶に留めておかなければならないと思うのです。
そして将来二度と同じ過ちを繰り返さぬ為にも、その記憶を絶対に風化させてはならないと思うのです。
それこそが二万余の尊い犠牲者に報いる道であり、我等が祖先と子孫に対する義務だと信じます。


私の親戚や友人知人、その周りの方々は奇跡的に惨禍を免れましたが、仙台にお住まいのブロ友、睦月嬢は御親戚を大勢亡くされました。
本当に悲しい事です。
罪無き尊い犠牲者に、この歌を捧げたい。
どうか安らかにお眠り下さい。
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花は咲く☆

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