とは言っても家内の腹の子の事ではありませんので悪しからず
定期購読している国際情報誌「SAPIO」の1コーナーに深川峻太郎氏によるエッセイがあります
それが非常に秀逸だったので、是非皆さんにも御目にかけたいと思った次第
では、ごゆっくり御覧下さい
日本人のホコロビ
深川峻太郎
我が子の追っかけ
特定の季節に家族との時間を犠牲にする仕事は色々ある。
レストラン関係者やケーキ関係者はクリスマスに家族と一緒に過ごしにくいだろうし、海の家をやっている人は家族と海水浴に行くのが難しそうだ。
彼等からサービスを受けていると、ちょっと申し訳ない気持ちになったりもするが、まあ、それが仕事なんだから仕方がない。
「今日は家族と初詣だから」
正月にそんな理由で有給休暇を取る神主はイヤだ。
だが、それに近い事をやってのけた強者がいる。
埼玉の県立高校に勤める50代の女性教諭だ。
勤務先の入学式の日に有給休暇を取り、息子の高校の入学式に保護者として出席。
しかもこの先生、新入生の担任なのだから、叩かれない訳がない。
早速政治家達が、
「権利ばかり言う教員はいらない。」
「教師の誇りと使命感は失われているのだろうか」
等とネット上で騒いでみせた。
まあ、いつもの紋切り型だ。
これに対して、
「教員も労働者としての権利がある。
ブラック企業じゃあるまいし、規定通りに有給休暇を取って何が悪い」
という反論が出た。
これまたお約束の展開である。
確かに、ルールに照らせば、この教諭には何の非もない。
「聖職者としてどうなんだ」的なセンチメンタリズムは、ルール論の前に無力である。
ルールを守った人を「許すか許さないか」と議論しても仕方がない。
彼女には息子の入学式に行く自由があるし、大事な仕事を休んで生徒や保護者に嫌われる自由もある。
好きにすれば良い。
一方で、有給休暇を認めた使用者側の判断を問題視する指摘もあった。
休まれては困る日もあるので、使用者側には
「別の日にしてくれ」
と命令する権限がある。
入学式に新入生の担任が不在ではマズいから、(肉親の死亡などの深刻な事態ならともかく)息子の入学式ぐらいの理由なら、その権限が優先されていいだろう。
だが、学校側はそうしなかった。
「息子の入学式じゃ仕方ないよねー」
と(言ったかどうかは知らないが)有給休暇を認めたのである。
それはなぜか。
「こ、この入学式だけは……!」
という親の訴えが説得力を持つ様な人情話が隠れている可能性も、ゼロではない。
だが報じられた範囲で考える限り、学校側が休暇を認めたのは、こんな価値観が世間を支配しているからではないだろうか。
「子供の入学式は、親の葬式と同じぐらい大事」
そんな風潮が無言の圧力となって、「有給休暇OK」の判断になった様に私には思える。
私も1年前に息子の高校の入学式に参加したが、そこには会社で有給休暇を取ったとおぼしき保護者が大勢いた。
フリーの私は
「へへへ、おいらは平日でも行けるもんね」
と優越感に浸れると思っていたので、ちょっとガッカリしたものだ。
それと同時に、
「みんな、こんなに子供の事が好きで大丈夫?」
とも思った。
「お前が言うな!」
という話だが、私は自分の事を棚に上げない男なので、このコラムでも昨年、それに関する自己批判をしている。
私達は、我が子に関与し過ぎるあまり、自立心の成長を邪魔してはいないか。
反省しろ私達。
女性教諭の擁護論には、
「生徒より息子の方が大事に決まってんじゃん」
という身も蓋も無い意見もあった。
だが、仮にそうだとしても、この女性教諭が息子を大事にした事になるとは思えない。
むしろ逆だ。
私なら、大事な仕事を休んでまで入学式に行く姿を息子には見せたくない。
もし自分が教員で、息子に
「えー、俺より生徒の方が大事なのかよ」
と言われたら、
「仕事ってのはなぁ」
と叱り飛ばすだろう。
だから、息子に職業意識の大切さを教え損ねたこの女性教諭が、我が子を大事にしたとは私は思わない。
これは、保護者ではなく「ファン」のやる事だ。
大事なコンサートには、有給休暇を取ってでも駆け付ける。
いや、相手に迷惑をかけるのだから、ファンというより「追っかけ」か。
学校行事には、そんな風情でカメラを構える親が山ほどいる。
卒業式ともなれば、校門で「出待ち」だ。
追っかけが「ストーカー」になるまで、そう時間はかからないだろう。
親を持つ高校生諸君。
それがイヤなら、親には
「仕事を優先してくれ」
と説諭すべし。
自分の身は、自分で守るのだ。
これには全面的に賛成ですね
覚えていて下されば嬉しいのですが、私も拙ブログ昨年6月9日のこの記事で、似た様な事を書いた覚えがあるからです
昔から、子は親の背中を見て育つと申します。
人は皆何らかの職に就いて(勿論、専業主婦も立派な職業です)社会に参加し、納税をする事が求められますが、それは並大抵の厳しさではありません
時には家族の安全や健康よりも、仕事を優先させねばならない場合もあります。
物凄い抵抗を感じるものです。
そんな時に己を支えてくれるのがプロ意識です。
自分の他に代わりはいないという強烈な誇りと義務感が、そのバックボーンになっているのです。
それを一番身近で教えるべき親がグラついていては、働くとは何たるか、プロ意識とはどういうものかという事を、子供はついぞ理解しないまま社会に放り出される事になります
考えてみれば、この方がよほど残酷ですよね
氏は、有給休暇の取得を許可した学校側の管理責任にも触れておられましたが、これは完全な盲点でした。
流石は深川氏、鋭く多面的な観察眼をお持ちだ
あと二ヶ月あまりで生まれてくる我が子にも、適度に突き放した育児を心がけようと思います
特に私は父親ですからね。
亡き父がよく言ってたもんです、
「親父なんてものは、家の中で威厳さえ保っとりゃそれでエエ。
あとは黙って嫁さんに任しとくもんや」
我が父ながら、真実を衝いた言葉だと感心しております
皆さんは如何思われますか
異論反論大歓迎、是非お聞かせ願いたいのです


宜しくお願い申し上げます
m(__)mo(^-^)o(^0^)/

定期購読している国際情報誌「SAPIO」の1コーナーに深川峻太郎氏によるエッセイがあります

それが非常に秀逸だったので、是非皆さんにも御目にかけたいと思った次第

では、ごゆっくり御覧下さい

日本人のホコロビ
深川峻太郎
我が子の追っかけ
特定の季節に家族との時間を犠牲にする仕事は色々ある。
レストラン関係者やケーキ関係者はクリスマスに家族と一緒に過ごしにくいだろうし、海の家をやっている人は家族と海水浴に行くのが難しそうだ。
彼等からサービスを受けていると、ちょっと申し訳ない気持ちになったりもするが、まあ、それが仕事なんだから仕方がない。
「今日は家族と初詣だから」
正月にそんな理由で有給休暇を取る神主はイヤだ。
だが、それに近い事をやってのけた強者がいる。
埼玉の県立高校に勤める50代の女性教諭だ。
勤務先の入学式の日に有給休暇を取り、息子の高校の入学式に保護者として出席。
しかもこの先生、新入生の担任なのだから、叩かれない訳がない。
早速政治家達が、
「権利ばかり言う教員はいらない。」
「教師の誇りと使命感は失われているのだろうか」
等とネット上で騒いでみせた。
まあ、いつもの紋切り型だ。
これに対して、
「教員も労働者としての権利がある。
ブラック企業じゃあるまいし、規定通りに有給休暇を取って何が悪い」
という反論が出た。
これまたお約束の展開である。
確かに、ルールに照らせば、この教諭には何の非もない。
「聖職者としてどうなんだ」的なセンチメンタリズムは、ルール論の前に無力である。
ルールを守った人を「許すか許さないか」と議論しても仕方がない。
彼女には息子の入学式に行く自由があるし、大事な仕事を休んで生徒や保護者に嫌われる自由もある。
好きにすれば良い。
一方で、有給休暇を認めた使用者側の判断を問題視する指摘もあった。
休まれては困る日もあるので、使用者側には
「別の日にしてくれ」
と命令する権限がある。
入学式に新入生の担任が不在ではマズいから、(肉親の死亡などの深刻な事態ならともかく)息子の入学式ぐらいの理由なら、その権限が優先されていいだろう。
だが、学校側はそうしなかった。
「息子の入学式じゃ仕方ないよねー」
と(言ったかどうかは知らないが)有給休暇を認めたのである。
それはなぜか。
「こ、この入学式だけは……!」
という親の訴えが説得力を持つ様な人情話が隠れている可能性も、ゼロではない。
だが報じられた範囲で考える限り、学校側が休暇を認めたのは、こんな価値観が世間を支配しているからではないだろうか。
「子供の入学式は、親の葬式と同じぐらい大事」
そんな風潮が無言の圧力となって、「有給休暇OK」の判断になった様に私には思える。
私も1年前に息子の高校の入学式に参加したが、そこには会社で有給休暇を取ったとおぼしき保護者が大勢いた。
フリーの私は
「へへへ、おいらは平日でも行けるもんね」
と優越感に浸れると思っていたので、ちょっとガッカリしたものだ。
それと同時に、
「みんな、こんなに子供の事が好きで大丈夫?」
とも思った。
「お前が言うな!」
という話だが、私は自分の事を棚に上げない男なので、このコラムでも昨年、それに関する自己批判をしている。
私達は、我が子に関与し過ぎるあまり、自立心の成長を邪魔してはいないか。
反省しろ私達。
女性教諭の擁護論には、
「生徒より息子の方が大事に決まってんじゃん」
という身も蓋も無い意見もあった。
だが、仮にそうだとしても、この女性教諭が息子を大事にした事になるとは思えない。
むしろ逆だ。
私なら、大事な仕事を休んでまで入学式に行く姿を息子には見せたくない。
もし自分が教員で、息子に
「えー、俺より生徒の方が大事なのかよ」
と言われたら、
「仕事ってのはなぁ」
と叱り飛ばすだろう。
だから、息子に職業意識の大切さを教え損ねたこの女性教諭が、我が子を大事にしたとは私は思わない。
これは、保護者ではなく「ファン」のやる事だ。
大事なコンサートには、有給休暇を取ってでも駆け付ける。
いや、相手に迷惑をかけるのだから、ファンというより「追っかけ」か。
学校行事には、そんな風情でカメラを構える親が山ほどいる。
卒業式ともなれば、校門で「出待ち」だ。
追っかけが「ストーカー」になるまで、そう時間はかからないだろう。
親を持つ高校生諸君。
それがイヤなら、親には
「仕事を優先してくれ」
と説諭すべし。
自分の身は、自分で守るのだ。
これには全面的に賛成ですね

覚えていて下されば嬉しいのですが、私も拙ブログ昨年6月9日のこの記事で、似た様な事を書いた覚えがあるからです

昔から、子は親の背中を見て育つと申します。
人は皆何らかの職に就いて(勿論、専業主婦も立派な職業です)社会に参加し、納税をする事が求められますが、それは並大抵の厳しさではありません

時には家族の安全や健康よりも、仕事を優先させねばならない場合もあります。
物凄い抵抗を感じるものです。
そんな時に己を支えてくれるのがプロ意識です。
自分の他に代わりはいないという強烈な誇りと義務感が、そのバックボーンになっているのです。
それを一番身近で教えるべき親がグラついていては、働くとは何たるか、プロ意識とはどういうものかという事を、子供はついぞ理解しないまま社会に放り出される事になります

考えてみれば、この方がよほど残酷ですよね

氏は、有給休暇の取得を許可した学校側の管理責任にも触れておられましたが、これは完全な盲点でした。
流石は深川氏、鋭く多面的な観察眼をお持ちだ

あと二ヶ月あまりで生まれてくる我が子にも、適度に突き放した育児を心がけようと思います

特に私は父親ですからね。
亡き父がよく言ってたもんです、
「親父なんてものは、家の中で威厳さえ保っとりゃそれでエエ。
あとは黙って嫁さんに任しとくもんや」
我が父ながら、真実を衝いた言葉だと感心しております

皆さんは如何思われますか

異論反論大歓迎、是非お聞かせ願いたいのです



宜しくお願い申し上げます
m(__)mo(^-^)o(^0^)/