いつの時代にも言われる事とは言え、最近はとみに日本語の乱れが叫ばれます
これはネットが発達して以来、急速に進行していった現象の様に思われるのですが、文章に携わるプロフェッショナルの方もそう考えておいでの様です。
その方こそ伊集院静氏
氏が週刊文春10月24日号で、連載している悩み相談コーナーに於いて慧眼を披露して下さっております。
当ブログでは昨年3月10日のこの記事以来、一年半以上ぶりの登場ですが、是非皆さんにも御覧頂きたく、引用申し上げます
ではごゆっくり御覧下さいませ

伊集院静の「悩むが花」
Q
長い間海外で暮らしてきましたが、今回二十五年ぶりに家族で帰国して日本に住む事になりました。
海外で生まれた娘はハーフで、綺麗な品のある日本語を教えようと努めてきました。
ところが日本に帰って来てみると、けっこうな年齢の女性さえも「でかっ!」「ヤバイ」「スゲー」等の言葉遣いをしていて……
いったい日本はどうなっているのでしょうか。
(46歳・女)
A
お母さん、あなたの心配はよく判ります。
たしかに、この頃の日本語は乱れているというか、行儀の良くない日本語を平気で使っているね。
特に若い娘が使う言葉は聞いていて、ビックリする様なものがあるね。
ひと昔前は、テレビ放送の中で使用される行儀の悪い言葉を若い人達が使って、それが日本語の乱れを生んでいると言われていたけど、今はそうじゃないね。
若い人同士が会話する一番頻度の高い場所での言葉の使われ方がおかしくなっているんだね。
その場所とは、放課後の校庭でも、登下校の道すがらでもなく、メールまたはツイッターなどで書き込まれる日本語がおかしくなっているんだね。
メール、ツイッター、ブログなどに書き込まれている日本語が、言葉に即効性とインパクトを求める為にどんどん簡略化されているのが日本語の乱れの原因のひとつなんだ。
その簡略化された日本語を、そのまま会話の言葉に使っているんだね。
メールなどは一見、文字と文字の交信に見えるけれど、実は人間の脳は言葉を文章化する時に発音をしているし、文章を読む時も脳は発音しているんだ。
それは一瞬の間での事だけど、言葉を理解するとはそういう事なんだ。
若い人がメールを交信し合う数が増えれば増えるほど、そこで使用される言葉が彼等の言葉の主力になって身に付いていく。
だから普段の会話も、書き込みの文章の特徴である即効性、インパクト、簡略化が当たり前となって口から出るんだ。
これは日本語だけじゃなく、英語圏の国々やヨーロッパでも同じ様に母国語の変容になり、本来、その言葉が持っている語感の美しさ、抒情性を喪失させているんだ。
ではどうしたら、日本語が元来持っている言語の美しさ、抒情性を若い人に身に付けさせる事が出来るか。
その為には、すぐに理解出来なくとも、美しい日本語に接する数、場面をなるたけ多く作ってやる事だ。
学校での教育の場でもそうだが、相手から無理にこれを使えと言われても、若い人が持つレジスト能力はそうた易く受け入れはしないものだ。
一番いいのはやはり家庭の中で日本語の使い方をよくよく注意して、お母さん達から率先して美しい言葉を使う事だね。
子供達が間違った日本語を使っていると思えば、その度毎に注意する事だ。
“鉄は熱いうちに打て”と言う様に、子供の時に覚えた言葉遣いは生涯忘れる事はないものだ。
「どうしてそんな言葉を使わなくちゃいけないの?」
と子供が訊いたら、
「それはあなたが日本人である証なの。
今は判らなくとも、大人になったら、その言葉遣いを身に付けておいて良かったという時が必ず来ますから」
と答えてやるんだね。
母国語というものは、その国の精神的支柱の根源にあるものだから。
人間としての尊厳、誇り、慈愛といったものはすべてきちんとした言葉の中から生まれ、成長していくものだから。
世界に約六千種余の言語があって、日本語の素晴らしさはベスト3に入ると私は思っています。
最後に言っておくけど、言語、言葉は生きものだから、その使い方で、どんなかたちにも変容するし、進化するし、廃れる事もあるのも事実ですから。
何やら講義を聞いているふうに聞こえたかも知れませんが、日本語を守り、育てるのは学校の国語の教師でも、言語学者でもなく、一人一人の日本人、お母さん、あなたですから!
そう、皆さん、母親であり主婦である貴女方こそが、我が国の文化を守る最初にして最後の愛の戦士なのです

氏の仰る、世界でも最高峰の言葉と、そこから発生した文化を護ってきたのはYOU
そう
今これをお読み下さっている貴女に他ならないのです

どうかこの事を、夢々お忘れなき様に


任務完遂を、伏してお願い申し上げ奉りまする。
どういう訳か、氏の文章を読み終わった時にこの歌が頭に浮かびました(ここからでも観られます)
私はべつに極真や故大山氏を信奉している訳でも何でもなく、寧ろ批判的なんですがね
でもこの歌の歌詞の様にとは行かないまでも、美しい日本語と日本文化を守る為に、伊集院氏の言葉を胸に留めておかねばならぬと思いました
ちょっと替え歌。
言葉の道は 人の道
乱れ許さず 我行かん
豊葦原の 連(むらじ)の民も
矛取る道は 神州道(かみすみち)

では素晴らしきプライムタイムを



また明日








これはネットが発達して以来、急速に進行していった現象の様に思われるのですが、文章に携わるプロフェッショナルの方もそう考えておいでの様です。
その方こそ伊集院静氏

氏が週刊文春10月24日号で、連載している悩み相談コーナーに於いて慧眼を披露して下さっております。
当ブログでは昨年3月10日のこの記事以来、一年半以上ぶりの登場ですが、是非皆さんにも御覧頂きたく、引用申し上げます

ではごゆっくり御覧下さいませ


伊集院静の「悩むが花」
Q
長い間海外で暮らしてきましたが、今回二十五年ぶりに家族で帰国して日本に住む事になりました。
海外で生まれた娘はハーフで、綺麗な品のある日本語を教えようと努めてきました。
ところが日本に帰って来てみると、けっこうな年齢の女性さえも「でかっ!」「ヤバイ」「スゲー」等の言葉遣いをしていて……
いったい日本はどうなっているのでしょうか。
(46歳・女)
A
お母さん、あなたの心配はよく判ります。
たしかに、この頃の日本語は乱れているというか、行儀の良くない日本語を平気で使っているね。
特に若い娘が使う言葉は聞いていて、ビックリする様なものがあるね。
ひと昔前は、テレビ放送の中で使用される行儀の悪い言葉を若い人達が使って、それが日本語の乱れを生んでいると言われていたけど、今はそうじゃないね。
若い人同士が会話する一番頻度の高い場所での言葉の使われ方がおかしくなっているんだね。
その場所とは、放課後の校庭でも、登下校の道すがらでもなく、メールまたはツイッターなどで書き込まれる日本語がおかしくなっているんだね。
メール、ツイッター、ブログなどに書き込まれている日本語が、言葉に即効性とインパクトを求める為にどんどん簡略化されているのが日本語の乱れの原因のひとつなんだ。
その簡略化された日本語を、そのまま会話の言葉に使っているんだね。
メールなどは一見、文字と文字の交信に見えるけれど、実は人間の脳は言葉を文章化する時に発音をしているし、文章を読む時も脳は発音しているんだ。
それは一瞬の間での事だけど、言葉を理解するとはそういう事なんだ。
若い人がメールを交信し合う数が増えれば増えるほど、そこで使用される言葉が彼等の言葉の主力になって身に付いていく。
だから普段の会話も、書き込みの文章の特徴である即効性、インパクト、簡略化が当たり前となって口から出るんだ。
これは日本語だけじゃなく、英語圏の国々やヨーロッパでも同じ様に母国語の変容になり、本来、その言葉が持っている語感の美しさ、抒情性を喪失させているんだ。
ではどうしたら、日本語が元来持っている言語の美しさ、抒情性を若い人に身に付けさせる事が出来るか。
その為には、すぐに理解出来なくとも、美しい日本語に接する数、場面をなるたけ多く作ってやる事だ。
学校での教育の場でもそうだが、相手から無理にこれを使えと言われても、若い人が持つレジスト能力はそうた易く受け入れはしないものだ。
一番いいのはやはり家庭の中で日本語の使い方をよくよく注意して、お母さん達から率先して美しい言葉を使う事だね。
子供達が間違った日本語を使っていると思えば、その度毎に注意する事だ。
“鉄は熱いうちに打て”と言う様に、子供の時に覚えた言葉遣いは生涯忘れる事はないものだ。
「どうしてそんな言葉を使わなくちゃいけないの?」
と子供が訊いたら、
「それはあなたが日本人である証なの。
今は判らなくとも、大人になったら、その言葉遣いを身に付けておいて良かったという時が必ず来ますから」
と答えてやるんだね。
母国語というものは、その国の精神的支柱の根源にあるものだから。
人間としての尊厳、誇り、慈愛といったものはすべてきちんとした言葉の中から生まれ、成長していくものだから。
世界に約六千種余の言語があって、日本語の素晴らしさはベスト3に入ると私は思っています。
最後に言っておくけど、言語、言葉は生きものだから、その使い方で、どんなかたちにも変容するし、進化するし、廃れる事もあるのも事実ですから。
何やら講義を聞いているふうに聞こえたかも知れませんが、日本語を守り、育てるのは学校の国語の教師でも、言語学者でもなく、一人一人の日本人、お母さん、あなたですから!

そう、皆さん、母親であり主婦である貴女方こそが、我が国の文化を守る最初にして最後の愛の戦士なのです


氏の仰る、世界でも最高峰の言葉と、そこから発生した文化を護ってきたのはYOU
そう
今これをお読み下さっている貴女に他ならないのです

どうかこの事を、夢々お忘れなき様に



任務完遂を、伏してお願い申し上げ奉りまする。
どういう訳か、氏の文章を読み終わった時にこの歌が頭に浮かびました(ここからでも観られます)

私はべつに極真や故大山氏を信奉している訳でも何でもなく、寧ろ批判的なんですがね

でもこの歌の歌詞の様にとは行かないまでも、美しい日本語と日本文化を守る為に、伊集院氏の言葉を胸に留めておかねばならぬと思いました

ちょっと替え歌。
言葉の道は 人の道
乱れ許さず 我行かん
豊葦原の 連(むらじ)の民も
矛取る道は 神州道(かみすみち)


では素晴らしきプライムタイムを




また明日







