二年前の震災後しばらく、テレビの世界が一変しました
企業が一斉に広告を自粛した為に、普通のCMが一切流れなくなったのです
そこでJCの出番、皆さん御記憶に新しいであろう、例の
「魔法の言葉がポポポポーン」
という、挨拶推進運動の作品が一日中流れ続けました
意外な事に、これが震災に疲弊した方々の琴線に触れた様で、リアルでも挨拶運動が起こっていったのは皆さん御承知の通り
国難直後の殺伐とした風潮を、些かなりとも和らげてくれましたよね
挨拶といえば、業界によっては特殊な符牒を用いる場合もしばしば
例えば私の経験ですが、武道の世界や自衛隊(旧軍も含むらしいです)では、少し変わった挨拶が通用しておりました。
「押忍(オス)」です。
これは「押して忍ぶ」、つまり積極的に忍耐する覚悟を表した言葉で、元々は空手道の世界のものだった様です。
時間や相手を選ばない挨拶で、ある意味非常に便利でした
只、部外者には相当奇異に映っていた様です
白帯が師範に対して「押忍!」、二等兵が司令官に敬礼する時の挨拶も「押忍!」。
一般社会で新入社員が役員に「押忍!」等と言えば、たちまち配置転換されかねませんからね
そういう意味では、些か変わった符牒と言えましょう
ところが、そんな武道の中でも、全柔連では一際珍しい挨拶が通用している様です
御覧頂きましょう、こちらでございます
↓↓↓↓↓
ちょっと考えられない愉快な挨拶とは?
上のリンクで飛べなかった方はこちらから
↓↓↓↓↓
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1754321.html
いやぁ呆れましたね

武道の本質は、究極的には命のやり取りを目的とした、極めて動物的なものです
そこで野放図に振る舞う事を許せば、道場はたちまち崩壊し、獣性溢れる弱肉強食の場となり、単なる殺人術強者の天下となってしまうでしょう
そうなれば斯界の発展は望めません
それを防ぎ、「道」を追求する為にこそ高次の精神が求められるのであり、それこそが「礼」という概念なのです
先人達が営々と築いてきたこの精神こそが、
「武道は礼に始まり礼に終わる」
という教えなのです
それを、日本トップクラスの指導者が堂々と踏みにじっていたとは、もはや何をか言わんや

彼等に指導者たる資格はありません

黒帯を返納して改めて入門し直し、嘉納治五郎先生の教えの原点に立ち返れと言いたい

大体、今日日チンピラヤクザだって組内で「死ね」等とは言いませんよ
そんな言葉が挨拶としてまかり通っているとは、どんな組織かと思いますよね
もう怒りを通り越して笑いしか出てきませんわ
皆さんは如何思われますか
是非お聞かせ願いたいのです


宜しくお願い申し上げます
m(__)mo(^-^)o(^0^)/

企業が一斉に広告を自粛した為に、普通のCMが一切流れなくなったのです

そこでJCの出番、皆さん御記憶に新しいであろう、例の
「魔法の言葉がポポポポーン」
という、挨拶推進運動の作品が一日中流れ続けました

意外な事に、これが震災に疲弊した方々の琴線に触れた様で、リアルでも挨拶運動が起こっていったのは皆さん御承知の通り

国難直後の殺伐とした風潮を、些かなりとも和らげてくれましたよね

挨拶といえば、業界によっては特殊な符牒を用いる場合もしばしば

例えば私の経験ですが、武道の世界や自衛隊(旧軍も含むらしいです)では、少し変わった挨拶が通用しておりました。
「押忍(オス)」です。
これは「押して忍ぶ」、つまり積極的に忍耐する覚悟を表した言葉で、元々は空手道の世界のものだった様です。
時間や相手を選ばない挨拶で、ある意味非常に便利でした

只、部外者には相当奇異に映っていた様です

白帯が師範に対して「押忍!」、二等兵が司令官に敬礼する時の挨拶も「押忍!」。
一般社会で新入社員が役員に「押忍!」等と言えば、たちまち配置転換されかねませんからね

そういう意味では、些か変わった符牒と言えましょう

ところが、そんな武道の中でも、全柔連では一際珍しい挨拶が通用している様です

御覧頂きましょう、こちらでございます

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ちょっと考えられない愉快な挨拶とは?
上のリンクで飛べなかった方はこちらから
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http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1754321.html
いやぁ呆れましたね


武道の本質は、究極的には命のやり取りを目的とした、極めて動物的なものです

そこで野放図に振る舞う事を許せば、道場はたちまち崩壊し、獣性溢れる弱肉強食の場となり、単なる殺人術強者の天下となってしまうでしょう

そうなれば斯界の発展は望めません

それを防ぎ、「道」を追求する為にこそ高次の精神が求められるのであり、それこそが「礼」という概念なのです

先人達が営々と築いてきたこの精神こそが、
「武道は礼に始まり礼に終わる」
という教えなのです

それを、日本トップクラスの指導者が堂々と踏みにじっていたとは、もはや何をか言わんや


彼等に指導者たる資格はありません


黒帯を返納して改めて入門し直し、嘉納治五郎先生の教えの原点に立ち返れと言いたい


大体、今日日チンピラヤクザだって組内で「死ね」等とは言いませんよ

そんな言葉が挨拶としてまかり通っているとは、どんな組織かと思いますよね

もう怒りを通り越して笑いしか出てきませんわ

皆さんは如何思われますか

是非お聞かせ願いたいのです



宜しくお願い申し上げます
m(__)mo(^-^)o(^0^)/