遂に石原都知事が職を辞し、新党結成に動き始めましたカラオケ
売国奴集団民主党の露骨な利敵政策に堪忍袋の緒を切り、保守勢力の結集を図る為ですグッド!
そう、このままでは日本国と日本人の誇りは失われ、品格は廃れ行くばかりダウン
それを憂いての、正に止むに止まれぬ行動だったのでしょう得意げ


その日本人の品格について、ビートたけし氏が独自の視点で見解を述べておられますひらめき電球
国際情報誌SAPIO(サピオ)11月号に掲載されたその言説は、正に現代の我々が失ってきたものを的確に指摘していると思うのですメモ
これは是非皆さんにもお読み頂くべきだと考え、以下に御紹介させて頂く事にしました本
では、ごゆっくり御覧下さいませ目




カネを持つ後ろめたさが昔からの日本人の品格を作ってたんだと思う

ビートたけし


デモで日本車をぶっ壊したり、デパートに押し入って商品を盗んだりしている中国人を
「レベルが低い」
「下品でしょうがねえ」
と見下してる日本人は多いよね。

だけど本当に笑っていられるか、オイラはわからないと思う。
昔はあった「品格」みたいなもんが、この国でもどんどんなくなってるからね。

街を歩いてみれば、みんな「みっともないこと」を平気な顔でやらかしてるよな。

たとえば、最新ケータイを手に入れるために徹夜したり、有名なラーメン店に1時間以上も行列したり……
今じゃ当たり前の光景だけど、昔の日本の常識じゃ、これは「みっともないこと」だった。

安いものに飛びつくのだって、
昔はどんなに貧乏でも、周りから
「あの家、安い店に乗り換えやがった」
なんていわれるのが嫌で、少々高くても近所のなじみの店で買ったわけだよ。
それがこの頃じゃ、老若男女問わず10円でも安い店に群がる。

オイラの母ちゃんは、食い物屋に並んだりするのが大嫌いでね。
「いくら安くたって、いくら旨くたって、並ばなきゃ食えないなら食うな」
って言われたよ。
「もってけ泥棒、みたいなものを買って得したって根性が気にくわない」
って叱られたこともある。
貧乏だったけど、
「自分たちはカネのために生きてるわけじゃない」
って誇りみたいなもんが確かにあったんだ。

もちろんあの頃だって、本音では安い方がありがたかったに決まってる。
だけど、やせ我慢してでも
「精神までは落ちぶれない」
って踏みとどまろうとしていたんだね。

ところがいまや、みんな貧しさや格差に開き直っちまってるよな。
生活保護の不正受給なんて最たるもんだよ。

どうやったって生きていけないって人のためには重要な制度だと思うけど、
「できれば受けたくない」
「人様の世話になりたくない」
って気持ちが失われてしまえば、あとは
「もらえるものはもらっとけ」
って話になっちまう。


やっぱりある意味では、アメリカの民主主義やら資本主義がこの国をおかしくしちまったんじゃないかと思うこともあるね。
歴史のない国のモノマネをして、かえって国が悪くなったんだよ。

大量生産・販売の大きなスーパーやらがドンドン幅を利かせて、古くからの商店街はなくなっちまった。
大資本のおかげで安くていいものが簡単に手に入るようになったけど、その代わりに店と客との人間関係は消えちまった。
小泉サンや橋下サンみたいな強引な政治もいいけど、規制緩和や改革で壊れちまうものもあるってのも本当なんだよ。

昔は用もないのになじみの店のおばちゃんと世間話をしたりする日常の風景があった。
もしスーパーやコンビニで店員にやたらと話しかけたりしたら、やれストーカーだ、クレーマーだと勘違いされちまうもんな。
そりゃ殺伐としてくるに決まってるよ。
近所のつながりが薄れれば他人の目を意識しなくなって、自分の「品格」すら気にならなくなる。
そんな悪循環が起こっているわけだよ。

貧乏人だけじゃなく、金持ちだって下品になった。
昔の金持ちは、今のIT長者みたいに金を見せびらかすことは決してしなかった。

昔の人たちは、金が不浄のものだということを本質的に知っていたんじゃないかな。
江戸っ子がよく
「宵越しの銭は持たない」
なんていってたのも、それは
「貧乏だけどカネのために生きてるわけじゃない」
っていうせめてもの誇りだったんだと思う。

だから本当の金持ちは地味な格好をしていたし、逆に派手な格好をしている金持ちを
「品のない成金だ」
とバカにしたわけ。
金持ちであることの「後ろめたさ」みたいなものが、成功した人の品格を作っていたのかもな。

それが資本主義万々歳の世の中になって、成金とバカにされた話が「サクセスストーリー」ともてはやされ、下品なヤツらが大手を振って歩くようになる。
世の中全体が下品になるのは当たり前だよね。


教育も大きいと思う。
これもアメリカの影響か、日教組の平等教育のせいなのか、
「人間は生まれながらみんな素晴らしい」
なんてセリフを聞く。
耳に心地いい言葉ではあるけど、そんなの嘘っぱちだ。

オイラは
「人間は放っておけばみんなワルだ」
と思ってる。
悪ってのは誰の心の中にだってある。
10代のいじめ事件を見たってわかるよ。

日本がそれでも「品格」を保ってこられたのは、ガキの頃から礼儀作法や武道なんかを徹底的に叩きこまれたからだよ。
そういう教えにはすべて理由があって、その所作を覚え込むことで自然と品が備わったわけだ。
なのに、戦後のいつからか
「起立・礼・着席」
という当たり前の作法すら、
「それは本当に必要なのか」
「強制するな」
とか文句をつけて否定する教育がまかり通っておかしくなった。

よくオヤジたちが
「この頃の若者は……」
なんていって若いヤツらに責任を押しつけるけど、それも間違っててさ。
若者ってのは社会の本質を表しているんで、その若者を育てたのはオヤジたちの世代なんだからさ。

中国だって、一人っ子政策で親や大人がガキを甘やかしすぎたから、これから社会に出てくる世代は日本よりひどいっていうしね。
そんなにあの国を恐れる必要はないのかもしれないぜ。

こないだ新作の「アウトレイジ ビヨンド」が正式上映されることになって、イタリアのヴェネチア国際映画祭に行ってきたんだけど、ヨーロッパの人たちってのはやっぱり日本の文化とか風俗に凄く興味があるんだって再認識したね。
「ヤクザとマフィアはどう違うんだ」
「仁義とはどういう意味だ」
って質問攻めには参ったよ。
オイラの映画の翻訳チームも
「筋を通す」
とか
「親分の顔を立てる」
みたいな日本ならではの価値観をどう外国人に伝えればいいか、そうとう悩んでたもんな。

その極道の世界でも、いまやヤクザが企業になって、政治、行政、経済に入り込んで
「筋を通す」
ことがなくなってる。
そんなことを描いた作品ってのが珍しくて、オイラの映画がウケてるのかもしれないけどね。

たださ、品格がない人が増えたってのは悲しむべきことだけど、日本人が思ってる以上に、この国が古くから持ってる精神美ってもんに世界は注目してるんだよ。
だからこそ、それを自分たちで棄てないようにしたいもんだね。




正に箴言ですねキラキラ
我々は立ち止まって、御祖先(みおや)が営々と築いてきた、世界に誇る民族性を再認識すべきではないでしょうか?
グローバル化が叫ばれる激動の今こそが、その時ではないでしょうか?
皆さんは如何思われますか!?
是非お聞かせ願いたいのですニコニコラブラブチョキ
宜しくお願い申し上げます
m(__)mo(^-^)o(^0^)/