本日は参院選の投票日ですニコニコ
度々申し上げて参りましたが、この選挙に於いて我々は、これからの日本のグランドデザインを決定する重要な選択と決断を求められておりますメモ
言わば将来の日本の方向性を決めなければならない訳です砂時計
その方向性の事を「国柄」とも呼び慣わします。
その日本の国柄について、作家の曽野綾子氏が見事なエッセイを書いておられますので、紹介させて頂きたいと思います本
尚、これは国際情報誌「SAPIO」に於いて今年の新春号年頭エッセイとして発表されたものですメモ
では、ごゆっくり御覧下さい。


お子さまの時代

曽野綾子


私は年を取って来たので、最近は日本の将来を憂う気持ちが次第になくなって来た。
努力をしなかった当人が困るより仕方がないではないか、と突き放した見方をする様になったのである。

よく戦争を語り継がねばならない、などという人がいるが、体験というものは、当人さえ年々歳々記憶が薄れる。
ましてや他人の体験した恐ろしい話など、初めから別人の意識に移し植えられるものではないのである。
うっかり語り部を繰り返したりしていると、昔の講釈師の様になる。
ここぞと思う所に軽薄な定型の語り口調が出来て、聞いている人に殆ど感動を与えられないどころか、ぞっとする様な気分にさせる。

恐怖にしても悪にしても、それを描写する時には個性と意外性が要るものだ。
例えば自分の命を奪うかも知れない敵の爆撃機の編隊が翼を銀色に光らせながら堂々と東京の上空に侵入して来る時、一瞬にせよ
「あ、きれい!」
と思ったり、消火の為の水をバケツで運びながら、自分の好きな歌を歌うのを止められなくなったりする。
語り部の話には、そういう部分が欠落するから私は信じないのである。
何故欠落するのかと言えば、こと戦争に関する限り、少しでも明るかった、おもしろかった、自分の心の成長にプラスになった、と言えば、それはまず不道徳な事として非難され、次いで嘘だと言われかねないからである。

最近の日本には、実人生の現実の部分がますます希薄になって来ている。
実人生というものは、必ず雑多な要素を帯びている。
昔の人はそれを
「楽あれば苦あり」
とも言ったのだ。
その逆もあって、英語の諺には
「すべての雲は輝く内面を持っている」
というのがある。
悪い事ばかりじゃないよ、という事だ。

現実の生活には
「今はこうです」
という状態と
「こうあってほしいです」
という願望が、ないまぜになっている。
現実の自分はあまり美人とは言い難い、と不満を持っている人は多分多いだろう。
だからこそ美容整形が流行るのだ。
女性なら美しくあらねばならない、と思っている人がいるから、希望も目標も生まれる。
然し現在の日本人はこの不足、不満だらけの現実の生活を、政治の貧困だの、成功者や富裕階級だのの横暴のせいだとして許さなくなって来た。

もう何十年も前に、夫は、亡くなったソニー社長の盛田昭夫さんと知り合いになった。
うんと親しいという訳ではないが、一つの会合から次の会合へ行く時、たまたまその二つが同じだったので、盛田さんの自動車に乗せてもらう事になった。
そして夫は帰って来ると、盛田さんの車の中には、自動車電話が掛ける専用と秘書が受ける専用の少なくとも二本以上あって、会合の席から会合の席へ移動する間が盛田さんの一つの厳しい執務時間なのだと言う。

夫が言ったのは、つまりあれほど厳しい暮らしをするのだから、お金持ちになって当然だという事であった。
それに比べて自分は怠け者だから、とてもああいう暮らしは出来ない。
「盛田氏はゴルフだって、自動車電話に電波が入る所でしかしないそうだ」
と夫は言った。
当時はまだ自動車電話の電波外区域というのが結構あったのである。

つまり世も羨む様な成功に到達した人というのは、勿論幸運もあるだろうが、私の夫だったら真っ平という様な努力を続け、犠牲を払っているのである。
盛田氏ほどの世界的大成功でなくても、昔は皆、それなりに耐えて自分を伸ばさねばならないと知っていた。
耐える事は人生の一部だったのである。

誰もが苦しみに耐えて、希望に到達する。
努力に耐え、失敗に耐え、屈辱に耐えてこそ、目標に到達出来るのだ、と教えられた。
誰も苦しみになど耐えたくない。
順調に日々を送りたい。
然し人生というものは、決してそうは行かないものなのだ。
更に皮肉な事に、人生で避けたい苦しみの中にこそ、その人間を育てる要素もある。
人を創るのは幸福でもあるが、不幸でもあるのだ。

然し現代は不幸の価値は認めない。
だから苦しみが必要な仕事は避け、努力が要るものは学ばなくなった。
少なくとも昔に比べるとプロの比率が減り、アマばかりになった。
「昔はいた」
という仕事師が、皆無ではないにしても、ぐんと減ったのである。

日本という国家に未来はあるか、と一部の人は本当に心配している。
「世界国家」を実現すれば、日本国など開放しても良い、という夢見る大人が日本にもかなりいる。
然し「世界国家」どころか、アメリカとヨーロッパの先進国、そして日本以外の多くの国々は、まだ統一国家としての意識を持つどころか、部族(家門)の抗争に明け暮れている。
全アフリカ、全中南米、全中近東、殆どのアジアの国々は、まだ国家全体の繁栄を考えるどころか、自分が属する家族一門の利益しか頭にない。

日本は地下資源もない。
国土も広くない。
人口の規模もまあまあ中級で目下減りつつある。
すると日本が生きて行く道は技術を売りものにする他はない。
言葉を変えて言えば、木工からコンピューターまで、技術が定着していれば日本国と日本人の生きる道はある。
石油がなくても、ウラニウムを産しなくても、日本と日本人は世界から必要とされるのである。

それなのに何年も修業して木工職人になるという地道な生き方を選ぶ若者は多くない。
植木屋、大工などという職業が要らなくなる社会はない。
言わば安定した職業である。
農業もそうだ。
然しそうした地道な職業に就いて、何年か学び続けるという意欲を持つ人は少ないらしい。
その人が辞めたら代わりの人がいない、という技術を持っていてこそ、或る程度の仕事の安全につながるのである。

世界の国々の生きる道は三つしかない、と私はかねがね書いている。
圧倒的な政治力か、経済力か、それとも技術力である。
いずれにせよ力である。
力を悪いものと考える人がいるが、それは現実を見ていない人である。
喧嘩の強いのも、長い道のりを歩けるのも、自分の命を他人の為に投げ出すのも、すべて力の結果である。
人の為に死ねるのは徳の力なのである。

いずれにせよ、それらの力は一朝一夕に身に着くものではない。
長い年月その事に没頭し、寝ても覚めてもその事を考えているという境地を経ないと、誰もその地点に到達出来ない。
つまりその道のプロになれないのである。
プロは食えないという事はない。
何年も何十年もその為に研鑽を積んで来たのだから、それくらい報われて当然だろう。
不景気になっても職を失わずに済む安全を得たかったら、余人を以て換え難い存在になる他はないのだ。

然し今の人達はそうではない。
遊びながらこの世を生きて行こうと考える。

先日50代で働いている一人の女性に、職場ではヒマな時に、どんな事を喋っているのですか?と尋ねた。
ファッションですか?旅行の事ですか?と言うと、食べ物の話だという。
どこへ何を食べに行ったとか、どこそこの美味しいものの「お取り寄せ」をしよう、という様な話らしい。
確かに食べ物の話なら思想がないから、相手とぶつかる事もなくて和やかな空気を保てるのだろう。
テレビでも朝から食べ物の話題である。
世界中にまともに物を食べていない人間が、おそらく数億人もいるというのに、日本人の関心は征服欲でもなく、金儲けでもなく、性欲でもなく、食欲なのである。
これは平和的とも言えるが、先祖返りをしている様な感じもする。

確かに今の日本人は、恐ろしく幼児化している。
精神も幼稚になりつつある。
私は年末の一時期をシンガポールのホテルにいて、日本からのテレビはNHKだけで、後はインドやマレーシア系のテレビも含めて、イギリスのBBC、アメリカのCNNなど外国で制作された番組を観る他はなく過ごした。
すると否応なく、比べてみるという機能が働くのである。

すると明らかな特徴が出て来る。
日本のNHK番組は、奇抜な衣装、着ぐるみの氾濫、ジェスチャーの多発、女性アナウンサーの甲高い声、可もなく不可もない万人向けの文句の付けようのない平凡なコメント、子供番組でもないのに必ずキャラクターが登場する、などという点において際立っている。

他国の局はもう少し大人だ。
ニュースは事実のみを伝えて
「早く平和になってほしいですね」
式の当たり前過ぎる感想を口にするアナウンサーやパーソナリティは滅多にいない。
「早く平和になってくれ」
とは、今日買い物や水汲みに行くにも危険が伴い、息子や孫の命が道端で消える事を恐れ続ける母や祖母だけが本当に口に出来る呟きだという事を知っていれば、第三者が軽々に言うのは無礼に当るのである。

日本人の多くは、もはや個性を持たなくなった。
全て人の言う通りの型通りの価値観にしがみつき、同じ時間のつぶし方をする。
哲学もなく、気概もなく、本を読んで人生を変える努力もしない。
与える事は一切考えず、「弱者に優しい世界」を要求する。
子供がお菓子や玩具を買ってもらえないと、地団太を踏んで泣き喚くのと同じだ。

この日本社会の幼児化に、私は少し倦きて逃げ出そうという気になっている。
日本のテレビは殆ど観ず、小説もガルシア・マルケスを読むとほっとする。
実生活がないと、小説は必ず空想の世界に逃げ込む。
それは鉄則なのだ。
然し身近に実生活の厳しさの実感のない暮らしというものも、日本人の置かれた環境が、どこか過保護で歪んでいる所から出て来ている様に私には思えるのである。


引用ここまで


最後まで読んで頂き、有難うございましたニコニコ
如何お感じになられましたでしょうか!?
辛辣で遠慮の無い口調の裏にも、氏の、日本国と日本人への限りない愛情と讃歌が秘められている事がお判り頂けた事と思います砂時計
どうか今日投票会場で一票を投じる時に、氏の一文を思い出し、我が国の国柄に思いを致して頂きたいと存じますキラキラ
さあ、貴重な一票を投じに出かけましょうビックリマークニコニコラブラブチョキ