歌曲というものは、ひょっとしたらメロディー部分よりも詞の方が重要なウエイトを占めているのではないかと思う事があります
飽くまで私の個人的な見解ですが、歳月を越えて歌い継がれている名曲は、例外なく歌詞が素晴らしく、その歌詞単体で文学として成立しております
メロディーだけが如何に美しくとも、それだけでは長く人々の心を捉える事は出来ないのではないでしょうか
例えば小室哲哉氏
彼は日本音楽史上稀に見る偉大な作曲家であり、数々の金字塔を打ち立てて来た文化的巨人であります
将来は間違いなく歴史の教科書にも載るでしょう
然し、多くの評論家が
「小室哲哉は作詞家としては平凡だ」
と指摘しています
確かに言われてみれば、彼の曲はメロディーでしか浮かんで来ないのです
私の他にも、そういう方は案外多いのではないでしょうか
やはり歌曲たるもの、第一義は詞であり、言葉である様に思えてならないのですが
然し、今まで聴いてきた様々な歌曲の中には、それらの範疇にまるで当て嵌まらない、怪作としか言い様の無い作品があります
本日はその作品について、つらつら書かせて頂きたいと思います

先ずは山本リンダ氏の「狙いうち」
これを初めて聴いた時は些か理解し難く、最初のフレーズ
「ウララ、ウララ、ウラウラよ」
に一体どんな必然性があるのか、まるで判りませんでした
周りの大人達に尋ねてみても、誰一人判っていない様でしたね
それもそのはず、阿久悠氏が付けて来た詞を見て、作曲者の都倉俊一氏でさえ驚倒したというのですから、我々一般人に理解出来る筈もありません
これは、言うならば掴みでインパクトを与えるお化け屋敷タイプで、フランツ・カフカ氏著作「変身」型でしょうか
続いてフォーリーブスの「ブルドッグ」
これは先の「狙いうち」とは全く逆で、途中まではきちんとストーリーが進行して行くのです
所が曲も終盤に近付き、諸々の事態に決着をつけなければならなくなった時、歌の中の主人公は
「にっちもさっちもどうにもブルドッグ、ワオ!」
と叫んで逃げてしまうのです
聴いている方は呆然です
「そんな
ブルドッグって言われても
」
という心境になったものです
これはさしずめ急転直下破滅タイプ、アル・パチーノ氏主演「スカー・フェイス」型といった所でしょう
最後はミニモニ。の「じゃんけんピョン」
これは強烈です
これは倒れますよ
何しろ、歌詞自体に全く意味が無く、各々のセンテンスにまるで繋がりが無いのです
詞として解釈される事を放棄しているとしか思えません
事実、つんく氏は何かのインタビューで
「あの曲の歌詞には意味など全く無い」
と断言しておりました
作詞した本人がそれを言っちゃあおしまいでしょう

暫く笑わせて頂いたものでした

これは言わずもがなの徹頭徹尾支離滅裂タイプ、アルベール・カミュ氏著作「異邦人」型で決まりですね
誤解されると困るので申し添えておきますが、私は上記の歌曲に何ら否定的な感情を持っておりません

寧ろ、既製概念を打ち破った逸品を産み出した作詞者に敬意を抱いております
「コロンブスの卵」という諺を見事に体現した試みであり、独自の世界観を確立しているからです
彼等を笑う事は簡単ですが、こういう破天荒な作品を創れる作詞家が、これから先、そうそう現れるとは思えませんね
皆さんも、魂消る様な詞を持つ楽曲を聴いた御経験はありませんか
是非教えて頂きたいのです


宜しくお願い申し上げます
m(__)mo(^-^)o(^0^)/

飽くまで私の個人的な見解ですが、歳月を越えて歌い継がれている名曲は、例外なく歌詞が素晴らしく、その歌詞単体で文学として成立しております

メロディーだけが如何に美しくとも、それだけでは長く人々の心を捉える事は出来ないのではないでしょうか

例えば小室哲哉氏

彼は日本音楽史上稀に見る偉大な作曲家であり、数々の金字塔を打ち立てて来た文化的巨人であります

将来は間違いなく歴史の教科書にも載るでしょう

然し、多くの評論家が
「小室哲哉は作詞家としては平凡だ」
と指摘しています

確かに言われてみれば、彼の曲はメロディーでしか浮かんで来ないのです

私の他にも、そういう方は案外多いのではないでしょうか

やはり歌曲たるもの、第一義は詞であり、言葉である様に思えてならないのですが

然し、今まで聴いてきた様々な歌曲の中には、それらの範疇にまるで当て嵌まらない、怪作としか言い様の無い作品があります

本日はその作品について、つらつら書かせて頂きたいと思います


先ずは山本リンダ氏の「狙いうち」
これを初めて聴いた時は些か理解し難く、最初のフレーズ
「ウララ、ウララ、ウラウラよ」
に一体どんな必然性があるのか、まるで判りませんでした

周りの大人達に尋ねてみても、誰一人判っていない様でしたね

それもそのはず、阿久悠氏が付けて来た詞を見て、作曲者の都倉俊一氏でさえ驚倒したというのですから、我々一般人に理解出来る筈もありません

これは、言うならば掴みでインパクトを与えるお化け屋敷タイプで、フランツ・カフカ氏著作「変身」型でしょうか

続いてフォーリーブスの「ブルドッグ」
これは先の「狙いうち」とは全く逆で、途中まではきちんとストーリーが進行して行くのです

所が曲も終盤に近付き、諸々の事態に決着をつけなければならなくなった時、歌の中の主人公は
「にっちもさっちもどうにもブルドッグ、ワオ!」
と叫んで逃げてしまうのです

聴いている方は呆然です

「そんな
ブルドッグって言われても
」という心境になったものです

これはさしずめ急転直下破滅タイプ、アル・パチーノ氏主演「スカー・フェイス」型といった所でしょう

最後はミニモニ。の「じゃんけんピョン」
これは強烈です

これは倒れますよ

何しろ、歌詞自体に全く意味が無く、各々のセンテンスにまるで繋がりが無いのです

詞として解釈される事を放棄しているとしか思えません

事実、つんく氏は何かのインタビューで
「あの曲の歌詞には意味など全く無い」
と断言しておりました

作詞した本人がそれを言っちゃあおしまいでしょう


暫く笑わせて頂いたものでした


これは言わずもがなの徹頭徹尾支離滅裂タイプ、アルベール・カミュ氏著作「異邦人」型で決まりですね

誤解されると困るので申し添えておきますが、私は上記の歌曲に何ら否定的な感情を持っておりません


寧ろ、既製概念を打ち破った逸品を産み出した作詞者に敬意を抱いております

「コロンブスの卵」という諺を見事に体現した試みであり、独自の世界観を確立しているからです

彼等を笑う事は簡単ですが、こういう破天荒な作品を創れる作詞家が、これから先、そうそう現れるとは思えませんね

皆さんも、魂消る様な詞を持つ楽曲を聴いた御経験はありませんか

是非教えて頂きたいのです



宜しくお願い申し上げます
m(__)mo(^-^)o(^0^)/