正直な話、前記事にあれほどの反響を頂けるとは思ってもみませんでした
嬉しい誤算です
実はあれは、その前の記事「どアホにほんむかしばなし」に頂いたコメントへのレスポンスが一段階した時に、ビールを呑みながらニュースを観ていて感じた事を、えいっとばかりに書き上げてアップしたものなのです
酔っ払って半分溶けた頭で書いた物ですから、表現や文体は滅茶苦茶、論旨は支離滅裂で全く首尾一貫しておりません

真剣さなどとは無縁に思い切り力を抜き、意識して暴論に仕立てた面もあります

アップしたのも深夜でしたから、どうせ誰も見てないだろうと高を括っていましたし、ましてコメント等頂けるとは全く思っておりませんでした
それがコメントが来るわ来るわ
昨日は更新を休んだのですが、今日も昼頃コメントを頂きました
あんなテキトー記事にコメントを頂き、真に有難うございました


コメント下さった方々は殆ど全員私に賛同して下さいましたが、それでも彼の周囲の者や環境にも原因があるのではないかという観点から、少し同情的に見ておられる方もいた様です
それはその方々の心根の優しさを物語る事であり、拝見している私も心が温かくなりました

然し、この種の意見をマスコミが流して良いかとなると、それは話が全く別です
今回の問題とは違いますが、とんでもない不祥事や鬼畜にも劣る様な犯罪が起きると、いつでも決まって
「彼だけが悪いのではない。
彼の様な者を造り出した環境や社会にも問題がある」
等とふざけた事を吐かす評論家やコメンテーターがいる事は、皆さんも御存知でしょう
では彼等は、その場で自分がたった今提示した「彼の様な者を造り出した環境や社会の問題」とやらについて、議論したり具体的な改善策を提案するのかと言えば、ちっともそんな事はありません
どういう訳か
「だから彼を責めるのは止めるべきだ。
許してやるべきだ」
という方向に話を持って行くのです
はああぁぁぁ


何なのよそれは


それはどういう理屈なの



論理の飛躍、すり替え、誤導の三点セットです
今度の国母選手の問題に関しても、やはりそういう報道が目立つどころか主流になりつつあるのは由々しき事だと言わねばならないでしょう
大体、責任の主体が何処にあるのかという事を忘れてはなりません。
中学生以上になれば、己の言動には己が責任を持つのが当然なのです
暴力を持って強要されたりした場合等を除き、自分の言動によって引き起こされた結果には、自分が責めを負わなければならないのです
何も難しい事ではありません。
身近な例を考えてみて下さい。
何か失態を演じたりミスをしてしまった時に、潔く非を認める方と、みっともなく責任転嫁をしようと足掻く者の、どちらを皆さんは尊敬しますか
どちらを友人に持ちたいですか
御子様にはどちらの人間になってほしいですか
行動とそれに伴う責任は常に表裏一体であり、何人もその原則から逃れる事は出来ないのです
対象者を変に甘やかす事は社会の規範の紊乱と不安定化を招き、成熟度を低下させるだけでなく、実は何よりその対象者自身を蝕む事になるのです
対象者に甘ったるい情けをかけたりせず、厳しく糾弾してやる事こそが、社会にとっても対象者にとっても正しい道だという事を忘れてはならないと思います
勿論あらゆる言論や考えが尊重されなければならないのは当然の事ですが、マスメディアが社会に与える影響というものは尋常ではなく大きいのです

前述した様な番組を制作しているマスコミの方々やコメンテーターの皆さん、貴方達は御自身の発言が、どれだけ青少年に悪影響を与えているか判っていますか
御子様に御自分の仕事を誇れますか
言論や報道の自由は決して無制限に認められているものではありません。
それらの大前提として「公共の福祉に反しない」という事が厳しく求められるのです
その事を今一度よく肝に銘じて頂きたい
所で話は全然違いますが、二つ前の記事「どアホにほんむかしばなし」を読んで頂けましたでしょうか
自分で言うのもおこがましいですが、割合良く出来た方だと思います
私としては前記事よりも、ずっと力を入れたものです
宜しければ覗いてやって頂ければ幸いです
どうも私の場合、意識して力を入れた比較的自信のある記事よりも、酔っ払ってテキトーに書いた記事の方がコメントを頂ける傾向にある様です
皆さんも、御自分の記事に思わぬ反響が来た御経験はありませんか
是非教えて頂きたいのです


宜しくお願い申し上げます
m(__)mo(^-^)o(^0^)/

嬉しい誤算です

実はあれは、その前の記事「どアホにほんむかしばなし」に頂いたコメントへのレスポンスが一段階した時に、ビールを呑みながらニュースを観ていて感じた事を、えいっとばかりに書き上げてアップしたものなのです

酔っ払って半分溶けた頭で書いた物ですから、表現や文体は滅茶苦茶、論旨は支離滅裂で全く首尾一貫しておりません


真剣さなどとは無縁に思い切り力を抜き、意識して暴論に仕立てた面もあります


アップしたのも深夜でしたから、どうせ誰も見てないだろうと高を括っていましたし、ましてコメント等頂けるとは全く思っておりませんでした

それがコメントが来るわ来るわ

昨日は更新を休んだのですが、今日も昼頃コメントを頂きました

あんなテキトー記事にコメントを頂き、真に有難うございました



コメント下さった方々は殆ど全員私に賛同して下さいましたが、それでも彼の周囲の者や環境にも原因があるのではないかという観点から、少し同情的に見ておられる方もいた様です

それはその方々の心根の優しさを物語る事であり、拝見している私も心が温かくなりました


然し、この種の意見をマスコミが流して良いかとなると、それは話が全く別です

今回の問題とは違いますが、とんでもない不祥事や鬼畜にも劣る様な犯罪が起きると、いつでも決まって
「彼だけが悪いのではない。
彼の様な者を造り出した環境や社会にも問題がある」
等とふざけた事を吐かす評論家やコメンテーターがいる事は、皆さんも御存知でしょう

では彼等は、その場で自分がたった今提示した「彼の様な者を造り出した環境や社会の問題」とやらについて、議論したり具体的な改善策を提案するのかと言えば、ちっともそんな事はありません

どういう訳か
「だから彼を責めるのは止めるべきだ。
許してやるべきだ」
という方向に話を持って行くのです

はああぁぁぁ



何なのよそれは



それはどういう理屈なの




論理の飛躍、すり替え、誤導の三点セットです

今度の国母選手の問題に関しても、やはりそういう報道が目立つどころか主流になりつつあるのは由々しき事だと言わねばならないでしょう

大体、責任の主体が何処にあるのかという事を忘れてはなりません。
中学生以上になれば、己の言動には己が責任を持つのが当然なのです

暴力を持って強要されたりした場合等を除き、自分の言動によって引き起こされた結果には、自分が責めを負わなければならないのです

何も難しい事ではありません。
身近な例を考えてみて下さい。
何か失態を演じたりミスをしてしまった時に、潔く非を認める方と、みっともなく責任転嫁をしようと足掻く者の、どちらを皆さんは尊敬しますか

どちらを友人に持ちたいですか

御子様にはどちらの人間になってほしいですか

行動とそれに伴う責任は常に表裏一体であり、何人もその原則から逃れる事は出来ないのです

対象者を変に甘やかす事は社会の規範の紊乱と不安定化を招き、成熟度を低下させるだけでなく、実は何よりその対象者自身を蝕む事になるのです

対象者に甘ったるい情けをかけたりせず、厳しく糾弾してやる事こそが、社会にとっても対象者にとっても正しい道だという事を忘れてはならないと思います

勿論あらゆる言論や考えが尊重されなければならないのは当然の事ですが、マスメディアが社会に与える影響というものは尋常ではなく大きいのです


前述した様な番組を制作しているマスコミの方々やコメンテーターの皆さん、貴方達は御自身の発言が、どれだけ青少年に悪影響を与えているか判っていますか

御子様に御自分の仕事を誇れますか

言論や報道の自由は決して無制限に認められているものではありません。
それらの大前提として「公共の福祉に反しない」という事が厳しく求められるのです

その事を今一度よく肝に銘じて頂きたい

所で話は全然違いますが、二つ前の記事「どアホにほんむかしばなし」を読んで頂けましたでしょうか

自分で言うのもおこがましいですが、割合良く出来た方だと思います

私としては前記事よりも、ずっと力を入れたものです

宜しければ覗いてやって頂ければ幸いです

どうも私の場合、意識して力を入れた比較的自信のある記事よりも、酔っ払ってテキトーに書いた記事の方がコメントを頂ける傾向にある様です

皆さんも、御自分の記事に思わぬ反響が来た御経験はありませんか

是非教えて頂きたいのです



宜しくお願い申し上げます

m(__)mo(^-^)o(^0^)/