自分で付けておきながら、タイトルを見てげらげら笑ってしまいました
これはどう考えても私が付ける題名とは思えません
どこかのアマチュア文芸評論家が同人誌に寄稿したものの様です
然し私にはそんな高尚なものは書けないし、例によって適当無責任に行かせて頂きますので、宜しくお願いします
話は変わりますが、今月7日の記事を読んでアメンバーになって下さった方々にお詫びを申し上げなければなりません。
件の記事は骨子は出来上がっているのですが、肉付けやディテールの段階に進む為に必要な細部の設定に苦労している所で、中々すぐには発表する事が出来そうにないのです。
簡単に言えばリアリティある設定の構築が、未だ完了していない段階なのです。
そういう訳ですから、件の記事のアップにつきましては今暫く時間を頂けませんでしょうか?
真に申し訳ありません。
今日書かせて頂きたいのは、先に述べた「リアリティ」に関して、私が日頃から考えている事共であります
ここでは主にテレビドラマに関して述べさせて頂きます

意外に思われるかも知れませんが、私は昨今のテレビ文化というものに対して、決して否定的な考えを持っている者ではありません
明らかに世論操作を目的とした一部の報道番組や、逆に何を意図しているのか全く判らない上に少しも笑えないバラエティー等もありますが、質の良い番組もジャンルを問わず多数存在しているからです
所が最近、テレビ文化の中でも大きなウエイトを占めるドラマという分野において、あまりにも荒唐無稽な作品が散見される様に思われてなりません
一言で言うなら「リアリティの欠如」が原因ではないでしょうか
言うまでもなくドラマというものは虚構です。
虚構であれば尚の事、もっと言えば虚構であるが故に、そこには徹底したリアリティが要求されます
そうでなければその作品は、第三者たる観客に観られるという大前提を無視したものに成り果ててしまい、演劇として崩壊してしまうからです
観客は
「それでなくても絵空事なのに、設定が突っ込み所満載であったりしたら観る気が失せる」
と考えて離れてしまうでしょう
その当たり前の点を軽んじている作品が多い様に思うのです
例を挙げてみましょう。
購読しているテレビ雑誌に特集が組まれていたので「小公女セイラ」という作品を観てみたのですが、これが驚くべき代物でした
時代背景は現代の日本であるのに、他の設定は原著と殆ど変わっていないのです
あまりにも非現実的過ぎます。
例えば忠臣蔵を、時代背景だけを現代日本に置き換え、他の設定は全て原作通りにしてドラマ化したら、どんな作品が出来上がってしまうでしょうか
因縁浅からぬ二人の国会議員がいて、若い方が長老に国会の場で暴力を振るい、その結果連日マスコミに叩かれた若い議員が自殺してしまい、彼の秘書や後援者がその仇を討つという筋立てになってしまうでしょう
然し、そんなものがドラマと言えるでしょうか
そういう初歩的な設定ミスを犯していた「小公女セイラ」には、呆れる以前にたっぷりと笑わせて頂きました

製作者側としては一種の悲劇を描いたつもりなのでしょうが、私には吉本新喜劇そこのけのスラップスティックコメディとしか映りませんでした
もし私が局の責任者なら、件のプロデューサーと脚本家は二度と使いませんね
次には、少し前の作品になりますがスタート前にはかなり注目されていた「子犬のワルツ」について述べてみます。
目の不自由な主人公が生来の才能を活かしてピアニストを目指すという方向性は良かったし、脚本監修に野島伸司氏が当たるという事で話題にもなりましたが、これも中々のトンデモ作品でした
第三話辺りから、展開が明らかに不自然な方向に捩曲がり始めたのです
主人公がピアニストになる為には、毎回登場するライバル達と対決して勝利する必要が出て来たのです
その対決内容を詳しくは覚えていませんが、ピアノに何の関係もない、「巨人の星」の様なスポ根ものが多くを占めておりました
「これは失敗作の匂いがして来たぞ」
と思い始めた頃、劇中に対決の審判役として登場したコンピューターが、主人公のライバルを殺してしまうという話が放送されたのです
最早付き合っていられないと感じた私は、すぐに観るのを止めました
同じ様に感じた方々が多かったのか、この作品の視聴率は回を追う毎に地滑り的な下降を続け、最終回では何と一桁台の数字を叩き出して、ある意味華々しく散っていきました

視聴者を馬鹿にし過ぎた結果でしょう
最後に、これは本当に惜しい作品なのですが、リアリティという面を考えれば、やはり挙げざるを得ないと思います。
相葉雅紀氏主演の「マイガール」です
今月11日に最終回を迎えたばかりで、深夜に放送されていたにも拘わらず、視聴率も相当健闘しておりましたから、御覧になっていた方も多いのではないでしょうか
これは前述した二作品と異なり、ドラマとしての完成度は相当高かったと言っても良いでしょう
親子愛を基調主題としながらも、お涙頂戴の過剰演出は皆無に近く、爽やかに観続ける事が出来ましたし、映像や音楽にも光るものがありました
唯一つ残念だったのは主人公の娘(役名コハル)の人物描写です。
彼女の年齢設定は幼稚園児という事でしたが、その言動が幼稚園児としてはあまりにも不自然なのです
簡単に言えば「良い子過ぎる」のです
私の周りにもこの作品を観ていた方が多かったのですが、特に主婦の方は私と同じ感想を持っておられました
彼女等は
「あのレベルまで他者に思いやりを持って気遣いが出来るのは、どんなに早くても小学校高学年だ」
と仰っておられました
育児を経験して、子供というものを肌身を通してよく知っている彼女達にしてみれば、あの子役の人物描写と年齢設定に違和感を覚えずにはいられなかったのでしょう
彼女を始め、登場人物達の年齢設定を、ほんの数年上げていれば完璧だったのです
他の点においては素晴らしい作品であっただけに、余計にその点が惜しまれます
以上に挙げさせて頂いた作品に共通するのは唯一つ、リアリティの欠如です
如何に力のある演者やスタッフを揃えても、肝心のリアリティが欠如してしまえば、それは単なる幼稚園の学芸会に堕してしまうのです
ど素人である私ですら判る事を、プロである関係者が判っていない筈はないと思うのですが
また、視聴率という尺度で見るならば、挙げさせて頂いた三作品の内「マイガール」を除く作品は、商業的にも失敗しております
スポンサーから多額の広告収入を受け取る以上、プロとして最低限の仕事は全力を尽くしてやり抜くべきでしょう
関係各位の方々におかれましては
「自分達は日本の文化の一翼を担っているのだ」
という自覚と誇りを忘れず抱き続けて頂きたいものです

最後に
行きつけのレンタル店の女店員よ
返却されたDVDを棚に戻す時に、客に向かって
「有難うございます。
ごゆっくりお選び下さいませ」
と声をかけるのは良いだろう
だけど暖簾の向こうのコーナーに来てまで言うのは止めろ
気が散ってしょうがねえんだよ
今度また言いやがったら、お前自身をごゆっくり試してやるからな


う
ん、何と高尚なフレーズだろう








これはどう考えても私が付ける題名とは思えません

どこかのアマチュア文芸評論家が同人誌に寄稿したものの様です

然し私にはそんな高尚なものは書けないし、例によって適当無責任に行かせて頂きますので、宜しくお願いします

話は変わりますが、今月7日の記事を読んでアメンバーになって下さった方々にお詫びを申し上げなければなりません。
件の記事は骨子は出来上がっているのですが、肉付けやディテールの段階に進む為に必要な細部の設定に苦労している所で、中々すぐには発表する事が出来そうにないのです。
簡単に言えばリアリティある設定の構築が、未だ完了していない段階なのです。
そういう訳ですから、件の記事のアップにつきましては今暫く時間を頂けませんでしょうか?
真に申し訳ありません。
今日書かせて頂きたいのは、先に述べた「リアリティ」に関して、私が日頃から考えている事共であります

ここでは主にテレビドラマに関して述べさせて頂きます


意外に思われるかも知れませんが、私は昨今のテレビ文化というものに対して、決して否定的な考えを持っている者ではありません

明らかに世論操作を目的とした一部の報道番組や、逆に何を意図しているのか全く判らない上に少しも笑えないバラエティー等もありますが、質の良い番組もジャンルを問わず多数存在しているからです

所が最近、テレビ文化の中でも大きなウエイトを占めるドラマという分野において、あまりにも荒唐無稽な作品が散見される様に思われてなりません

一言で言うなら「リアリティの欠如」が原因ではないでしょうか

言うまでもなくドラマというものは虚構です。
虚構であれば尚の事、もっと言えば虚構であるが故に、そこには徹底したリアリティが要求されます

そうでなければその作品は、第三者たる観客に観られるという大前提を無視したものに成り果ててしまい、演劇として崩壊してしまうからです

観客は
「それでなくても絵空事なのに、設定が突っ込み所満載であったりしたら観る気が失せる」
と考えて離れてしまうでしょう

その当たり前の点を軽んじている作品が多い様に思うのです

例を挙げてみましょう。
購読しているテレビ雑誌に特集が組まれていたので「小公女セイラ」という作品を観てみたのですが、これが驚くべき代物でした

時代背景は現代の日本であるのに、他の設定は原著と殆ど変わっていないのです

あまりにも非現実的過ぎます。
例えば忠臣蔵を、時代背景だけを現代日本に置き換え、他の設定は全て原作通りにしてドラマ化したら、どんな作品が出来上がってしまうでしょうか

因縁浅からぬ二人の国会議員がいて、若い方が長老に国会の場で暴力を振るい、その結果連日マスコミに叩かれた若い議員が自殺してしまい、彼の秘書や後援者がその仇を討つという筋立てになってしまうでしょう

然し、そんなものがドラマと言えるでしょうか

そういう初歩的な設定ミスを犯していた「小公女セイラ」には、呆れる以前にたっぷりと笑わせて頂きました


製作者側としては一種の悲劇を描いたつもりなのでしょうが、私には吉本新喜劇そこのけのスラップスティックコメディとしか映りませんでした

もし私が局の責任者なら、件のプロデューサーと脚本家は二度と使いませんね

次には、少し前の作品になりますがスタート前にはかなり注目されていた「子犬のワルツ」について述べてみます。
目の不自由な主人公が生来の才能を活かしてピアニストを目指すという方向性は良かったし、脚本監修に野島伸司氏が当たるという事で話題にもなりましたが、これも中々のトンデモ作品でした

第三話辺りから、展開が明らかに不自然な方向に捩曲がり始めたのです

主人公がピアニストになる為には、毎回登場するライバル達と対決して勝利する必要が出て来たのです

その対決内容を詳しくは覚えていませんが、ピアノに何の関係もない、「巨人の星」の様なスポ根ものが多くを占めておりました

「これは失敗作の匂いがして来たぞ」
と思い始めた頃、劇中に対決の審判役として登場したコンピューターが、主人公のライバルを殺してしまうという話が放送されたのです

最早付き合っていられないと感じた私は、すぐに観るのを止めました

同じ様に感じた方々が多かったのか、この作品の視聴率は回を追う毎に地滑り的な下降を続け、最終回では何と一桁台の数字を叩き出して、ある意味華々しく散っていきました


視聴者を馬鹿にし過ぎた結果でしょう

最後に、これは本当に惜しい作品なのですが、リアリティという面を考えれば、やはり挙げざるを得ないと思います。
相葉雅紀氏主演の「マイガール」です

今月11日に最終回を迎えたばかりで、深夜に放送されていたにも拘わらず、視聴率も相当健闘しておりましたから、御覧になっていた方も多いのではないでしょうか

これは前述した二作品と異なり、ドラマとしての完成度は相当高かったと言っても良いでしょう

親子愛を基調主題としながらも、お涙頂戴の過剰演出は皆無に近く、爽やかに観続ける事が出来ましたし、映像や音楽にも光るものがありました

唯一つ残念だったのは主人公の娘(役名コハル)の人物描写です。
彼女の年齢設定は幼稚園児という事でしたが、その言動が幼稚園児としてはあまりにも不自然なのです

簡単に言えば「良い子過ぎる」のです

私の周りにもこの作品を観ていた方が多かったのですが、特に主婦の方は私と同じ感想を持っておられました

彼女等は
「あのレベルまで他者に思いやりを持って気遣いが出来るのは、どんなに早くても小学校高学年だ」
と仰っておられました

育児を経験して、子供というものを肌身を通してよく知っている彼女達にしてみれば、あの子役の人物描写と年齢設定に違和感を覚えずにはいられなかったのでしょう

彼女を始め、登場人物達の年齢設定を、ほんの数年上げていれば完璧だったのです

他の点においては素晴らしい作品であっただけに、余計にその点が惜しまれます

以上に挙げさせて頂いた作品に共通するのは唯一つ、リアリティの欠如です

如何に力のある演者やスタッフを揃えても、肝心のリアリティが欠如してしまえば、それは単なる幼稚園の学芸会に堕してしまうのです

ど素人である私ですら判る事を、プロである関係者が判っていない筈はないと思うのですが

また、視聴率という尺度で見るならば、挙げさせて頂いた三作品の内「マイガール」を除く作品は、商業的にも失敗しております

スポンサーから多額の広告収入を受け取る以上、プロとして最低限の仕事は全力を尽くしてやり抜くべきでしょう

関係各位の方々におかれましては
「自分達は日本の文化の一翼を担っているのだ」
という自覚と誇りを忘れず抱き続けて頂きたいものです


最後に
行きつけのレンタル店の女店員よ

返却されたDVDを棚に戻す時に、客に向かって
「有難うございます。
ごゆっくりお選び下さいませ」
と声をかけるのは良いだろう

だけど暖簾の向こうのコーナーに来てまで言うのは止めろ

気が散ってしょうがねえんだよ

今度また言いやがったら、お前自身をごゆっくり試してやるからな



う
ん、何と高尚なフレーズだろう






