昨日と同じく、今日も全国的にかなり冷え込みが厳しかった様です。
この寒さは当分続くとの事、皆さんも外出や出勤等なさる時は、十分な防寒対策を御心掛け下さい
さて本日も昨日のテーマに沿って、引き続き語らせて頂きたいと思います
昨日述べた、酒の初体験の後では、全く呑む気など起こりませんでした。
法令に違反する行為なのですから、そもそも呑んではならないのですが、昨日書かせて頂いた様に、激しい嘔吐と頭痛に代表される二日酔いの苦痛に辟易したからです
勿論、正月等はコップ一杯程度呑む事はありましたが、それは一種の儀式の様なものです
そういう機会を除けば、中学高校時代には、完全に酒からは遠ざかって生活しておりました
当たり前の話ですね
次に私が酒に触れる機会を得るのは、入隊してからの事になります。
所が自衛隊では「酒に触れる」どころではない体験をする事になりました

現在ではさほどでもないでしょうが、我々が入隊した当時は、任務に支障を来す事さえなければ、酒に関する規則はあってない様なものでした
本来、隊舎内での飲酒は禁止されているのですが、誰一人そんな事等気にもしていません
飽くまで課業後の話ですが、娯楽室や内務班で缶ビールを呑んでいる者はいくらでもいましたし、古参隊員の中には、基地食堂から皿ごと副食を持ち帰って、それをつまみにしている者までいたくらいです
然し入隊間もない新人にとって、最も恐るべき風習というか通過儀礼が待ち構えている事など、当時の我々には知る由もありませんでした
基礎教育と術科教育を終え、部隊に配属になって十日程経った頃でしたが、セクションで我々の歓迎会を開催して頂けるというのです
我々は喜んでその会に出席させて頂く事にしました
それがどの様なものであるのかも知らずに
会場としてセッティングされた隊内クラブに入った途端、我々は椅子の配置が明らかに不自然である事に気づきました
我々新人が座る場所の椅子だけが、左右の間隔が妙に広く配置してあるのです
判り易く言うと、普通に並べられた状態から一つおきに抜いて、あたかも歯抜け状態に見える様に椅子が配置されているのです
そして、その空いた床の上にはバケツが置かれてありました
それを見た瞬間に、我々にも椅子がその様に不自然に配置されている理由が判ったのです
思った通りでした。
着席後、班長達は我々に
「気分が悪くなったらそこに吐け」
と言ってバケツを指し示したのです
小用以外で席を立つ事は罷りならんという訳です
それから思い出したくもない、地獄の3時間が始まりました
先ず我々は、上官から勧められた酒を断る事は絶対に許されません
例え限界に達していようと容赦はありませんでした
人間の体というのは面白いもので、完全に限界に達してしまうと、例え水であろうが何か口に入れた瞬間に吐いてしまうものです
そんな事を己の体で知っても、ちっとも嬉しいとは思いませんでしたが
いよいよ我々の口が開かなくなって来ると、今度は上官達は我々の鼻をつまみ、無理矢理口を開けさせて中に酒を流し込んで下さいました
その有り難い御心遣いに、我々は涙を流したものです
勿論まるで違う意味で、ですが


悪夢の如き時間が過ぎ、いつその歓迎会が終わったのか、実は私は全く覚えていません
途中で泥酔を通り越して失神に近い状態になってしまい、上官に背負われて内務班に戻ったからです
他の同期も同じでした。
その夜の点呼にも出た記憶がないのですが、後で聞いた所、フラフラになりながらも何とか出ていた様で、少し安心しました
翌日は日曜日だったので予め外出の手続きをしておいたのですが、まともに歩けない状態で外出等出来る筈もありません
吐き気と頭痛に苦しめられながら、まる一日食事を摂る事も出来ず、私はベッドに貼り付いたまま過ごしました
月曜日になっても口の中には饐えた様な味が残りましたが、何とか勤務をこなす事は出来ました。
そしてあの悪夢の時間を思い出しながら、同期と、しみじみ生きている喜びを語り合いましたよ
然し、まだ我々には油断がありました
地獄の歓迎会は一度では終わらなかったのです
前述した歓迎会は班が主催したものでした。
所がその週の週末には、課が主催する歓迎会が組まれ、更に翌週には部が主催する会まで組まれていたのです
表面上は喜んで、内心では仕方なく参加するしかありませんでしたが、二つとも最初の歓迎会と全く同じ形式の会でした
これは歓迎会の名を借りて我々を殺そうとしているのではないかと、真剣に疑ったものです
今考えても、上官達が我々をトイレに行かせてくれなかった理由が判りません
大体、目の前で誰かが吐いているのを見ながら呑む酒など、美味い訳がないのです
この点だけは今でも判りませんね
然し上官達は、我々の様子をちゃんと観察していた様でした。
本当に危険な状態になる前に止めていたという事からも、これは推測出来ます
大学の新歓コンパ等で、先輩に一気飲みを強制された学生が急性アルコール中毒で亡くなる事案が時折発生しますが、我々の上官達と違い、大学生のレベルでは、人体の本当の限界を見極めるのは無理なのかも知れませんね
他にも自衛隊という所は、何かにつけて仲間内で呑む特質があり、鍛えられた我々はどんどん強くなっていきました
また、そういう機会を頻繁に設ける事によって、隊員相互の団結が強まったのも紛れも無い事実です
本当はこの項目は今日で終わる予定でしたが、思いの他長くなってしまいましたので、明日も続きを書かせて頂きます
その後、調子に乗った私がどうなったかを書く予定でおりますので、明日も読んで頂ければ幸いです
中段 最後に
小沢一郎よ
お前は最近ますます人相が悪くなって来たな
迫力など全く感じられぬ
感じられるのは下品さだけだ
よく自分の顔を鏡で見てみろ
そこに、私利私欲の為に畏れ多くも陛下を利用した醜さを見出し、後悔に身もだえするがよいわ


この寒さは当分続くとの事、皆さんも外出や出勤等なさる時は、十分な防寒対策を御心掛け下さい

さて本日も昨日のテーマに沿って、引き続き語らせて頂きたいと思います

昨日述べた、酒の初体験の後では、全く呑む気など起こりませんでした。
法令に違反する行為なのですから、そもそも呑んではならないのですが、昨日書かせて頂いた様に、激しい嘔吐と頭痛に代表される二日酔いの苦痛に辟易したからです

勿論、正月等はコップ一杯程度呑む事はありましたが、それは一種の儀式の様なものです

そういう機会を除けば、中学高校時代には、完全に酒からは遠ざかって生活しておりました

当たり前の話ですね

次に私が酒に触れる機会を得るのは、入隊してからの事になります。
所が自衛隊では「酒に触れる」どころではない体験をする事になりました


現在ではさほどでもないでしょうが、我々が入隊した当時は、任務に支障を来す事さえなければ、酒に関する規則はあってない様なものでした

本来、隊舎内での飲酒は禁止されているのですが、誰一人そんな事等気にもしていません

飽くまで課業後の話ですが、娯楽室や内務班で缶ビールを呑んでいる者はいくらでもいましたし、古参隊員の中には、基地食堂から皿ごと副食を持ち帰って、それをつまみにしている者までいたくらいです

然し入隊間もない新人にとって、最も恐るべき風習というか通過儀礼が待ち構えている事など、当時の我々には知る由もありませんでした

基礎教育と術科教育を終え、部隊に配属になって十日程経った頃でしたが、セクションで我々の歓迎会を開催して頂けるというのです

我々は喜んでその会に出席させて頂く事にしました

それがどの様なものであるのかも知らずに

会場としてセッティングされた隊内クラブに入った途端、我々は椅子の配置が明らかに不自然である事に気づきました

我々新人が座る場所の椅子だけが、左右の間隔が妙に広く配置してあるのです

判り易く言うと、普通に並べられた状態から一つおきに抜いて、あたかも歯抜け状態に見える様に椅子が配置されているのです

そして、その空いた床の上にはバケツが置かれてありました

それを見た瞬間に、我々にも椅子がその様に不自然に配置されている理由が判ったのです

思った通りでした。
着席後、班長達は我々に
「気分が悪くなったらそこに吐け」
と言ってバケツを指し示したのです

小用以外で席を立つ事は罷りならんという訳です

それから思い出したくもない、地獄の3時間が始まりました

先ず我々は、上官から勧められた酒を断る事は絶対に許されません

例え限界に達していようと容赦はありませんでした

人間の体というのは面白いもので、完全に限界に達してしまうと、例え水であろうが何か口に入れた瞬間に吐いてしまうものです

そんな事を己の体で知っても、ちっとも嬉しいとは思いませんでしたが

いよいよ我々の口が開かなくなって来ると、今度は上官達は我々の鼻をつまみ、無理矢理口を開けさせて中に酒を流し込んで下さいました

その有り難い御心遣いに、我々は涙を流したものです

勿論まるで違う意味で、ですが



悪夢の如き時間が過ぎ、いつその歓迎会が終わったのか、実は私は全く覚えていません

途中で泥酔を通り越して失神に近い状態になってしまい、上官に背負われて内務班に戻ったからです

他の同期も同じでした。
その夜の点呼にも出た記憶がないのですが、後で聞いた所、フラフラになりながらも何とか出ていた様で、少し安心しました

翌日は日曜日だったので予め外出の手続きをしておいたのですが、まともに歩けない状態で外出等出来る筈もありません

吐き気と頭痛に苦しめられながら、まる一日食事を摂る事も出来ず、私はベッドに貼り付いたまま過ごしました

月曜日になっても口の中には饐えた様な味が残りましたが、何とか勤務をこなす事は出来ました。
そしてあの悪夢の時間を思い出しながら、同期と、しみじみ生きている喜びを語り合いましたよ

然し、まだ我々には油断がありました

地獄の歓迎会は一度では終わらなかったのです

前述した歓迎会は班が主催したものでした。
所がその週の週末には、課が主催する歓迎会が組まれ、更に翌週には部が主催する会まで組まれていたのです

表面上は喜んで、内心では仕方なく参加するしかありませんでしたが、二つとも最初の歓迎会と全く同じ形式の会でした

これは歓迎会の名を借りて我々を殺そうとしているのではないかと、真剣に疑ったものです

今考えても、上官達が我々をトイレに行かせてくれなかった理由が判りません

大体、目の前で誰かが吐いているのを見ながら呑む酒など、美味い訳がないのです

この点だけは今でも判りませんね

然し上官達は、我々の様子をちゃんと観察していた様でした。
本当に危険な状態になる前に止めていたという事からも、これは推測出来ます

大学の新歓コンパ等で、先輩に一気飲みを強制された学生が急性アルコール中毒で亡くなる事案が時折発生しますが、我々の上官達と違い、大学生のレベルでは、人体の本当の限界を見極めるのは無理なのかも知れませんね

他にも自衛隊という所は、何かにつけて仲間内で呑む特質があり、鍛えられた我々はどんどん強くなっていきました

また、そういう機会を頻繁に設ける事によって、隊員相互の団結が強まったのも紛れも無い事実です

本当はこの項目は今日で終わる予定でしたが、思いの他長くなってしまいましたので、明日も続きを書かせて頂きます

その後、調子に乗った私がどうなったかを書く予定でおりますので、明日も読んで頂ければ幸いです

中段 最後に
小沢一郎よ

お前は最近ますます人相が悪くなって来たな

迫力など全く感じられぬ

感じられるのは下品さだけだ

よく自分の顔を鏡で見てみろ

そこに、私利私欲の為に畏れ多くも陛下を利用した醜さを見出し、後悔に身もだえするがよいわ


