遅くなりましたがお知らせ申し上げます。
病気の為、前々回とその前は、頂いたコメントへのコメント返しの書き込みは御勘弁頂きましたが、前回記事からはコメント返しを復活させております
これからも、特に事情がない限り、頂いたコメントには必ずコメント返しを書かせて頂きますので、コメントを御寄せ下さった方は、暫くしてからまた覗いてやって下さいね
さて今日は、先日病院に行った折に見聞きした事をきっかけに、日頃から考えていた事共を綴って参りたいと思います
熱が遂に40度の大台に乗ってしまった私は、タクシーを呼んで病院へ向かいました

私が診察を受けた内科の隣は小児科になっており、予想通りクソガキ共の、いや失礼、御子様達の阿鼻叫喚の絶叫が、途絶える事なく聞こえていたのでございます
おそらく注射を嫌がっていたのでしょうが、その声の大きさと甲高さたるや、病院のガラスを粉砕するのではないかという程の勢いがありました
そんな声が出せる程元気なら、そもそも病院へ来るな
鬱陶しい事この上ないわ
フラフラの頭の中で、私はそんな事を思っておりました
我々が子供の頃は、病院で泣きわめく者等殆どいませんでした
小学校で定期的に行われる各種予防接種の際にも、1年生ですら泣いている所等見た事がありません
仮にその様な醜態を曝してしまったら、学校で大のトイレを使用してしまった者と同じく、まるで極悪非道の凶悪犯なみの扱いを受けたものです

まぁそれはそれで問題でしょうが

そうこうしている内に診察が終わったらしいガキ、いや御子様とその母親が診察室から出て来ましたが、この母親、何かえらく怒っているのです
そしてナースに
「もっと上手く注射しなさいよ
〇〇ちゃんが泣いちゃったじゃない
」
と食ってかかっているのです
理不尽極まりない物言いをされても、そのナースはひたすら謝っているばかりです
見ればその子は小学校低学年くらいの男の子で、メタボどころではない、三大成人病全てを持っていそうな体型で、朝青龍そっくりの顔をしておりました
決して幼児とは言えないその年齢になって、たかが注射一本でこの世の終わりが来た様な泣き声を上げるとは、何と情けない
私が元気であったなら、その母親の性根を入れ替えてやる為に、別の注射を打ってやった事でしょう

そんな事はともかく、帰宅してから病院でのあの母子の様子を思い出して見ますと、彼等だけが特殊なのではなく、最近の子供達の行動パターンとそれを取り巻く環境が、明らかに昔とは異なって来ている事に思い当たったのです
先ず、最近の子供は異常なほど親への依存心が強く、親離れが全く出来ておりません。
子供が幼稚園に行き始めの頃は特に大変な様です。
親と離れた時空間で過ごす事に耐えられず、登園の時は泣き喚きます
始末の悪い事にと言うべきか大笑いと言うべきか、その様を見て自分も泣き出す母親までいる有様です
我々の子供時代には、そんな者は一人もいませんでした
親達も実に逞しく、我々を突き放していたものです
また、公共の場で騒ぐ子供が非常に増えている様です。
映画館やレストラン、交通機関やショッピングセンター等は、最早彼等の行動展示を見せる旭山動物園の如き様相を呈しております
その様な場を御覧になった方も多いのではないでしょうか
また不思議な事に、その親達は我が子を全く注意しないのです
一体何を考えているのでしょうか
我々の時代は違いました。
公共の場で騒ごうものなら周囲から一斉に厳しい視線を向けられましたし、何より親がその様な事を許しませんでした
スーパーやデパートで
「これ買って~」
等とグズろうものなら、一ヶ月は連れて行ってもらえなかったものです
最後に、一番強く感じるのは、最近の子供というものは、大人を全く恐れていないという事です。
大人と偶然目が合っても、彼等は絶対に自分からは目を逸らそうとしません
ジーッと無表情な目つきのままこちらを見つめ続けます
しかもその目つきというのが挑戦的なものであれば、まだ見所があるのですが、唯ひたすら無表情なのです
あの死んだ魚の様な目つきは実に不気味です
また公共の場等で偶然大人の進路を塞いでしまった時でも、殆どの場合、彼等は自分から道を譲る事はしません
ボーッと突っ立って、こちらが道を譲るのを待っております
私はそういう時には、強くなり過ぎない様に気をつけながら、彼等の体を横に押しのけます。
我々が子供の頃は、大人というものは怖い存在でした
親が叱らなければ他の大人が子供を叱り飛ばしていたものです
そうして自然に子供の「分」を弁えて行ったものです
大人達に対しては、必ず一歩退かなければならないという事を、自然に身に着けて行ったのです
以上、最近の子供と我々の子供時代を比較しながら述べて参りましたが、何も我々の子供だった頃が特別偉かったという訳ではありません。
当時の大人達がしっかり教育してくれたお陰で、当然の事が身に着いていただけなのです
同意して下さる方も多いのではないでしょうか
そう考えて見ると元々の原因は、あの様な子供達を造りあげてしまった我々自身にあるという事になります
彼等をスポイルしつつあるのは、紛れも無く我々の世代なのです
我々は彼等を猫可愛がりしたり、過干渉したりしてはいないでしょうか
子供の為とは言いながら、結局は自分の為に安易な道を選んだりしていないでしょうか
彼等に嫌われ疎まれる事を恐れ、物分かりの良い大人になってしまっていないでしょうか
大人と子供は断じて対等ではありませんし、ましてや巷間言われる「友達親子」等は完全に誤った関係でしかありません
親たる者は子供の教育にあたって、常に毅然とした心構えが必要とされるのです
それこそが今の我々に必要とされている、最大の要点だと思われてなりません
そして我々には、次代を担う子供達を最大限の努力を尽くして教育してやる義務と責任があると思います
最後に
妹よ
今日甥っ子のクリスマスプレゼント代として送ってやった金を、前みたいに自分の小遣いにするんじゃねえぞ
もしまた今度やってみやがれ
40過ぎているくせにXJapanの追っかけをやっている事をバラしてやるからな


あっ喋っちゃった







病気の為、前々回とその前は、頂いたコメントへのコメント返しの書き込みは御勘弁頂きましたが、前回記事からはコメント返しを復活させております

これからも、特に事情がない限り、頂いたコメントには必ずコメント返しを書かせて頂きますので、コメントを御寄せ下さった方は、暫くしてからまた覗いてやって下さいね

さて今日は、先日病院に行った折に見聞きした事をきっかけに、日頃から考えていた事共を綴って参りたいと思います

熱が遂に40度の大台に乗ってしまった私は、タクシーを呼んで病院へ向かいました


私が診察を受けた内科の隣は小児科になっており、予想通りクソガキ共の、いや失礼、御子様達の阿鼻叫喚の絶叫が、途絶える事なく聞こえていたのでございます

おそらく注射を嫌がっていたのでしょうが、その声の大きさと甲高さたるや、病院のガラスを粉砕するのではないかという程の勢いがありました

そんな声が出せる程元気なら、そもそも病院へ来るな

鬱陶しい事この上ないわ

フラフラの頭の中で、私はそんな事を思っておりました

我々が子供の頃は、病院で泣きわめく者等殆どいませんでした

小学校で定期的に行われる各種予防接種の際にも、1年生ですら泣いている所等見た事がありません

仮にその様な醜態を曝してしまったら、学校で大のトイレを使用してしまった者と同じく、まるで極悪非道の凶悪犯なみの扱いを受けたものです


まぁそれはそれで問題でしょうが


そうこうしている内に診察が終わったらしいガキ、いや御子様とその母親が診察室から出て来ましたが、この母親、何かえらく怒っているのです

そしてナースに
「もっと上手く注射しなさいよ

〇〇ちゃんが泣いちゃったじゃない
」と食ってかかっているのです

理不尽極まりない物言いをされても、そのナースはひたすら謝っているばかりです

見ればその子は小学校低学年くらいの男の子で、メタボどころではない、三大成人病全てを持っていそうな体型で、朝青龍そっくりの顔をしておりました

決して幼児とは言えないその年齢になって、たかが注射一本でこの世の終わりが来た様な泣き声を上げるとは、何と情けない

私が元気であったなら、その母親の性根を入れ替えてやる為に、別の注射を打ってやった事でしょう


そんな事はともかく、帰宅してから病院でのあの母子の様子を思い出して見ますと、彼等だけが特殊なのではなく、最近の子供達の行動パターンとそれを取り巻く環境が、明らかに昔とは異なって来ている事に思い当たったのです

先ず、最近の子供は異常なほど親への依存心が強く、親離れが全く出来ておりません。
子供が幼稚園に行き始めの頃は特に大変な様です。
親と離れた時空間で過ごす事に耐えられず、登園の時は泣き喚きます

始末の悪い事にと言うべきか大笑いと言うべきか、その様を見て自分も泣き出す母親までいる有様です

我々の子供時代には、そんな者は一人もいませんでした

親達も実に逞しく、我々を突き放していたものです

また、公共の場で騒ぐ子供が非常に増えている様です。
映画館やレストラン、交通機関やショッピングセンター等は、最早彼等の行動展示を見せる旭山動物園の如き様相を呈しております

その様な場を御覧になった方も多いのではないでしょうか

また不思議な事に、その親達は我が子を全く注意しないのです

一体何を考えているのでしょうか

我々の時代は違いました。
公共の場で騒ごうものなら周囲から一斉に厳しい視線を向けられましたし、何より親がその様な事を許しませんでした

スーパーやデパートで
「これ買って~」
等とグズろうものなら、一ヶ月は連れて行ってもらえなかったものです

最後に、一番強く感じるのは、最近の子供というものは、大人を全く恐れていないという事です。
大人と偶然目が合っても、彼等は絶対に自分からは目を逸らそうとしません

ジーッと無表情な目つきのままこちらを見つめ続けます

しかもその目つきというのが挑戦的なものであれば、まだ見所があるのですが、唯ひたすら無表情なのです

あの死んだ魚の様な目つきは実に不気味です

また公共の場等で偶然大人の進路を塞いでしまった時でも、殆どの場合、彼等は自分から道を譲る事はしません

ボーッと突っ立って、こちらが道を譲るのを待っております

私はそういう時には、強くなり過ぎない様に気をつけながら、彼等の体を横に押しのけます。
我々が子供の頃は、大人というものは怖い存在でした

親が叱らなければ他の大人が子供を叱り飛ばしていたものです

そうして自然に子供の「分」を弁えて行ったものです

大人達に対しては、必ず一歩退かなければならないという事を、自然に身に着けて行ったのです

以上、最近の子供と我々の子供時代を比較しながら述べて参りましたが、何も我々の子供だった頃が特別偉かったという訳ではありません。
当時の大人達がしっかり教育してくれたお陰で、当然の事が身に着いていただけなのです

同意して下さる方も多いのではないでしょうか

そう考えて見ると元々の原因は、あの様な子供達を造りあげてしまった我々自身にあるという事になります

彼等をスポイルしつつあるのは、紛れも無く我々の世代なのです

我々は彼等を猫可愛がりしたり、過干渉したりしてはいないでしょうか

子供の為とは言いながら、結局は自分の為に安易な道を選んだりしていないでしょうか

彼等に嫌われ疎まれる事を恐れ、物分かりの良い大人になってしまっていないでしょうか

大人と子供は断じて対等ではありませんし、ましてや巷間言われる「友達親子」等は完全に誤った関係でしかありません

親たる者は子供の教育にあたって、常に毅然とした心構えが必要とされるのです

それこそが今の我々に必要とされている、最大の要点だと思われてなりません

そして我々には、次代を担う子供達を最大限の努力を尽くして教育してやる義務と責任があると思います

最後に
妹よ

今日甥っ子のクリスマスプレゼント代として送ってやった金を、前みたいに自分の小遣いにするんじゃねえぞ

もしまた今度やってみやがれ

40過ぎているくせにXJapanの追っかけをやっている事をバラしてやるからな



あっ喋っちゃった







